~ プロローグ ~ 悪魔
一応ジャンルをホラーとしましたが、グロもスプラッターも一切ありません。ただ精神的には辛い方もいらっしゃるかもしれません。作者としてはSF要素は一切なく、現実に忠実な物語を書いて行くつもりでおります。
ウサギがやたらとうるさく鳴く夜だった。苛々した様子で真っ黒な男が、夜の住宅街を彷徨っていた。顔も服装も薄闇に塗れて判然としないが、髪が長く、背が高い男だということだけはわかる。ナイフのように尖った三日月も彼の顔を照らし出しはしなかった。ただ、その口がぶつぶつと絶え間なく、低い声を発している。
「……さイ。……る、さイ」
宛てもないようにただ歩き回っていた男の足が、目的地を定めたかのように真っ直ぐ歩きはじめた。
片手で顔面を押さえながら、何かを睨みつけるように早足でそちらへ向かう。
「……ス。……ワス」
ウサギのぶうぶうという小さな鳴き声が段々と大きくなる。
「ブチ壊ス!」
男は漆黒のズボンのポケットに手を突っ込むと、何かを取り出す仕草をした。しかしその手には何も持っていない。
しかし、そこには確かに何かが握られていた。目には見えない何かが。月がアスファルトの地面に照らし出す男の影。その手が、ウサギの首のようなものを持っていた。
男が向かう先に一軒の家があった。
窓を覆うカーテンに幸せそうな家族の影が映っている。
6歳の娘の誕生日を祝う父母が笑っている。
ケージの中で三羽のウサギがそれぞれにぶうぶうと鳴いている。
「滅多に鳴かないのに変ねぇ」と、母の声がする。
4歳の妹が何かに気づき、窓を見た。
闇を背に、真っ黒な男がそこに映っていた。
男は腕を、振り上げた。