15.再生
絢爛の都プリテンディア。
ケイとジュリアは列車に乗り、夜明け前にそこへ辿り着いた。
ショーン・オノデラの家だ。
コートを纏った二人が玄関の前に立つ。
ジュリアの切ない顔を見てケイはチャイムを鳴らす。が、出ない。
確かにショーンの生体波動を感じるケイは、鍵のかかったドアを一息で開けた。
ジュリアも中へ入った。
がらんと、部屋はもぬけの殻だった。
テレビも戸棚も積み重なっていた新聞もコーヒーサイフォンも、何も残っていない。
ショーンの姿もない。
この場所はジュリアの方がよく知っている。
「……ここでしばらく過ごしたわ」
そう言って彼女は薄暗い一番奥の部屋へ歩いていき、板張りで誤魔化された鉄の扉を開けた。
それは地下室へ繋がる。
階段を降りたそこは研究室。
微かなスイッチの光にオペレーション・アームと生命維持装置の金属が浮かび上がる。
漂う冷気に吐く息は白く、
「私が眠っていた場所……」とジュリアが言うと、部屋の灯りがついた。
ジュリアの言うそのベッドに座っていた。
ショーンが。力なく肩をうな垂れて。
握っているのは拳銃。
ぼそりと、彼は二人を迎えた。
「おかえり。ジュリア……そしてケイも」
ケイは悲しい目で彼を見つめた。
「必ず帰るって、言ったから」
ショーンはこれまで見せなかった、黒染めの髪を乱した疲れきった顔を向ける。
ケイは言う。
「あなたの波動を感じて、最初は半信半疑だった。でも落ちてきた写真立てに見た女性が夢に出てきた。夢の中で僕をリュウと呼んだのは母親のケイト。そうでしょう? Dr.フォレストン」
「気づいていたとはな……。そう。私は身を隠すために整形し、声帯を変え血清で若返った。新聞記者ショーン・オノデラとして暮らした。ネオ・ナピスの実態を暴き、潰すために記事も書いたが全て裏で消されたよ。エルドランド政府の圧力だろう。ナピスと結託し、利害が渦巻いていた」
「あのデモリスは?」
「私のクローンだ。体は機械でもその脳は私の分身。記憶も人格も思考も感情も全く私と変わらなかった。操るまでもなく、私そのものとなって動いてくれた」
「何故、僕を生かしたんです?」
「お前に救けられ、お前と触れあい、考えがまるで変わってしまった。成長した健気なお前を殺せるものかと。……それよりもお前を利用し、戦わせるのが最良だとな」
ケイは胸に手をあて覆す。
「利用だなんて。そうは感じなかった。あなたは僕に優しかった」
「お前の暴走で私の洗脳は解けたんだ。それからはお前を追ったが私の最終目的はナピスの殲滅だった。お前はよくやったよ」
「僕は彼女の改造を知り、怒りにまかせて暴れたんだ。たとえ僕が複製だとしても……人を好きになった。ジュリアを好きに」
ケイはジュリアの手を握り、言う。
「……造り変えられた彼女の悲しみは僕にしかわからない。だから僕は何があってもジュリアがいる限り、生きる」
フォレストンは頭を掻きむしり、悲痛な目でジュリアを見つめた。
「私はケイトを愛していた。リュウのことも。……ジュリア、君をケイの教育係にして正解だった。彼の心を育てた。ケイはきっと君を幸せにしてくれる」
「……博士。あなたは私を思いやってくださった。だからもう」と、歩み寄ろうとするジュリアをフォレストンは手で制した。
「終わりだよ。私の使命は果たした。お別れだ」
銃をこめかみにあてるフォレストン。
「すまなかったな、ジュリア。ケイ」
そして引き金を引いた――瞬間、ケイの剥き出しにした右のブラストハンドが彼の頭にめり込んだ弾丸を止めた。
吹き出た血が元の流れに戻される。まるで時が戻るように。
リブラストの光はフォレストンを包み込み、静かに傷口を塞ぎ、癒した。
破壊と対極の再生エネルギー。
ケイはその持てる力を瞬時に操った。
彼はフォレストンの肩を抱き、引き寄せた。
「だめだ。父さん、生きなきゃだめだ」
「……う、うぅ……ケイ」
「生きよう。一緒に」
END
二〇二〇年 一月十七日 ホーリン・ホーク