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家族

 夜を真っ黒な男が徘徊していた次の日、ココロの両親が首吊り死体で発見された。

 ケンタはまだそのことを知らずにいる。

 家に帰ると、珍しく父がいた。

「あれ。とーちゃん、仕事は?」

 ケンタが聞くと、下着姿で床にぐったりと寝そべっていた父が身を起こし、答えた。

「たまには荷物のない日もある。どうだ、今夜は一緒に飲むか?」

「アホ。俺もケン坊も未成年だ」台所からエプロン姿で出て来た兄が言った。

「酒ぐらい飲めるだろう。もう19と17だ」

 本気で駄々をこねる父を兄は無視して料理を運んで来た。

「料理が趣味の長男がいてよかったな。再婚いらずだろ? クソ親父」

 そう言うと兄は食卓に肉汁のじゅわじゅわと溢れるハンバーグを置いた。ケンタが思わず声を上げる。

「すげぇ! レストランみてーだ。さすがユウ兄!」

 久々に元気を見せたケンタに、兄は満足そうに笑った。


「ココロちゃん、まだ見つからないのか?」

 知っていながら兄が聞いた。

「うん。みんな必死で探してる。俺も……」

 そう言ってからケンタは恥ずかしくなった。ココロの両親やテンシに任せ、ここでのんびりハンバーグを食べている自分のことが。

 そんな弟の気持ちをよくわかっているかのように、兄が言った。

「食事済んだら一緒に探しに出よう。お前の思い当たる場所と、あと適当に宛もなく。偶然何かを見つけることだってありえる」

「よし! じゃあ、俺が車を出そう」父が言った。

「アホ。親父酒飲んでんだろ!」兄が突っ込んだ。

 ケンタは涙が出るほど笑い、言った。

「アホなとーちゃんでも、いるとやっぱり明るくなるな」


 ケンタはココロの写真を手に、夜の町を兄と並んで歩いた。

「すみません。この女の子を見かけませんでしたか?」

 道行く通行人に手分けして聞いてみたが、誰もが首を横に振った。

「ビラは貼ったのか?」

 後ろをついて来ながら、父が言った。

「ココロの親が作って、あちこち貼ってあるよ」

「そうか」父は父親らしいところを見せようとして、見せられなくて、苦しんでいるようだった。「とりあえず俺は人とばったり出くわすのが得意だ。あっちのほうを一人で歩いてみる」

「はいはい」兄弟は揃ってテキトーに返事をした。

「信じないのか? 別れた母さんとだって、浮気相手といるところにばったり……」

「うぜぇ! あっち行け!」ケンタが言った。

「うぜぇって言われたな、クソ親父」兄が腹を抱えて笑った。


 結局、今日も収穫は何もなく、ケンタは兄と並んで家路についていた。

「大丈夫だ、きっと見つかる」兄が弟の肩を抱く。

「……とーちゃん、先に帰って寝てるかもな」

 そう言って顔を上げたケンタの目が、少し離れた前方に人影を捕らえた。住宅地の角から現れたその男のシルエットに見覚えがあった。

「……あれ、誰だっけ?」ケンタは兄に聞いてみた。

「さあ? 見かけない奴だな。近所にあんな背の高い男、いないだろ」

「あ」ケンタは思い当たり、男に届く程度の大声でその名前を呼んだ。「テンシさん?」

 男は立ち止まり、振り向いた。真っ黒なフードを被っており、その顔は見えない。

 しかしケンタはテンシだと信じて声をかけた。

「何してんスか? 俺の家、教えたっけ? 俺ん家に用?」

 すると男は地の底から響くような低い声で、何か言った。

「……サイ」

 兄弟は電撃に襲われたように、その場に固まった。

 男とは距離があるのに、呟きのようなその声ははっきりと届き、ビリビリとケンタ達の足元を揺らすようだった。

「ひっ……人違いだったみたい」

 ケンタは恥ずかしさと、得体の知れない恐怖に俯き、立ち尽くした。

「行ったぞ」男から目を離さなかった兄が、ケンタに言った。「凄い声だったな……」

 暑いわけでもないのに兄の頬に汗が伝っていた。


 玄関は鍵が開いており、父の靴が放り投げるように置いてあった。

「あ。やっぱりとーちゃん、帰ってるな」

 家に入ると奥の部屋に父の足だけが見えた。

「また寝てんのかよ」

 ケンタが言うと、兄が父をフォローした。

「無理もないよ。トラック運転手の仕事って大変だからな」

 部屋に入ると父はまっすぐ天井にヘソを向けて寝転び、腹のあたりで手を組み、目を(つむ)っていた。

「どうしよう」ケンタが兄に聞いた。「毛布かけてやる? それとも布団に行かす?」

「ここでいいんじゃね? 毛布かけたれ。……にしても見事なビール腹だなぁ」

 しばらく兄は、白いランニングシャツに覆われた、その膨れたまま動かない腹を見つめた。

「おっ、おい……? 息してないぞ?」

 そう言われてケンタも気づき、急いで父の胸に耳を当てた。

「心臓! 動いてない!」

「なっ、何!? ど、どうすれば……。救急車! 救急車だ!」

「兄ちゃん呼んでくれ! 俺、応急処置する!」

 ケンタが父の胸に手を当て、心臓マッサージを一発入れると、父はカッと目を開いた。

「どふあ!」

 大きな息を吐くとともに父が生き返った。

「とーちゃん!」

「親父!」

「……あれ? 俺、もしかして息止まってたか?」

「息の根まで止まってたよアホ!」

「そうか。……天国で3年前に死んだハムスターのタロに会う夢を見ていた……」

「病院行けよ! 1日ぐらい仕事休め!」

「無呼吸なんとかなんじゃねぇか? トラック運転中に息止まったらどうすんだ!」

「とりあえず、まぁ、いいじゃないか。生き返ったんだから」父はカッカッカと笑った。

「……しかし、心臓まで止まるもん?」

 ケンタがそう言ったが、兄は顔を涙でびしょびしょにして父を罵っていた。

「親父死んだら俺ら兄弟どうすんだよ!? 俺の稼ぎもあるんだから無理すんな! もっと俺らのことも頼れ!」


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