第九話 六堂組
瑞樹の体調は徐々に良くなっているらしく、応急処置が数分でも遅れていたら確実に命を落としていた事になっていたようだ。彰介の発見が早かったお陰でもあり、瑞樹は大丈町の総合病院に入院中で、今は意識も戻っていた。
「これだから夏は嫌いなんだよ……」
今日は記録的な炎天下。北城家にエアコンは無く、扇風機は壊れて使えない状況だ。彰介は家の縁側に座り、団扇を仰いでいた。ズボンを捲りあげて足は素足、半袖のYシャツは第二ボタンまで開けて、その傍らにはペットボトルに入ったミネラルウォーターがあった。
午後からは蓬奈と総合病院まで行って、瑞樹の様子を見る予定だ。きっと病院は少しからずは涼しいだろうと、淡い期待を抱いていていた。
「ねえねえ、私も病院行っていい?」
背後から明樹の声が聞こえてきた。首には水で濡らしたタオルを捲いて、片手には食べかけのアイスを持っている。
「……クーラー目的だろ?」
「彰介も病院に期待してるでしょ?」
見抜かれた。お互いの考えていることが解ってしまうのは実に辛い。明樹は保護者という形で無理矢理彰介と同伴する事になった。病院と瑞樹側からすれば良い迷惑だ。
午後になり、彰介と明樹はバス停まで向かう。約束の通りなら蓬奈だけだったのだが、実際バス停にいたのは蓬奈と奏衛門で、奏衛門に関してはいつも通り和服姿。
「なんだ、奏も来るの?」
「僕は別件だけど、病院から近いところだから」
多くは語らない二人だが、その時の口調やその時の目を見ただけで何を訴えたいのかある程度は把握出来るのだろう。特に勘の鋭い明樹なら尚更のことである。
五分ほど待ち、バスがやってきた。ドアが開き、四人はバスに乗り込む。
「お、今日は珍しいね。四人でどこかに出かけるのかい?」
運転手がそう言う。この村に住んでいる人は全員顔馴染みで、しかも過疎地域であるこの場所だと、若い四人組はとても印象深くなる。
「私たちは病院へお見舞いに行って、兄さんは別の用事があるみたい」
そう蓬奈が答え、バスは発車。車内はとても賑やかになり、普段は運転に集中している運転手も笑っていた。
途中で見舞い用の花束を買い、花屋から少し歩いて四人は総合病院へと到着した。病院と言うより高級ホテルのような外装をしていて、ロビーはとても広く微弱ながらエアコンが可動中。これなら待ち時間も苦痛ではなくなるだろう。全七階建ての建物で、瑞樹がいるのは五階の入院部屋だ。
「兄さん、用事は?」
「まだ時間に余裕があるから暇つぶしにでも……」
エレベーター内でそんな会話をしながら、五階へと着いた。床は奇麗に整備されていて、通路の片隅には観葉植物が立っていた。四人は高瀬瑞樹という名前のプレートが掛かっている部屋を見つけてそこに入る。
窓際のベッドで瑞樹は本を読んでいたのだが、彰介たちの存在に気づいたらしく、すぐに本を閉じた。そして瑞樹の視線は明樹と奏衛門の方へ向く。無理もないだろう。知らない人が見舞いに来るなんてあまりにも予想外な事だ。
「えっと……。そこの二人はどちらさん?」
「私は北城明樹。この情けない弟とは対照的に、頭が良くて美人でとても優しいお姉さんだよ。よろしくね、瑞樹ちゃん」
自分でそんな事言うなよ。と彰介は内心思ったが、口には出さない事にする。きっと明樹に散々な目に遭わされると感じたからだ。彰介は昔から明樹に対しては顔が上がらず、絶対服従のような関係だった。
「で、こっちは私の兄さん」
ずっと窓の外を眺めていた無愛想な奏衛門の代わりに蓬奈が説明。奏衛門はその一拍後に瑞樹に向って軽く会釈をし、「時間なのでこれにて」と言葉を残して部屋を出て行った。
「どうしたんだろう、今日は何か変……」
蓬奈が言うには今日の奏衛門は様子が変らしい。午前中に奏衛門に話しかけても、家の庭を眺めていて返事を返してくれなかったという。明樹も薄々気が付いていたようなのだが、あえて口は出さなかったようだ。奏衛門の異変に全く気付かなかったのは彰介だけだった。
「傷は大丈夫か?」
「やっと塞がろうとしているところみたい。全治二ヶ月で、今年の夏は台無しだよ」
相当深く刺されたようなのだが、後数ミリのところで心臓には達していなかったようだ。これは確実に通り魔のミスと言ってもいいだろう。それとも、わざと死にまで至らせなかったのだろうか。
さて、奏衛門は病院の近くにあるファミレスで、チョコレートケーキを食べようとしているところだった。奏衛門のと同じテーブルには長い黒髪の女性がいる。
「キミが甘いもの食べるなんて予想外……」
「僕、甘党ですから」
奏衛門は苦笑をしながらそう言った。フォークでケーキをすくい、微笑みながら口の中に入れる。その姿は幼い子供と、そんなに大差はなかった。
「で、例の六堂組の話なんだけど、組長の国岡和吉は現在五十七歳で今は病を患っているみたい。若頭は和吉の息子で、名前は国岡敦吉。年齢は二十五歳で殺人経験あり。他の奴らはあの誘拐犯を含めて八名の組員で成り立っているから、そんなに大きな組織じゃないわ」
黒髪の女性はテーブルの上でノート型パソコンを広げ、その画面を見ながら言った。店員が怪訝そうにこちらを見てくるのだが、二人は無視。そして会話を続けた。
「次、通り魔事件が起こるとしたらどの辺りですか?」
「今までの事件現場から想定すると、キミの妹が通っている学校から近い場所ね。やっぱりあの男の子が誘拐犯を捕まえて警察を呼んだのが気に触れたみたい。殺人が行われている場所も徐々に学校から近いところになってるし……。心配だったら毎日向かいに行けば?」
「あなたはしてくれないのですか?」
「キミのお父さんから請けた依頼は六堂組を消すこと。妹の護衛は任されていないし、無駄な労働はしないタイプなの」
はぁ、と奏衛門は軽く溜息をつく。そしてリンゴジュースを追加注文し、また溜息をついた。
「薄情者でごめんなさいね。でもこの位の性格じゃないと裏世界じゃ働けないわよ」
黒髪の女性はそう言い、ファミレスから出て行き、奏衛門は曇った表情で窓の外を眺め続けた。
最近ボーカロイドの動画に夢中です。
元凶は我が家の明樹さん。私の姉です。
あの薄いディスクで人間そっくりに歌うなんて凄いですよね。姉はレンくんが好きらしいのですが、私はKAITO兄さんが好きです。勝手な主観なのですが、初代VOCALOIDなのに一番人間らしく歌っていると思うんです。
ただそのせいで小説の執筆と勉強が疎かに。
まさに私は中毒者です。
困るぜ!姉さん!(←お前がどうにかしろ)
それと、只今とある絵師様に、この小説のイラストを描いてもらっています。
先日彰介と蓬奈のラフ画を頂いたのですが、自分の想像していた二人より遙かに素晴らしい人物となりました!
完成がとても楽しみです。