8.Dr.グリーン
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……「ケイ君、おい、大丈夫か?」
ケイはゆっくり目を開けた。
「ケイ君わかるかい? 俺だ。ショーンだ」
「……ここは……僕はいったい……うっ!」
激痛が走る。それは失くした右足の痛み。
「ひどくやられたな……でも生きていてよかった」
そこはベッドの上。
ショーンは隣りで椅子に座っている。
ケイの右大腿部の付け根には包帯が巻かれている。
「……君が……手当てを?」
ショーンは首を横に振り、立ち上がった。
「ちょっと待っててくれ」
「……ショーン、ここはどこなんだい?」
「サウスラフォーレ。プリテンディアより遥か南さ」
「……そうか」とケイは部屋の壁や床を見渡した。
外から波の音が聞こえてくる。
――どれくらい眠っていたのだろう……あのデモリスの破砕砲に……足をやられて……それからはあまり覚えていない。メタルブロウは? 僕の……唯一のバイク……。
部屋を出て行ったショーンが誰かを連れてきた。
物静かにその男はケイの傍らに。ショーンが彼を紹介した。
「この方が君をここへ呼び、足の手当てもした。三日前に」
男の、印象よりも厳つい手が差し出される。
「私はグリーン。ゴウ・グリーンだ」
握手。それは力強くケイの本能を掻き立てた。
「助けていただいて、ありがとうございます。あなたは……」
「元、科学者。そう、ナピス……そしてかつてDr.フォレストンと関わりがあった」
「え?」とケイは身を起こす。
「メタルブロウは私が設計した。元々、私自身のために」
ケイの窮地にメタルブロウを遠隔操作し、彼がここへ呼び寄せたのだ。
グリーンはケイの手の甲を撫で、語った。
「私も君と同じ。ネオ・ナピスを抜け出た身。君よりも前に組織を出て、追われ、戦い、闇に潜んできた。ナピスの新たな侵攻を感じ取った時、先日こちらのショーン君が訪ねてきた。君と出会ったこと、命を救われたこと、街で暴れたマスカルズと、Dr.フォレストンのこと……いろいろ聞かされた。君は奴らと敵対し、手酷く傷ついた。私が力を貸そう。奴らを倒すため」
グリーンの熱い眼差し。
だがケイはふさぎ込む。
「僕は……ただジュリアを救け出したいだけ……。マスカルズと……同じ改造人間と戦うのはやはり苦しい。ブライノスという男は誇り高く潔い武人だった。そういう者もいるんだ」
グリーンは驚嘆した。
底知れぬ力を秘めた究極体とは……なんと純朴なことか。
その目に宿した優しさ。憂いを帯びた青い瞳。
彼はただの戦闘マシーンではない、と察した。
グリーンはしばしケイの思いに耳を澄ませた。
《――ブライノス……。君も本当は生きたかったはずだ。僕は長い間一人、この鼓動を聴き続けてきた。命はきっと皆、生きようとしている。生存せよと。そして思いを果たすんだ。僕は――》
ショーンが言う。
「ケイ君。俺はあのマスカルズが怖い。奴らは俺の目の前で子供まで襲ったんだぞ! 俺は君ならネオ・ナピスを叩き潰してくれると信じている。守ってくれるのは君しかいないと」
グリーンはショーンの肩を叩き、冷静にケイに言った。
「倒すべきは脅威のコンピューター〝ネオ・ブレイン〟。そのための戦闘はやむを得ない。私は戦う。いや、戦わなければならない。私も奴らに加担した一人として。組織の目的を知らなかったとはいえ、責任がある。ただ、今の私にはもう奴らに敵う力がない」
ケイは眉をひそめた。
「Dr.グリーン。あなたはいったい」
「言ったろう? 私も同じだと。私は師フォレストンの助手を務め、改造手術も受けた。この体には軽く飛翔できるほどの強靭な脚力が与えられた。高い精神感応力も得た」
グリーンは立ち、眼鏡を外した。
ジャケットを脱ぎ、ショーンを見て頷いた。
「よくこの私を捜し当ててくれた……」
部屋中の空気の流れが変わった。
風が渦巻く。吹き荒れてゆく風に包まれ、グリーンの額や頬に傷が浮かび上がった。
眩く皮膚が散り、メタリックな頭蓋が露わになる。
両の目は赤く輝き、手の爪は刺々しく、隆々とした脚は装甲具で補強されている。
そして爆風になびく真紅のマフラー。
彼はマスカルコードG、蝗虫を想わせるマスカルズだった。
ショーンはおののき床にへたり込んだ。ケイも息を飲んだ。
金属音が混じる声でグリーンは言った。
「私は不完全なリブラスト体。独自の治療では限界があった。再生機能も著しく低下している。おそらくもうあと一年ともたないだろう」
見ると錆びついたマスク、弾痕の残る首筋、傷だらけの胸元、ボロボロの銀の腕……。
痛々しげにケイは見つめた。
グリーンは彼に手を差し伸べた。
「そう。私も命の声に突き動かされてきた。半分生身、だからこそ命の叫びが愛おしく。生き抜いて思いを遂げよと」
その言葉に自ずとケイの手に力が入る。
「ケイ君。君に私の右足をあげよう」
「え?」
「一緒に戦おう。ジュリアも捜す。協力する。二人でやろう」
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そこは雨が打ちつける採石場。
スピーコックのフルスパークによって、デモリスは爆死した、はずだった。
四散した残骸から丸焦げの物体がもごもごと動き出す。
それはデモリスの頭部だ。
音も立てず宙に浮かんだそれは朱色の光を帯び、やがて闇の中へ消えていった……。