クライマックス1(挿絵有り)
ξ˚⊿˚)ξ <本日より連載開始ですのー(完結済み)
15万字強くらいの予定(24万字でした)。
各話2000字強。
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決闘士ヴィンス(イラスト:海村様)
――大同盟暦118年秋
王都ラツィオにある世界最大の円形闘技場。その地下、石造りの廊下を男が歩いていく。
冷たく、薄暗い廊下だ。だが決闘に興奮した観客の熱気が天井より漏れ出してくる。厚い壁を通してなお遠雷の如く響く歓声。
そして綺麗に掃除されているにもかかわらず消しきれぬ血臭、死の臭い。
そこを歩くのは10代後半に見える、少年から青年へと変わる途中といった男。色褪せた金髪、この場には似つかわしく無いほど整った顔立ち、榛色の瞳。
上半身は裸身を、白い肌に豊かでしなやかな筋肉を惜しげもなく晒している。
手足の甲に金属片を帯びている以外は身を守るものもなく、武器も携帯していない。
まるで拳闘奴隷のような姿だが、目の肥えた者が見ればその金属が魔法銀であり、それだけで王都の一等地に家が立つほどの価値のあるものだとわかるだろう。
薄暗い廊下を進み行き着く果てには、床が迫り上がる形の昇降機。その前には槍を持ち武装した兵士と係官。
そこで上からの呼び出しを待つのだ。
男は壁際へと歩いていく。そこには22柱の人類守護神が1柱、“力”の神像が飾られていた。魔界の向こうの島で仁王と呼ばれる筋骨隆々とした像に似たその前に跪き、今日の勝利を、無事を祈る。
「……決闘士ヴィンス、時間です」
係官より声がかけられる。
ヴィンスと呼ばれた男は立ち上がって頷き、昇降機の上へと乗った。
「あ、あの!」
兵士が声をかける。振り向くヴィンス。
「応援してます!」
ヴィンスは僅かに微笑んで言った。
「ありがとう」
係官は兵士を小突き、頭を下げさせた。
「集中を乱しまして申し訳ございません」
「大丈夫」
「では上げてよろしいですか?」
「ああ」
係官が腕を上げると、床に仕込まれていた魔法円が輝き、ゆっくりと昇降機は浮上していく。
上を見上げれば井戸の底にでもいるかのように。
切り取られた青空が段々と大きくなっていく。
「まず入場しますのはB級順位戦8勝2敗!しかしそのうち1敗は不戦敗!あの悪食竜を討伐した竜殺しの片割れ!本日A級への昇格を賭けて戦うは、黄金の野牛所属、ヴィンス・竜殺し!」
〈拡声〉の術式で声を大きくした女アナウンサーが彼の名を呼ぶ声が聞こえる。
そして観客の歓声が。
青空が大きくなっていき昇降機が停止した時、ヴィンスは砂地の上に立っていた。
すり鉢状の円形闘技場の底。見渡せば数万の観客がヴィンスに向けて歓声を送っている。
ヴィンスは片手を上げてそれに答えた。
歓声が収まったとき、最前列に座るアナウンサーが大きく息を吸うのが見えた。
「伝説が歴史から帰ってきた!A級順位戦全勝優勝を2年連続で成し遂げ、偉大なるS級決闘士にその名を連ねた女決闘士!その強さを示してくれるのか!無所属、アルマ・北斗七星!」
観客が歓声を上げる。それはヴィンスが今までに聞いたことがあるどの歓声よりも大きなものであった。
緑を帯びた銀髪を長く垂らした女が地面より迫り上がってくる。
美しい女。褐色の肌に引き締まった肉体をしているが、戦士には見えない細身。そして長い耳。エルフである。
ヴィンスがかつて見続けていた黒白のメイド服でも、先日着ていたドレス姿でもない。
金属製の胸当て、肘当てにショートパンツとブーツ。それ以外は鎧も着込まず、褐色の二の腕や腹を晒している。
扇情的とも言える姿。だがその全身から放たれる闘気が、魔力が。そのような気を起こさせる気にもならない。
会場は一瞬で静まった。
数万の観衆が。伝説のS級決闘士に興味があったものも、二十年も前の決闘士が強いものかと疑っていたものも。全てが彼女の雰囲気に呑まれていた。
「師アルマ……」
ヴィンスの声が砂地の上を流れていく。
アルマはその端正な顔を片側だけ上げるように粗野な笑みを見せた。
「良くここまで上がってきました、我が弟子」
だがその少し吊り上がった眼は笑っていない。緋色の瞳はぎらぎらとヴィンスを見つめている。
「ありがとうございます。……今日ここに立ち塞がるのが貴女とは思っていませんでしたけど」
「仕方ないのです、ヴィンス。貴方と確実に戦えるタイミングはここしかなかった。ああ、貴方がいけないのですよ。
あの可愛らしかったヴィンセント坊っちゃまがこんなに強く逞しくなるなんて」
砂地の中央に審判の男が立つ。アナウンサーが声を張り上げ、観客を盛り上げているが、もはや深く集中を始めたヴィンスの耳には届かない。
「構え!」
ヴィンスは右肩をアルマへと向けて拳を構える。脚を開き、上半身は少し前傾で右手、右脚前の半身。彼のいつもの構え。
アルマは自然体に近い、僅かに手を浮かせた状態で正面を向いて相対。
むろん、ヴィンスはそれが彼女の万全の構えであると知っている。
「用意はいいか?」
審判が確認する。
「はい」「ええ」
闘技場の砂地の上を風が吹く。
固唾を飲んで見守る観客。凍ったように動かない二人。
「A級昇格戦、始め!」
歓声が地を揺らした。
………………
…………
……
――物語はその12年前、ヴィンスがまだローズウォール伯爵家嫡男のヴィンセント・ローズウォールであった、5歳の時より始まる。
ξ˚⊿˚)ξ <イラストは海村様、連載開始前から頂いていたという。
超絶感謝ですの!