黄金の野牛組合
黄金の野牛組合のテント、その上部は明かりとりのために開けられてはいるが、それでも中は薄暗い。
本来なら地方の闘技場へと巡業する際に決闘士や剣闘士たちが寝泊まりするためのものだろう。
だがそれにしては人の気配が少なすぎる。
巨大なテントの中央にはランプが1つぽつんと灯され、その下には安物の机と椅子。椅子に座っている髪が薄く、腹の出た男は組合長のダミアーノ。
彼の手にする袋から安物のワインが発する匂いが漏れていた。
「昼から飲み過ぎだ、ダミアーノ」
「うるせえぞ、エンツォ。組合はもう終わりだ、これが飲まずにやってられるか」
机の前に立つ男は壮年の巨漢。腰には木剣を吊るし、白髪まじりの茶の短髪を掻きながらため息をつく。ダミアーノが酒気を撒き散らして吠えた。
「チェザーレは戦場に持ってかれ、ブリジッタは怪我が治らねえ!どうにもならねえだろ!」
全ての決闘士組合には守らねばならない規則がある。その中でも最も重要な規則。
各季に1名以上の決闘士を順位戦に参加させることだ。
これが守れない組合は廃業となる。
今これが問題となっているということは、この組合には決闘士が2名しかおらず、そのどちらも決闘に参加できる状態では無いということだ。
「何、なんなら俺が1季現役に復帰したっていい」
「老いぼれが出てどうなるってんだよ!」
「それでもこの1年はなんとかなる。そうすればチェザーレが戻ってくるかもしれんしブリジッタが治るかもしれん」
ダミアーノは舌打ちした。
実際、現状で組合を存続させようとしたらそれしかない。だが彼は言う。
「俺が頭下げてどこかの組合から決闘士を借りてくりゃいいだろ。……老いぼれが出ても瞬殺されるだけだ」
「今の状況でうちに決闘士を貸す組合はおるまいよ。どこも調教師組合に睨まれたくはあるまい。
それに俺だって今でも訓練は続けている。そうそう簡単にやられやしないさ」
じろりとダミアーノがエンツォを睨む。
「てめえ、分かってんじゃねぇか」
「何がだ」
「調教師組合に睨まれてるってことだよ。そうだ、どこの組合もうちにまともな決闘士は貸さねえだろう。
だったら分かれエンツォ。テメエが出たらC級でイキのいいやつか調教師組合に借りのあるやつとか当てられて殺されるって言ってんだよ」
ふー、と長いため息をつく。
「ではどうするんだ」
「潮時だろ。組合を畳む」
エンツォも返す言葉が無く沈黙する。
その時だった。天幕の中に陽光が差した。
「失礼する」
男が天幕の入り口をかき分けて入ってきたのだ。
旅装の少年。日に焼けて色褪せた金髪。その割に白皙の横顔。
若い、まだ少年と言って良い男だ。意志の強そうな榛色の瞳、場違いなほど整った顔をしているが、その眼差しはダミアーノたちにとって見慣れたものであった。
「ここは決闘士組合、黄金の野牛で間違いないだろうか」
「そうだが、何だ」
ダミアーノはわかりきった問いかけをする。
「ヴィンスと言う。決闘士になりに来た」
案の定の答えだった。希望に満ちたあの目、他にない。彼は答える。
「足りている、他所をあたんな」
エンツォはにやりと笑う。ダミアーノは口も悪いし酒癖も悪いがいい奴だと。この鴨が葱背負ってきたような状況を利用しないのだから。
このヴィンスと名乗る少年を登録して出場させれば今年に関しては解決するというのに、そうしないのだ。
まあ、そうでもなければ調教師組合の奴隷だったブリジッタを拾っては来ないし、自分もこう長く付き合うことにはならなかった。そう思う。
だがヴィンスは引き下がらない。彼はテントの中を見渡して言った。
「決闘士が足りているようには見えないね」
「うるせえ、餓鬼。エンツォ、追い返せ」
「ふむ」
エンツォはずいっと前に出た。ヴィンスも15歳にしては立派な身体だ。だが身長差よりも身体の厚みが違うため、体格差を感じる。
「組合長はそう言っているがどうするね」
腰の木剣と筋肉、年齢から見て、引退した元決闘士か剣闘士で、ここの教練士かとヴィンスはあたりをつける。
彼は荷物の入った袋を地面に置く。がちゃりと金属音。
「意見を通すにはこれなのだろう?」
左足を後ろに、右手を前に半身の構え。
ふぅむ、とエンツォは唸った。
東方より来る漂泊の民、彼らの使う拳法の構えに似ている。
だが左手は身体の後ろに回され、拳は握られず開手、足は少し深く下ろされ、膝のバネを生かす構え。
「見たことの無い構えだが、打撃系格闘士か組技系格闘士か」
決闘士養成ではなく組合に直接来たのだ、体格や顔立ちから見ても決闘士登録ができるようになる15歳だろう。
だがその構えの堂に入った様子はどうだ。
格闘士では無い自分には見たことの無い構えではある上に、その構えの理は不明だ。
だが一朝一夕では生まれぬその構えの安定性と、構えに命を賭す自信に満ちた眼差し。とてもまだ少年とも言える若者が醸し出すものではない。
エンツォも慎重に拳を構えた。
「抜きなよ」
「む……」
榛色の瞳がちらりと腰に向けられた。
「あんた剣士なんだろ」
エンツォはダミアーノの方を見る。
ダミアーノはワインの入った袋をどさりと机の上に投げ出して言った。
「生意気な小僧の望み通りにしてやんな」
エンツォは木剣を見せ付けるようにゆっくりと構えを取った。
「元B級決闘士、教練士エンツォ」
「決闘士志望、ヴィンス」




