第十三話 夜襲
薫は色々な事を話した。まず彰介が脇腹を裂かれて倒れた際に、彼女が偶然見つけて病院へと連絡をしたこと。なるべく面倒な事にはなりたくはないため、警察には一切伝えておらず、病院側もそれを承知したらしい。郷鈴会の権力と言ったところだろう。
「あの、郷鈴会って何をやる組織なんですか?」
「うーん、基本的に何でもやるかな。人によっては卵をかき混ぜる仕事とかするし」
卵をかき混ぜるって仕事なのかよ。彰介は少し謎に思ったが、裏世界は意外とこんなものかもしれない。裏世界だからと言って必ずしも凶悪とイコールにはならないのだ。
「どんな人が依頼をするんですか?」
「一般人から、警察とか医者とか政治家とかね。あと犯罪者」
話によれば、警察からの依頼は主に捜査困難の事件や怪奇事件の隠蔽。医者からは助かる余地の無い患者の臓器売買の手伝い。政治家は選挙の工作など。聞いているだけでこの世の中が嫌になってきそうだ。
「で、私がここに来たのはただの様子見かな。うん」
「何でこんな時間なんですか」
「暇つぶし」
夜なんだから寝ろよ。内心薫に対して呆れた。
ピッキングで病院に入り込む、完璧に暇つぶしではなく潜入である。
「じゃ、私は夜襲をしてくるから。またね」
「夜襲?」
「あ……。喋っちゃった……」
口を押さえて薫は硬直した。彰介はしばらく彼女の様子を窺っていると、薫は嘘を見抜かれた子供のような表情をする。
「あのね、その……。怒らないでね?」
薫は手を合わせながら頭を下げる。まさかそこまでするとは思わなかったから、彰介は少し戸惑った。
「実は蓬奈ちゃん、ヤクザに拉致されちゃったんだ。だから助けに行くっていうか……。ヤクザの会社を潰すというか……」
「それ、本当ですか?」
「うん。しかも一億五千万の身代金要求も来てるし」
薫と大蔵山家の人間しか知られていない事実だったようだ。奏衛門があの時、「蓬奈は無事だ」と言ったのは彰介を面倒な事に巻き込ませない為だろう。
「俺も行かせてください」
もちろん薫は認めなかった。勝手に患者を連れていくことは出来ないし、向こうに行っても普通の高校生ではすぐに殺されてしまう。
けれど、彰介の志が伝わったのだろうか、薫は折れてくれた。なるべく音を立てないように病院から抜け出し、薫の車へと向かう。
夜の病院とは、実に気味の悪いところである。暗い通路の天井に光る非常口の誘導看板、三階のテラスから射しこむ月光、どれもホラー映画によくありそうな演出のようだ。
「私が良くても彼はダメかもね」
「彼?」
「奏衛門くんだよ」
薫の車の近くには奏衛門と内弟子二人がいた。本来は来るはずではなかったのだが、蓬奈が拉致をされたのなら別の話だ。きっと冬衛門が命じたのだろう。
奏衛門の片手には大きなバッグ。見た感じ、身代金が入っているようだ。
そして彼は静かにこう告げる。
「君は帰りなさい」
彰介が何しに来たのか察しがついたようだ。彼もある程度は予想していたらしく、特に驚く様子は見せなかった。
「責任は自分でとります」
彰介は頭を下げた。その瞬間に、脇腹から鈍い痛みが体を包む。こんな体でヤクザの事務所に乗り込むのは馬鹿のやる事だというのは彰介もわかっている。
「けど、最終的に責任をとるのは君の両親だ」
完全に言葉を失った。何を言えばいいのか、言葉が全く出てこない。彰介がしばらく黙りこんでいると、その空気を破るかのように薫が話しだす。
「向こうに行って痛い目に遭っても文句言わなければついてきなさい。病院側に連絡は入れておいてあげるから」
「彼の両親にはどう説明するんですか……。万が一向こうで何かあったらじゃ遅いんですよ」
「彼には専用の任務を与えればいいでしょ。もう少し簡単なやつ。私の部下も数人同行させるから大丈夫よ」
薫の説明のおかげで奏衛門も彰介が同行する事を許してくれた。
ただ、細心の注意を払い、不利になったら薫の部下に任せて逃げること。これが条件だ。部下たちは既に事務所に到着しているらしい。
十分ほど車で町を走っていると、夜でもまだ明かりを放っているコンビニが見えてきた。
「あ、ちょっと寄らせて下さい」
助手席に座っている奏衛門が、コンビニに指を指した。少し不満そうな表情をしたのだが、薫は車をコンビニの駐車場に停める。
「いいの? 妹さんが危ういけど」
「身代金はちゃんとあるから平気じゃないですか?」
呑気に話す奏衛門に、薫は大きく溜め息をつく。そして気だるそうに話しだした。
「あのね、お金を渡しても、返されたのは軽くなった妹さんでした。って事もあり得るの」
「え? どういう意味ですか?」
なるほど。と、彰介でも話は読めた。これも事前に薫の説明があったからだと思う。つまり身代金を出しても、臓器を売られて軽くなった蓬奈が渡されるという事だ。身代金と臓器の金が来ればヤクザ側は一石二鳥。
彰介は手短にそのことを奏衛門に話すと、やっと理解が出来たようだった。
「うーん、ちょっと危険ですね。先を急ぎましょうか」
奏衛門がそう言うと、薫はハンドルを切ってまた車を発車させる。広い大通りに出ると、夜にも関わらず多くの車が走っていた。大型トラックから軽自動車まで、様々である。
「ここから高速道路ね」
車は高速道路へと入り、遠慮も知らないかのように段々とスピードが上がっていった。ヤクザの事務所は意外と遠い場所にあるらしい。
さらにそこから十分後、高速を降りてついに事務所へと到着した。小規模展開の組織の割には、小さなビルをそのまま事務所として使用している。
「彰介くんは僕らの後に来て、やる事は蓬奈の身の安全の確保。いいかい?」
ここに来て初めて奏衛門は真剣な顔つきをした。軽く腕や首を回し、準備を整える。
「あと、あんたらは今夜はこの高校生の言う事に従ってね。そうしなきゃ、解雇ね」
既に事務所付近へと待機をしていた部下たちに、薫はそう命じた。そして少し怯えたような表情で、スーツ姿の薫の部下は彰介の周りへと立つ。見事に力の差というのが表れている。
「さて、上がり込むよ」
薫と奏衛門、そして内弟子たちは事務所の中へと溶けていった。
夏のホラー2009に参加をしました。
なので、ホラー小説を描いています。
本編については深く語れませんが、一度オチがわかったら、もう一度読んで欲しいな。と思います。
きっとこれで怖さ倍増。の、はず。