9.亡国ギルミア
『……ガイセル。キミニハシツボウシタ。デモリスニマスカルズヲタオサレ、Kヲノガシタ……』
『申し訳ございません。今既にファイアフライから《デモリスの残骸は粉微塵に爆散している》と。そしてそのままKの追跡を。発見し次第、捕獲を』
『……デモリスハイキテイル……』
「なんと、まさか!」
『……ヤツハココヘクル。キミハセンシトシテデモリストタタカイ、ハテヨ……』
「……かしこまりました」
彼は立ち上がり、ネオ・ブレイン・ルームを後にした。
デモリスの言葉が頭をもたげた。
《……お前たちは騙されている……》
所詮俺たちは操り人形なのかと、ガイセルは初めて自らを蔑んだ……。
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サウスラフォーレのDr.グリーン邸。
人の姿に戻したグリーンはショーンとともに椅子に腰掛け、ベッドに身を起こすケイに語った。
グリーンが恩師フォレストンに呼ばれ、〝サイボーグ開発班〟に加わったのは一九六八年だった。
「……被災地の人命救助を目的とする……それは闇夜を照らし地下や洞窟を探索する……この被験者はファイアフライ。蛍のように暖をもたらし……」
当初グリーンに真の目的は伏せられていた。
だが彼がフォレストンの異変に気づくのに時間はかからなかった。
「妻も息子も殺された。祖国も失った」
語るフォレストンの目は狂気に血走っていた。
戦争で愛するもの全てを失い、悲しみと絶望に打ちひしがれたフォレストンにナピスの古参医Dr.キラムは吹き込んだ。
「戦争を潰す戦争をしようじゃないか。人類の歴史は侵略と略奪の歴史。その繰り返される愚行に終止符を打つ。繰り返させないためには絶対的強者、死なない人間を造ればいい。莫大な資産が残されている。完全国家の礎となる完全人類マスカルズを生み出すのだ」
キラムは憑かれた目で煽動した。
「ネオ・ブレインは過去と現在から未来を計測した。二〇九九年、この世は人類によって滅亡する。核と生物兵器が星を滅ぼすと。生き延びるためのマスカルズだ。新人類を創造するのだ」
フォレストンは悪魔に魂を売った。
「そうだ。何も失わない世界を創ろう」
「師フォレストンはまさにマッド・サイエンティストに変貌していた。私は戦闘訓練中の事故で自我を取り戻した。師が君を追いナピスを抜けたのも、君の暴走によるショックで洗脳が解けたのでは、と推察している」
ケイはガイセルのことを訊く。
「ジェネラル・ガイセルはナピスの侵攻を指揮する者。強力な思念波を操る。彼も改造人間だろう」
「Dr.グリーン。ガイセルは僕を親愛なる友人だと。それに僕は夢で〝リュウ〟と呼ばれた。何か知りませんか? その名を」
「リュウとは、師の息子さんだ」
ケイは目を見開いた。
一瞬頭の中が真っ白になり、頬を胸を、強く押さえつけた。
グリーンも胸を痛めた。
「彼は海軍で……やはりあの戦争で命を落とした」
その言葉に切なく、ケイは力が抜けてゆく。
「……そ、そうなんですか……。他に、知っていることは? 母親のことも」
「会ったことはないが、まだ幼いリュウ君と奥さんの写真を。研究室に飾ってあった。美しい方だった」
ケイはショーンの手を握る。
「リュウ・フォレストンについて、調べてくれないか」
博士のことはすぐにわかったが、とショーンはパソコンを開いた。
「……うむ。やはりデータが消失してる」
残念がるケイだったが、やがて決意の手を伸ばした。
「Dr.グリーン。手術をお願いします」
窓越しに雨を見つめるショーン。
今ケイの手術が行われている。
無事に終わることを祈りながら考えていた。
ネオ・ナピスとリュウのことを……。
夜が明け、一睡もしていないショーンのもとにケイが歩いてきた。
ケイの右足が、ある。
「え? も、もう歩けるのか?!」
ケイは大腿部をさすり微笑んだ。
「うん。再生能力は半端じゃないから」
「ほー! パねえな! うまくいってよかった!」
万歳するショーンにケイは真似て応えた。
「うん。パねえ」
ショーンは近寄り、ケイの肩を優しく抱きしめた。
「博士は?」
ケイは入ってきたドアの方を指す。
「眠ってる。僕の相棒と一緒に」
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そこはエルドランド北東部ゴーストン大峡谷にあるネオ・ナピス基地。
その夜。しなやかに、立ちこめる冷気と暗黒のフロアに〝影〟が降り立つ。
守備迎撃ロボットが数体ガチャガチャと立ちはだかる。
レイガンの一斉放射をその影は俊敏に華麗に躱した。
姿が一瞬消えたかと思うと黄色い光が眩く走り抜けた。
ロボットたちはバチバチと火花を上げ、動かなくなった。
影とは麗容なる侵入者。
鋼鉄の爪を研ぎ、ゆっくりと足を踏み出す。
基地中枢部を目指し暗闇を行く……。