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あんまり素直じゃない女の子

ツンデレが苦手なので練習用に書いてみました。

 はじめに断っておかなければならないが、わたしは男の子が好きではない。

 いや、この際だからはっきりいってしまおう。

 わたしは男が嫌いだ。性的な意味においてもそれ以外のあらゆる要素においても。

 とにかく男という存在がわたしは受けつけることができないのだ。もっともだからといって、女の子が好き、というわけでもないのだけれど。

 理由はない。これはゴキブリを見ただけで後ずさりしてしまうのといっしょで、言葉で簡単に説明できるような感情ではない。

 そもそも『男性』という文字を見ただけであまりいい気分がせず、実物を見たら鳥肌が立ち、もしも触られでもしようものなら大声をあげて隣町まで逃げ出しかねない。実際にそんな経験はないが、とにかくそれぐらいの嫌悪度だ。

 そんな事前説明を踏まえた上で、ある男の話をしようと思う。

 それは学校の中の同じクラスで席を並べる男子だった。わたしの隣の席ではあったが、嫌いであるということについてはその他の男どもと何ら変わるものではない。

 ある日のことだ。

 いや、日は出ていなかった。より正確を期せば、ある雨の日だった、というべきだろう(くだらないことのようだが、こういうのがあとあと重要になってくるのだ)。

 長い授業と部活が終わってさあ帰ろうと靴まではきかえた段階で、わたしは傘を持ってきていなかったことに気がついた。

 まあ別にそれはいい。教室には折りたたみ傘を停めてある。

 再び内履きへとはきかえて、ちょっとした愚痴の中に雨に対する感想を織り交ぜつつ教室に戻る。

「あれ、山田さん? まだいたんだ」

 教室の扉を開けるとそのような声が飛んできた。

 山田というのはわたしの名字だ。

 つまりこれはわたしにかけられた言葉だということになり、わたしの中のその男子に対する嫌い度数がすこしアップしたということになる。鳥肌プラス怖気で五ポイント進呈。

 わたしがまるで無視していると、彼はすこし困ったような表情をつくった。

「えっと、それじゃあ……さよなら」

 どうやら彼も傘を取りに来ただけのようだ。すぐにいなくなってくれてなにより。

 しばらく間をおいてから玄関に向かう。この時間なら誰もいないだろうと油断していたのがいけなかった。今度は男子に遭遇しないように慎重に進む。

 傘をさしていても靴は濡れる。水たまりに入れば靴下まで濡れる。雨はもうちょっと空気を読んでほしい。そんな他愛もないことを考えてながら帰路についた。

 その途中、またしてもさきほどの男子に遭遇した。

 男子は道端にしゃがみこみ、だれかと話しているらしく、わたしには気づいていないようだった。

 わたしはとっさに電信柱の陰に隠れた。傘をすぼめ、そっと顔を出して様子をうかがう。

 興味があったわけではない。立ち去るタイミングを計っていただけだ。

 見るとどうやらネコとたわむれているらしい。じゃれつかれて楽しそうに笑う声と、可愛らしい鳴き声がときおり聞こえてくる。

 やがて彼は立ちあがって、再び家に向かい始めた。

 わたしもそれの後を追うかたちで足を動かす。

 さっきまで彼がしゃがんでいた場所には段ボール箱が残されていた。布切れが敷き詰められ、中には手紙が入っていた。どうやら捨てネコだったらしい。

 ネコはもういなかった。彼が持ち去ったのだ。学生服の上着を脱いで、それに包んで持っている。

 ひょっとしたら食べる気かもしれない。

 彼に興味はなかったが、ネコなら話は別だ。わたしは彼の尾行を開始した。ネコは大好きだ。

 彼の家にはすぐに着いた。

 彼がただいまといって入っていった、わたしの家と学校とを結ぶ道の、ちょうど中間あたりにあるその家には見覚えがあった。特徴的な家だったからだ。

 身も蓋もない言い方をすれば、あばら家だった。

 え、本当にここに人間が住んでいるんですか? と思わず尋ねてしまいたくなるような、それはそれはボロい一軒家だった。

 わたしもいまのいままでこの廃屋に住民がいるなどとは考えても見なかった。玄関のガラスとか割れてるのとか気にならないんだろうか。

 しかしこの家でネコを飼うつもりなのか。

不動産から推定されるこの世帯の経済状況は果てしなく悪い。まさか本当に食料にするつもりでは?

 エンゲル係数の低そうな玄関の前に立つ。ネコを虐待する類の音声は聞こえてはこなかった。

 わたしはなにやらわだかまるものを感じつつ、その日は家に帰ることにした。そういえば初めて知ったことだが、表札によると彼の名前は名越というらしい。

 ところでネコとは関係ないけれど、わたしは自分の分の昼食は自分で作っている。毎朝早起きしてお弁当を詰めるのだ。けっこう凝っていて、友達の間でも評判になっている。

 翌朝、いつもどおりに起きたわたしは、いつもどおりにお弁当を詰める。

 ただし、この日はなぜかふたり分。

 なぜ? ひとり作るのもふたり作るのも手間は変わらない。お弁当箱はパパのものがあった。

 いやそういうことじゃない。

 どういう理由があってわたしは普段の倍のお弁当を用意しているのだろう。わたしの名誉のためにいっておくと、わたしはけっして大飯喰らいではない。お弁当箱だって黒板消しぐらいなのだ。

 自分のことが不可解だ。

 だがその答えは、学校でちゃんと明らかになった。

 いや、やっぱり明らかじゃない。

 なぜわたしは名越に作ってきた弁当を渡す? その意図は何?

 ぐるぐるする目をこらして、なんとかその理由を見極めようと試みる。あるはずだ、単純明快な解答が。

 そうかわかったぞ。

 いやがらせだ。

 わたしが向こうを嫌っているということは、あちらもわたしを嫌っていて当然。

 そんな相手から突然お弁当を渡されたら、そりゃ屈辱に感じるだろう。

 そうだ、だからこれはいやがらせなんだ。

「あ、ありがとう……?」

 ぽかん顔で感謝の言葉を述べる名越。

 フフン、鈍いやつめ。これだから男は。

 色とりどりのおかずが添えられてしまっては、日の丸弁当のアイデンティティは崩壊するというのに。

 だがわたしは次の瞬間愕然とした。

 なんと名越のやつ、わたしの渡した弁当を広げないではないか。カバンに入れてそのままだ。

 くっ、バレたか?

 わたしがちらちら名越の方を見ていると、にっこり笑って手を振ってきた。

 やはりバレている。わたしの嫌がることをやってくるのがその証拠だ。七ポイント進呈。

 わたしはこの日も名越を尾行することにした。

「弁当ありがと。箱は洗って返すよ」

 などと、名越が強硬に主張するのでそのままにしておいたが、やはり不安だ。毒でも盛ろうという腹づもりではないか。

 尾行といっても、途中までは普段通りの帰り道なのだけれど。傘が無いぶん、隠れるのが楽だ。

 途中何度か、やつが振り返ってきたので、その都度肝が冷えた。わたしが良からぬ気でも発しているというのか。心当たりがないではないが。

 昨日見た言語道断な門構えの家屋はやはり冗談でも何でもなく依然として悠然と、厳然たる事実として泰然にそこに居を構えていた。

「ただいまー」

 ガラガラと引き戸が開かれる。わたしの気のせいでなければ三度ほど家がかたむいた。

 揺れる家の中から逃げ出すように走ってくるネコ。

 瞬間、わたしの心は一晩水に漬けこんだ花豆のごとくふやけた。

 なーう。

 ああ……。

 にゃーご。

 ……。

(かりかり)

 いい……。

 生者に襲いかかるときのゾンビの動きでネコに近寄ろうとするわたし。

 はっ、いかんいかん。敵の策略にはまるところだった。

 あいにく、わたしはそんな幼稚なワナにはまるほど愚かではないのだった。しかし、ということはわたしの尾行はまたしてもバレているということか。わたしは電柱の陰から注意深く名越を観察した。

「ははは、やめろってば」

 ネコが飛びついて名越の顔をなめている。わたしは軽い嫉妬を覚えた。

「そうか、おまえ腹減ってんだな」

 そういって名越はなんとカバンからさっき渡したわたしの弁当箱を取り出すと、入っていた唐揚げを食べさせた始めたではないか。

 許さぬ! おのれ丹精こめて作ったお弁当を猫畜生の手にかけるとは。

「すごい勢いだなあ。ごめんな、貧乏な家で」

 お弁当はあっというまにきれいになった。

 そして翌朝、いつもどおりに起きたわたしは、ママの分まで動員してみっつのお弁当を詰めていた。




「マヤって男苦手だよね」

「てか男性恐怖症?」

 友人たちにそのように評されるマヤなる人物こそわたしだった。山田マヤ、それが名前。

 しかし、さすがにそれは心外だった。男は苦手でも怖いのでもなく、ただ単に嫌いということでしかない。

 そもそも楽しいお昼時に男の話題を出されること自体不愉快だ。そのような誤解を晴らすためにも行動で示す必要がある。

 ので、わたしは立ちあがって名越の前まで行き、今度の日曜ちょっと付き合うようにいった。

 返事は聞かずに、堂々と席に戻る。今の親の仇を目の前にしたような顔と態度、これでみんなにもわたしの考えが伝わったに違いない。

「めっずらしー……。マヤが男に声かけたよ」

「それも笑顔で……」

 そのような感想はもちろんノイズとして聞き流した。




 なぜだ? 

 なぜわたしは男と連れだって遊園地に来ている?

 五月晴れでうららかな日曜日だからといって、貴重な休日を名越といっしょに過ごしていい道理がどこにあるというのか。わたしが誘ったからでしたそうでした。

 思い返せば今日のわたしはどこかおかしい。

 妙に念の入った化粧とそれにともなった普段は着ないような服装。低血圧だったはずなのに、昨日の夜からやけに高鳴る胸の鼓動がうっとうしい。くそう、なんだよこれ……。

 駅前で待ち合わせ。定刻十五分前に名越はやってきた。

「ごめん、待った?」

 時間に厳格なわたしはもちろん三十分前には来ていたので、ねちねちとした嫌味の百や二百もいっておきたいところだったが、そんなことをしてもわたしの器を小さくするだけだ。

 ぜんぜん、今来たところだよ。とでもいっておけば納得するだろうと考え、そのようにした。案の定、名越は胸をなでおろしていた。ばかめ。

 そのような出来事をいくつか体験しつつ、いつの間にか遊園地に到着していたというわけである。

 途中、いくつかの絶叫マシンをくぐりぬけ、今はベンチで休憩をとっている。

 うーん、困ったぞ。どこも破たんしていないじゃないか。

 これではまるで、どこにでもある普通の……。

 ん? 普通の……なんだっけ?

 思い出せない。

 名越がソフトクリームを買ってきた。ぼーっとした頭でそれを受け取る。ストロベリーだ。甘い。

「次はあれ乗ろうよ」

 名越が指さしているのは観覧車だった。

 わたしはあの、のろのろ回っているだけののんきな乗り物がいまひとつ好きになれなかった。ジェットコースターの方がスリルがあるし、メリーゴーランドの方がかわいいじゃないか。

 だいいち狭い。

 そこでわたしはピンときた。冷たいソフトクリームが脳を活性化したのかもしれない。

 つまりあの観覧車というのは決闘場だ。

 わたしは今日、この遊園地で合計マイナスポイント百の名越と決着をつけるためにわざわざやってきたのだ。

 そう考えればなにもかもつじつまが合う。戦いを前にしてはやる気持ち、死後も見苦しくないようにするための死に化粧、戦うための戦装束。そういうことだったとは!

 それじゃあ行くとしよう。急いでソフトクリームを食べ終わると、堂々とした足取りで観覧車の方に向かう。

 うふふ、今のうちに大地の感触を楽しんでおけばいいのよ。あの狭苦しいゴンドラがあんたの墓場となるんだからね。

 うかつだった。

 観覧車がこれほどにヘビーなマシーンだったとは、予想だにしていなかった。

 高い狭い怖いの三拍子、さらには恐怖がゆっくりと持続するだけの十分な時間がそろったこのアトラクションは、まさしく決闘の地にふさわしい。

 いやいやいやまずいって。怖いって、もうどうしようもないほどに。こういうときこそ平常心でひっひっふー、つり橋効果で心を落ち着かせないと。あれつり橋効果ってどんなのだっけ?

「山田さん、ほら海が見えるよ」

 名越が話しかけてくるが、それどころではない。こちらの事情を考えずにしゃべる名越に、さらにポイント十進呈。きっとにらみつける。

 うん? 今なんだか気分が楽になったような。

 そうか、下を見るから恐いんだ。

 わたしはじっと名越をみつめることにした。よし、これでもう恐くない。不思議と心が穏やかになっていくのを感じる。

「山田さん」

 名越の口が動いて言葉を紡ぐ。

「今日、誘ってくれてすっげーうれしかった」

 ほほう、そうかそうか。そうだろうそうだろう。んあれ、うれしかった? おかしいな、そんなはずは……。

「山田さん」

 名越の口が動いて――わたしの口を、ふさぐ。

 永遠よりも長く感じられる一瞬が、プリンの淵に注がれたキャラメルソースのようにするりと、わたしたちの上を流れていった。

 甘い香り。これはソフトクリームの味? なごりおしい後味、ほどよい甘さ。わたしのくちびるから名越のそれがそっと離れる。

 観覧車の回転が残り四分の一になるまで、ふたりとも口を利かなかった。ただ黙って、お互いの目を、口を、見つめあっていた。

 やがて名越が口を開く。わたしはすこし身構えた。

「山田さん、こないだ俺のことつけてたでしょ」

 やっぱりバレていたらしい。

「傘、電柱からはみでてたよ」

 それにずっといっしょの道で登下校してたわけだしさ、と名越はいった。気づいていたのに放置しておくとはいじわるなやつだ。わたしはほっぺたを軽くふくらませた。一億ポイントぐらいくれてやろう。

「あれはさ、山田さんのマネしてみたんだ」

 名越がにっかり笑う。

 オスか、それともメスか、わたしはたずねた。

「えーっと、たしかメスだったと思う」

 それはうちの小さいのが聞いたら喜びそうだ。

 わたしはほほえんだ。のだと思う。名越を前にするとどうもわたしの意図しない表情が出るので困る。

「前から思ってたけど、山田さんの笑った顔ってさ、いいよね」

 どういたしましてとお礼をいっておくべきだろうか。迷っているうちに観覧車は緩やかな回転を終え、再び地上に帰還した。

 名越が先に降り、わたしは彼の手をとってやわらかく跳躍した。

「あ、まだいってなかったことがあったんだ」

 奇遇だね、わたしもそう思っていたところなんだ。

「ずっと前から好きでした」

 それからあとは、一度つないだ手を離さずに、どこにでもある普通のデートを楽しみましたとさ。


 この手をしっかりと握りしめていてほしい。


 わたしはあんまり素直じゃないものだから。




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