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治療と魔法が暴発した原因

「マカーリオ、誰か人を呼んでくれ!」


「は、はいっ!」


「〈大治癒メジャーヒーリング〉!」


 ユリシーズはソファーに座り、ヴィンセントを抱えたまま治癒の術式をかける。

 顔の右半分についた火傷が治っていく。ケロイド化した皮膚がぼろぼろと剥がれ落ち、下から血の気を失った肌が現れる。だが腕は治らない。


「……〈鎮痛ペインキラー〉」


 ヴィンセントの表情が穏やかになった。

 ユリシーズは大魔術師アークウィザードだ。だが、治癒術士(ヒーラー)ではない。四肢の欠損を治すほどの高位の治癒魔術までは習得していなかった。


「旦那様!」「坊っちゃま!」


 執事のノルベルトが、そして異変に勘づいたのであろうアルマも駆け込んできた。

 緑がかった銀髪に褐色の肌。細身の身体を黒白のメイド服に包んだ女の耳は長く伸びている。王都でも極めて珍しいエルフの女であった。


「ヴィンセントが魔力暴走を起こし、自らの身を焼いた」


 息を呑む二人。


「治癒には欠損を再生する術式が必要だ。急ぎ、宮廷魔術師の医官のもとへと連れていく。

 王宮裏門から馬車で入る。ノルベルトは先触れと馬車の用意を」


「畏まりました」


 執事が頭を下げ、足早に部屋を出ていく。


「アルマ、トゥーリアについてやってくれ。それと説明を頼む」


「畏まりました。奥様にはこちらから。できるだけ刺激しないように善処いたします」


「すまんな、辛い役目を頼む」


 そう言うとアルマもまた滑るような動きで部屋を出て行った。


 彼の妻、トゥーリアはいま身重である。そして彼女はかつて『スカンディアーニ公爵家の呪われ子』とも呼ばれた魔女(ウィッチ)である。彼女が全力で癇癪(かんしゃく)を起こせばローズウォール家のタウンハウスなど吹き飛んでもおかしくない。何より腹の中の子がどうなるかすらわからない。

 アルマはそんな彼女に唯一、長年仕え続けて来られた専任のメイドであった。


 マカーリオが部屋へと戻り、青褪めた顔で声を放つ。


「閣下、わたしも治癒を」


「頼む」


 彼も近寄って治癒魔術をかける。

 マカーリオの顔は、襟元は水で濡れていた。おそらく先ほどの惨状に吐いて、顔を洗い口を濯いできたのであろう。


 二人の手からは温かな治癒の光が漏れ、部屋は沈黙に包まれる。

 マカーリオがぼそりと呟くように言った。


「……あの、わたしの指導に何か問題があったでしょうか」


「……いや。指導をずっと見ていた訳ではないが、今日のヴィンセントが行った身振り、詠唱共に問題ないように思う。

 星の巡りが悪かった(ファンブルした)ようにも見えぬ。

 後に取り調べが入るであろうからそれまで君には滞在してもらわねばならんが、そこで何らかの悪意があったというのが見つかりでもしない限り、当家が君を害することはないと誓おう」


 マカーリオはため息をついた。


「ええ、身の潔白を証明するためならなんでもいたします」


 魔導伯の長男を害したとみなされれば命など無い。正直、家庭教師の職には2度とつけぬであろうと思ったが、それでも彼は安堵した。


 部屋の扉がノックされ、執事のノルベルトが馬車の用意ができたと入ってくる。

 ユリシーズは立ち上がった。


……………………


「ヴィンセントの容態はどうだ、クィリーノ卿」


 ユリシーズが尋ねたのは白の医療用ローブを着る宮廷魔術師のクィリーノ。鳶色の瞳がじっとベッドに横たわる少年を見つめている。


「ここに来るまでに治癒術式をかけ続けられていたこともあり安定している。〈再生リジェネレイション〉は問題なく発動、1週間程で腕は生えるだろう」


 大きな安堵のため息が響いた。


「こうなった原因はわかるか?」


「原因、そう原因な。おめでとう、ローズウォール伯。君の息子殿の魔力容量キャパシティは5歳という年齢にして大魔術師アークウィザードの平均ほどもあるだろう。

 恐るべき才能だ」


 そう言って彼は皮肉げに口元を歪めた。


「馬鹿な。だとしたら我らが魔力を感知できぬ筈がない。かつて私は宮廷魔術師たちに〈鑑定アイデンティファイ〉の術式で調べることを依頼したのだが、貴様たちは何を見ていたというのか」


 ユリシーズの静かな怒気が空気を揺らす。

 壁際に控えていた女看護助手がひっと短い悲鳴を漏らし、床にへたり込んだ。

 クィリーノは深く頭を下げる。


「これに関しては我らの無能をなじってくれても構わないが、1つだけ弁明させてくれ。

 その時に〈鑑定〉を宮廷魔術師の誰がかけたか、どの機材を使ったかは分からないが、わたしが担当してもそうだっただろう。……既存の調査方法では分からなかったのだ」


「何?」


魔力放出マナエミッションだよ。君の子の魔力放出能力は0だ。10でも1でもなく、0。

 彼は内に莫大な魔力を秘めているのに、一切の魔力を漏らさないんだ」


 ユリシーズはよろよろとよろめき、椅子に腰を下ろした。


「馬鹿な」


「事実だ。魔力が漏れないから検知されない。

 今回のケース、高い魔力容量を持つ子供が〈発火〉を使った時に杖の先から業火が巻き起こる事故はある。今の宮廷魔術師長も最初に魔法を使った時にそうだったと聞く。

 だが、魔力を通しやすい魔術杖に魔力が流れず、指先から業火を起こして我が身を焼いてしまったという事故は初めて見るよ」


「息子が莫大な魔力を持っている」


「そうだな。〈発火〉でここまでの火力はまず出せん」


「だが魔術を使えないというのか」


「ものにもよるだろう。だが、魔術伯たるローズウォールに求められる広域殲滅魔術アナイレイションは継げんだろうな」

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i521206
― 新着の感想 ―
[一言] ふおおっ 重い感じ。いいですね!Σo(`ω´ )o ガツッとしたもの、お待ちしてます。
[一言] >「だが魔術を使えないというのか」 なんたる皮肉( ˘ω˘ ) 因みに、これは偶然なのですが、私が今書いてるファンタジーと設定がちょっと似てましたw
[良い点] こう、がっつりと、重厚な堅めの雰囲気がいいですなあ。 先が楽しみです。むふう。
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