4.バルト、マンティス、ブライノス vs K
ケイはショーンの家を出て震源域の工業団地へ向かった。
現れたケイの波動を探知した蝙蝠男バルトが空から襲いかかった。
牙を立て首を狙うバルトを払い除け、ケイは廃屋に駆け込む。
すると身を隠したモルタルの壁が斜めに斬り裂かれる。
屈み込むケイの胸ぐらを背後から掴み引きずり上げ、荒れた露地に放り投げる。それは蟷螂マッド・マンティス。
レザージャケットにつり目の人間顔が不敵に笑う。
「Kよ。まだ歯向かうか」
左手のくの字に曲がった鋼鉄の鎌を光らせマンティスは歩み寄る。
ケイはすっくと立ち、顔の泥を落とした。
「マスカル〝K〟よ。キサマは死神を模した究極体。だが大したことはなさそうだ。女のために仲間を殺しやがって。ジュリアはまだ見つからんのか?」
「……ずっと捜してる」
「笑わせる。お前は彷徨う屍か」
数十年と変わらぬKの捕獲命令にマンティスは辟易していた。
――この俺がいるというのに……。
「しかしこんな甘ったれた面構えに、デスパイダーはやられたのかクソッタレ!」
「僕は本当は戦いたくない」
「ハッ! そいつぁ宝の持ち腐れだな。リブラストを埋め込まれたエリートが。無限の破壊力と再生能力、両極の神秘をお前は誇らんのか?」
「歪んだ心に造られたものなど醜い。元は君たちも心を持った人間のはずだ」
「はっはっは、そうだ俺は闘争心溢れる人間だった。だからマスカルズに志願した。最強の戦士になるためにな」
マンティスの目が赤く輝く。
轟々と表皮を散らし、銀色の顔をさらけ出した。
両手共の大型の鎌が細身のシルエットに際立っている。
「この俺もリブラスト適合者。基本スペックはお前を超えている」
そう言ってマンティスは鎌を振り上げ、迫った。ケイはそれをよけ、後方へ飛ぶ。
上空ではバルトが旋回してケイの隙を狙っている。
数十メートル先の通りでは既に騒ぎに気づいた人集りがスマートフォンを向けている。
マンティスの標的はそこに移り、右手の鎌を切り離しそれをブーメランのように投げつけた。
ケイが飛ぶ!
バルトはその音速を計測する。
光の爆風は投げられた鎌を粉砕し、背後に飛びかかってくるマンティスを絡め取った。
ケイから姿を変えた〝死神〟Kに戦意高揚するマンティスだったが、同時に腕をもがれ、地表に叩きつけられた。
そこでバルトが急降下で唸りながら襲いかかる。
「この裏切り者め!」
Kは右手甲の半球体を振動させ、分子破砕線を一閃に放出した。
青白く光るブラストハンドはバルトを腿から肩まで両断した。
落ちてゆく蝙蝠男の翼が視界を遮った隙に、白目をむいたマンティスが口を開けKの右足首に食らいつき、喉から赤いリブラスト粒子を照射した。
Kは片膝をつきマンティスの頭を掴む。
Kが放つ青い光と赤い光が紫色の境界線を作りせめぎ合い、やがて青が押し切ってマンティスの頭を覆い、粉々に砕いた。
逃げた群衆と入れ替わるようにパトカーがサイレンを鳴らして駆けつけた。
降りてきた警官は突然の地震に足を取られた。
地中から稲妻が走り、蠢く尖頭がパトカーを下から突き上げる。
Kの眼前に叩きつけられる無惨なパトカー。
地中から現れたのは犀の嘶き、ブライノス。Kを指差し賞賛する。
「見事だK。二体とも倒すとは。データ以上の力を見せてもらった。この血が滾る」
身構えるK。
しかしブライノスに腕を掴まれ容易くねじ伏せられ、廃屋の剥き出しの鉄柱に叩きつけられた。
「うう……」
歩み寄る鋼の闘将ブライノス。
「俺の名はブライノス。どうした。先ほどまでの闘志は」
Kのリブラスト粒子放出は度を越え、ダメージが著しい。
ブライノスはKの首を掴み吊り上げた。
その角サンダー・ホーンの電光を天空に轟かす。が、止めた。
ブライノスはKを引き寄せ、まじまじと見た。
「我々マスカルズの瞳孔は赤。なのにお前の青は何だ? その澄んだ色は」
もがくKを彼は放した。
「……Kよ。負傷し力を消耗したお前を倒してもつまらん。時間をやる。傷を癒せ」
Kは救援信号を送った。
すると一台のマシンが矢のように駆けつける。それはKの高性能バイク、メタルブロウ。
彼は飛び乗り、その場を去った。
遠くへ消えゆくKをブライノスは見つめた。
――奴を見逃したことをガイセル様はお怒りになるだろうが、俺は奴と正々堂々ベストの状態で勝負がしたい。どんな処分が下されてもいい。俺は奴との勝負に己の存在意義を見出す……。
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そこは廃墟の造船所。
床に体を横たえたKは、メタルブロウのオペレーションシステムを作動させた。
展開したカウルの中から伸びたアームが胸に接続される。
リブラストの振動超過による肉体の拒絶反応を抑える。
バックルに蓄積された風のエネルギーを全身に充たしながら。
やがてナノフィラメント製のスカルフェイスをリブラスト粒子が覆い、徐々にKから人間体ケイの顔に変えていった……。
しばらく、動けない。
静かに呼吸を整える。
目を閉じ、耳を澄ませば広がる、ジュリアの優しい声と笑顔……。
――ジュリア、聞こえるかい?
僕はこの通り、少し痛い目にあった。
また戦いが始まったんだ。
これは宿命だ。
でも、自分を見失うことはない。
君を忘れることもない。
いつか君を救い出す。いつか必ず……。