5. 黒い銃鬼 デモリス
傷が癒えたケイは数日後、またショーンのもとを訪れた。
「すまない。迷惑だとわかっている」
ショーンは玄関越しに外を警戒する。
「……構わんよ。ていうか、君は俺を〝波動〟で探し当てたろ? じゃあ逆に君もナピスに探知されやしないか?」
ケイは胸に手をあて、答えた。
「僕は特別な石の力でシールドを張ってる。大丈夫。奴らが現れても僕が先に感知する」
部屋はだいぶ片付けられていた。
積み上がっていた新聞も雑誌も棚の上のフィルムの箱もフォトフレームも。
「地震の少ないとこなんだがな。あらためて、思い知ったよ」
前と同じように向かい合って腰掛ける二人。
ショーンはテーブルにノートパソコンを広げて言う。
「ハロウィンの日もそうだったがこの前の君らの戦い。動画がSNSで炎上してる」
するとケイがショーンの鼻先まで顔を出している。腰を浮かして画面を見ようと。
「ショーン、何だい? これは」
「パソコンさぁ、知らなかったか?」
「街でこんなの持ってる人見かける」
「そっか君の時代……。そう、こうやって検索して何でも調べられる」
「どうがが……えせぬすんで、えんじょう?」
「その端末……みんなスマホで何でも撮りまくる。今じゃ全国民がカメラマンさ」
「……炎上って、火事?」
「い、いや、はは……違う違う」と笑ってショーンはケイに隣りにくるよう促した。
「あれからいろいろ調べたんだ。これ。君が捜してる〝ジュリア・メイスン〟。……一九四七年、スロトレンカム生まれ。サーヴ大学医学部卒、一方では体操でオリンピックを目指してたとか。すごい。優秀な女性だ。……今だと、七十二歳」
映っているジュリアの画像にケイは釘づけになっていて、そのうち何度も頷きながら涙を零しはじめた。
「……う、うん、そう、そうなんだ。素敵な人なんだ。彼女も、あんまりいろいろ覚えてなくて、生まれたところとか、親のこととか、記憶が微かで……」
そんなケイにショーンはティシューを渡し、背中をさすった。
「きっとナピスに洗脳されたんだな。六九年、行方不明……とある。拉致だな」
鼻水をずるずるさせてるケイに、ショーンは鼻のかみ方を教えてあげる。
「そうじゃない、片方ずつかむんだ」
「ごめん。大概のことはジュリアから習ったんだけど、こんなに泣くなんて」
「改造人間でも泣いたり鼻水垂らしたりするんだな」
「半分は生身の人間だ。感情がある」
画面に食い入るケイの目は輝いていた。
純朴で健気なケイの横顔。
しばらくそっとしておいてショーンは次へ移った。
「Dr.フォレストン……ジョン・フォレストン博士は科学者、医学博士、〝ギルミア脳科学の父〟と呼ばれた。彼はギルミア共和国の人だったのか……」
「ギルミア?」
「うむ。今は亡き、被爆国。美しい小さな島国だったが……グレイヴスギルミア戦争……グレイヴス国が落とした核爆弾で全て、何もかも消滅した」
ショーンは言葉を詰まらせた。
ケイに涙を見せまいと目をこすり、友達がいたんだと呟いた。
ケイは言う。
「……博士も、洗脳されてたのかもしれない」
映されているフォレストンを切なく見つめる。
「家族を失くし、正気を失った……」
「ケイ君。ネオ・ナピスを抜けた博士は、まだ生きていると思うかい? 一九一〇年生まれだから今だと百歳越えている」
「わからない。ただ、デモリスを操り僕を狙っているわけだから、まだ生きていると思う」
皮肉にも、デモリスに追われる宿命の中にジュリアの生存を感じているケイだった……。
かつて地下壕だった場所。
今そこは遮蔽された研究室になっている。
漆黒の人造人間デモリスが静かに膝をつく。
オレンジに光る目で彼が見つめているのは、体を横たえ目を閉じ長くそのままでいる眠り姫、ジュリアだ。
デモリスは呟く。
「……ジュリア。君はいつまでも美しい。こうしているだけで、私は癒される」
彼女の手にそっと触れる。
「君が危険にさらされるとして、私は君を連れ去ったのだ。わかってくれるかい?」
彼女の脈打つ鼓動に指を震わすデモリス。
「ジュリア。いよいよKを追い詰めた時、マスカルズが現れた場で、彼は人を救けた。そして……」
デモリスは傍に置く黒い分子破砕銃を握りしめた。
「今の成長したKを……私は殺せるのか?」