日常
ケンタは淳美天士がリーダーを務める怪しげな集団の仲間になり、失踪したココロを探す協力を得る。
両親だけが残されたココロの家に、黒い男の影が忍び寄る。
次の朝、学校へ行ったらココロが来ているんじゃないか、そんな淡い期待は空しかった。
「ケンタ、昨日、ココロを探しに飛び出してったの?」ココロの親友の長野蕾が聞いて来た。
ケンタが頷くと、ツボミは「何かわかった?」と聞き、ケンタが首を横に振ると、手で顔を覆い、泣き出した。
後ろで取り囲んでいた他の女子達は、それだけ聞くとぞろぞろと戻って行った。
一人残って泣き続けるツボミをケンタは励ました。
「大丈夫だ。アイツのご両親も全力で探してるし、警察も動いてる。俺も別の方向から探してるから、絶対見つかる」
そう言わないと自分も泣いてしまいそうだった。
「オトコだよ、これは」いつの間にか横にいたゴシが、笑いながら言った。「駆け落ちだ、駆け落ち。古風だねぇ」
ケンタがその頭を掴み、床に埋めようと力を込める。
「だったらなんで連絡がないのよ!?」ツボミもゴシを睨みつけた。
「知らないけど」ゴシは黒縁丸メガネを指でくいっと直すと、得意そうに言った。「何事もなくそのうち帰って来るでしょ。そんなもんですよ。特別な事件なんて日常まず起こらないんだから」
そう言うとシシシと笑った。
「よくそんなに呑気でいられんな」
ケンタが言うと、ゴシはまたシシシと笑う。
「今頃、他人には言えない『いいこと』してるに決まってますよ。女なんてそんなもんだ」
ケンタは殴りかかろうとしたその手を、そのままゴシのポケットに勢いよく突っ込んだ。
「ああっ! 何をするぅっ!?」突然の攻撃にゴシが身悶えする。
ゴシのポケットの中に何かがあった。なんだかセラミックのようにツルツルしている。掴み、取り出してみると、ゴシそっくりの人形が出て来た。現実のゴシよりかなり美化されてはいるが。
「なんじゃ、こりゃ?」
ケンタがそう言いながら人形をぶらぶら揺らすと、ゴシも言った。
「な、なんだそれ!? そんなものポケットに入れた覚えはございませんが!?」
ツボミが不思議そうに言った。
「何? ケンタが手に何か持ってるの?」
「え? ツボミ、見えねーの?」
「からかってんの? 二人して」
「よく見るとなかなかイカした人形ですなぁ」ゴシが下から覗き込むようにしげしげと見た。「しかし不思議だ。このようなものをポケットに入れた覚えはないっ」
「お前の魂だよ、これ」
そう言うとケンタはゴシのポケットにそれを直してやった。
「何の茶番劇?」
不機嫌そうに見ているツボミの頭をケンタはよしよしと撫でながら、言った。
「そっか。見えるのは変な奴だけってことか」
「いやぁ! これは良いものを手に入れたでござる!」
喜ぶ声に振り向くと、ゴシがポケットから自分の魂を再び取り出して、ご満悦で眺め回していた。
「壊すなよ」ケンタはテキトーに忠告した。「壊したら……どうなるんだっけ。知らねーけど大変なことになるらしいから」
授業中、教科書を立てて壁を作り、ケンタはスマホばかり見ていた。
ココロの両親が出しているネットの行方不明者を探す掲示板を開く。
そこに貼られたココロの顔写真の写りの悪さに少しイライラしながらも、目撃情報を確認する。ゼロだった。
『こんなに写真が本人と違ってたら見かけてもわかんねーだろ!』
しかし両親に文句を言うわけにもいかず、次にラインを開くと、テンシに初めてのメッセージを送った。
── どう?
ややあってメッセージが既読になり、テンシから返事が来た。
── 林原さんを見かけたという仲間の情報はまだない
というか、君がくれた林原さんの写真の写りが悪すぎる
『なんだと!?』ケンタは思わず声を上げかけた。『この俺が厳選した、そのままのココロを写したヤツだぞ!? ココロの両親が選んだ証明写真みたいなのとは違う!』
そう思いながらも、ラインには『別の写真を送るので引き続きお願いします』とだけ書いておいた。
するとすぐにテンシから返信があった。
── 明日の夜、集会がある
出席できるか?
ケンタは即答した。
── 明日の夜は用事があるんで
テンシからすぐに返事があった。
── 初めての集会だから絶対に出席してもらわないといけない
断るなら林原さんの捜索を中止するぞ
ケンタは危うくスマホを机に叩きつけるところだった。
学校の帰り、ケンタはココロの家に電話をかけた。
お父さんは仕事だろうけどお母さんはいる筈だ。
しかし電話には誰も出ず、留守番電話に切り替わった。
「健太です。ココロのことで何かわかったことがあれば、連絡ください」
それだけメッセージを入れ、ケンタは再び自転車を漕いだ。
林原家の玄関に男が立った。
呼び鈴を何度か押すが、返事がない。
「おかしいな」男は呟いた。「調査報告をするからいてくれるよう頼んでおいた筈だが……」
男はドアをノックし、少し大きな声を出した。
「梶原探偵社です。林原さん? おられますよね?」
駐車場には車がある。窓の明かりも点いている。これはおかしいと感じ、男はドアを開けようとした。
鍵がかかっていなかった。
「失礼しますよ」と言いながら男は中へ入る。「梶原です。探偵社の」
居間を覗き、探偵は息が止まった。
高い天井から、横に渡した柱にロープを吊るし、夫婦が揃ってぶら下がっていた。