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生き抜くために今日も心は叫ぶ  作者: 七口 ロキ
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第6話 そして青年は感情術を使う

「全員揃いましたので本日の予定について報告します」


朝のひと騒動から時間が少し経ち、新入生達は広いグラウンドのような場所、演習場に集められた。

何でもこれからクラス分けに重要な感情術の発動レベルを計測するらしい。

適正感情である程度その人に合ったレベルにはなるとはいえ実際当人がそれを100%出し切れるかは本人の制御能力、つまり感情強度に依存する。

現に無感情適正術者(フィレスエマーター)になっても行使できる力の幅は個々人によって様々だ。


感情強度に至っては実際感情術を発動してみない事には分からない為、こうして実測する機会が設けられているらしい。


「感情術の使用についての説明します。感情術を使用する為には感情紋の起動が不可欠です。感情紋の起動は適正感情と同系統の感情を持った状態で『感情紋(エモトランス)起動(オン)』と唱えてください。慣れれば念じるだけでもいいです。起動に成功すれば後は感情の度合いによって出力に差はあるものの感情術の使用が可能になります。」


教師の説明が続く、感情術とは起動させた際の心の持ち方1つでその出力に大きな違いが出るものだ。

感情術者(エマーター)になった最初のうちは感情を起動させられたとしても出力不足に悩まされるなんて事はあるあるではある。


そういう場合はもう一度適正の感情をもって、感情紋(エモトランス)(トライ)起動(オン)と唱えればいいのだが…。

戦場でわざわざ敵の弾込めを見ているだけの奴は居ない、という事だ。


「高出力の感情紋(エモトランス)に適正のある方は測定の際、一番端の列に並んでください」


甲型の第二種以上の感情術を基本的、高出力の感情紋と呼ばれるのだが彼らの感情術は第三種と比べると桁が変わる。


例えば第三種の『苛立ち』を持つ感情術者と第二種『怒り』を持つ感情術者が同じ『苛立ち』の感情をもって感情術を起動させた場合、第三種の感情術より第二種の方が数倍〜十数倍出力が高い。これは感情紋の感情を力に変換させる能力に差があるからだ。


感情を車で言う燃料としたら感情紋は燃料を送るバルブでありエンジンだ。バルブが大きければ大きいほど1度の爆発力というものは高くなる。その分燃費に至って言えばお察しの通りな訳だが。


その為にも、高出力な感情紋を持つ感情術者達は感情術を安定して使う為に感情の維持が大切になる訳だ。感情の維持をさせることが出来ると出力不足になる、なんて言うことは無い。


俺の場合はその点は心配が無い、俺の感情紋は感情の固定をしてくれる便利機能がとりわけ高いと昨日ダニーから説明を受けている。簡単に言えば給油しながら走り続けられる車みたいなものだ。


「また、今年度から特例として特に高い感情術を発動できる生徒達を十数名を『特待生』としてクラスを設けますので皆さんも頑張ってください」


教師の概要説明が終わり生徒達の振り分けが始まる。振り分け方法は暗黙の了解で甲型、乙型、無感情適正術者の様に分かれる具合らしい。


今年度は無感情適正術者以外の適正感情が相当数発現した様で教師達が喜んでいる。

それにしても全体の三割五分と言ったところでやはり大半は無感情適正術者らしい。


俺はどこに並ぶかかんがえた結果、集団心理に従ってより多く並んでいる無感情適正術者たちの集まっている列に並ぶ。


「それではこれより計測を始めます。先頭の生徒から順番に始めますので待機中は私語は控えてください」


教師の声がかかり計測が始まった。しかし無感情適正術者の生徒の数は多く、今年度の入学者数が500人弱いた為ざっくり計算しても300人くらいはいる。

いくら計測出来る列が他に比べて多いと言っても待ち時間は長い。

俺は暇潰しに他の列、一番端の列を見ていた。


「う、うぉああお!!」


…タイセイに見える何かがでっかい巨木に飛ばされている。制御不足ではあるが出力は申し分ないと言った所か、10メートルくらいまで伸びた巨木は役目を終えたのかボロボロと崩れ無くなった。


今一度俺が並んでいる列を見る。


「『風刃』」


ザクッ


50メートル向こうにある大きな的にその半分くらいの斜め傷が付く。しかしタイセイのあれに比べるとなんとも迫力に欠けるというか物足りないというか。


「測定完了しました。感情強度C、なかなか高い数値です、おめでとうございます。」


「ありがとうございます」


一応今測った彼の数値は感情術者の中でも高数値だ。感情強度の平均値はE、感情術者になったばかりの俺達は感情術を起動させるのにも一苦労する為技を放てるだけ凄いというものだ。


因みに『風刃』と言うのは風属性の攻撃型初歩の技だ。別に技は唱えなくても発動出来ないことは無いが感情を保ったまま技のイメージをするのはなかなか至難の業だし、単純に唱えた方が威力が高くなりやすい。


「カサネ君、黒井カサネ君はこちらにいらっしゃいますか?」


「?はい。自分ですが」


計測している奴らを見学していると後ろから教師の声が聞こえた。


「貴方の事はダニエル先生から話を伺っています。計測列が違いますのでついてきてくだい」


そう言われたら頑としてここに留まる必要は無い、早く計測出来ると思えばむしろ好都合だ。

教師の指示に従いついて行くと一番端の高出力の感情紋を持った奴らが並んでいた列に到着する。

他の列に比べて教師達が多い。感情術の余波から他の生徒達を守る為の防御役だろう。


人数が少ないのか他の奴らは終わっているらしく、計測前なのはもう俺と前に並んでいる少女だけだ。


「次の方、名前と適正感情を言ってください」


「紅音トウカ、適正感情は甲型第一種『激怒』よ」


俺の前に並んでいた少女が計測担当の教師そう言うと他の教師達に緊張が走る。


「あれが噂の」


「あぁ、今年発現した第一種は異様に多いがそん中でもとびきり危険な『火』の第一種らしいぜ」


「今年のエースはあいつで決まりだろうな」


周りの囁きが聞こえてくる。でもそう言われても納得だ、甲型の中でも特に常識の範囲外なのが第一種を持つ奴らなのだ。普通なら数年に1人いるかどうかなのに今年は数名出たらしい。


「防御術式!全属性総展開!!」


「消し炭になるぞ!死ぬ気で張れ!」


防御系統の感情術を急いで張る教師達。色んな属性の防御術式が曼荼羅の様に広がっていく様は不謹慎ながら綺麗だと思った。


感情紋(エモトランス)起動(オン)っ!!」


少女が感情術を起動した瞬間、辺りに熱風が渦巻く。少女の放っている熱波が上昇気流となってつむじのようになっていた。


「消え去れっ!『業火』ぁっ!!」


少女の放った感情術が地面を舐めるように広がっていく。3000度を超えるであろう炎のうねりが的だけでなく教師達が張った防御術式を焼いた。

耐えきれず教師達の防御術式が硝子の様に割れていく。


「これが、第一種…」


誰かの呟きがやけに大きく聞こえた時には火は消え去り、半数以上が割れた防御術式と真っ黒になった地面だけが残されていた。


「測定完了、感情強度…A、凄い……」


「第一種で感情強度も化物かよ」


「こりゃ、ほんとにヤバい奴がきたな、今年は」


息も絶え絶えとなりながら教師達が苦笑いを零す。少女はそれを一瞥すると興味を失ったかのように踵を返してその場を後にした。



………………………………………………………………………………………………………………………………………




「いやー。やっぱり凄いねー第一種は、桁違いだ」


「?ダニー先生、と」


「や、ぼうや、今朝ぶりだね?」


そこで場に合わない軽い口調で近付いて来る声の主を見ると、ダニーとヘキだった。


「帰ったんじゃなかったのですか?」


「いや?『すぐに会えるよ』って言ったじゃないか、ちょっと別の用事があって抜けたけどぼうやの感情術を見る為にお姉ちゃん柄にもなく頑張ってしまったよ」


「…ダニー先生は?」


「僕は彼女の付き添い兼興味深い実験材りょ…カサネ君の応援にね」


今絶対に実験材料と言ったぞこいつ。


そうしているとヘキに気が付いた教師達が整列しだす。


「あぁ、構わないよ。楽にしていてくれ、今日は仕事できた訳では無い、ただの可愛い弟を応援しに来た姉位に思ってくれればいいよ」


「で、ですが…」


ちらちらと周りを見る教師。どうやら周りの目、主に生徒だが、多くの目がある所で1人だけ特別扱いするのは風評的に大丈夫なのか、と問いたいらしい。


「んー、本当に気にしなくてもいいんだけどなぁ…、そうだ、ならば私にも君たちの手伝いをさせて貰えないかい?彼の測定時の防御役は私がやろう」


「閣下自らですか!?」


「あぁ。構わないだろ?」


「…はい。了解しました。」


そう答えた教師が代表して他の教師達にも指示を出す。どうやら防御役を全員下がらせるようだ。代わりにヘキが彼らが居た場所まで歩いていく。


「おい、あいつ今朝も国母閣下と話してたよな」


「なんかお姉ちゃんとか呼んでましたよ?」


「うそだろ、姉弟なのか!?羨まし!」


「そうは見えないけど…でもそうならあの子は軍の出世コースかーいいなー」


「あの列に並んでるんだから相当強い適正感情なのかな?」


「神は二物を与えず、って言うくせに与える奴にはとことん与えるよなー」


後ろから囁き声が聞こえてくる。変な誤解をされている気がするけどいちいち直していたらキリがない、俺は無視を決め込んだ。


「で、では、次の方、名前と適正属性を言ってください」


計測担当の教師が緊張した面持ちでおずおずと聞いてくる。俺は別にヘキと実の姉弟という訳じゃないのだが…やぶ蛇か。


「黒井カサネです。適正感情は『無感情』です」


俺が応えた瞬間、後が大袈裟なほどざわついた。


「ぶっは!寄りにもよって無表情者(ノーフェイサー)かよ!完全に七光りじゃねぇかっ!!」


「しっ!声が大きいですよ!」


「計測場所間違えてるんじゃないか?」


「でも先生が連れてきたみたいでしたし間違えてはいないようよ?」


「それにしたって『激怒』の後に『無感情』じゃ、お粗末過ぎる」


まぁ予想できた反応だからなんとも思わない。むしろあの反応こそ正しいとさえ言える為何も言い返せない所がある。


「あ、は、はい。では、これより計測を始めますので防御術式の準備をお願いします」


「はーい」


彼女が手をあげると1人で発動させたのかと疑う程の防御術式が展開される、規則的に張られた防御術式はさながら外敵を一切逃がすことの無い檻のようだ。


「ちょっと意地悪しちゃおー」


そう言いながら彼女は指先を的の方に向ける。そうすると的に螺旋状の防御術式が浮かび上がった。


「あの、ヘキお姉ちゃん?これでは的に何も出来ないのですが、」


「ぼうやの初舞台を飾ってみようと思ってね、本気でおいで?」


飾るも何も破壊出来なかったら赤っ恥なのだが…。初めての感情術が不発で終わるかもしれないのにどんどんハードルだけは上がっていく。


「ぼ、防御術式の準備が整いましたので、始めてください」


仕方がない、ここまで来たらやれるだけやって当たって砕けてみよう、そう思い俺は気持ちを切り替える。


「はい…『感情紋、起動』」


瞬間、頭に浮かんでいた無駄な思考の一切が切り取られていき、感情紋から必要な情報が流れ込んでくる。

無感情と言うが、感情がないだけで思考自体はしっかり出来るらしい。


状況を整理する。感情術を使用する為には



術式の『選択、起動』

干渉空間、対象の『把握』

物理干渉する為の空間と感情の『接続』

感情力場の『注入』

干渉空間、対象への術式の『構築』

そして最後に術式の『発動』


以上の順番で行う必要がある。


俺の適正感情の初歩的な攻撃型の術式を発動させるためには『把握』の内容として『力場の発生点』『出力』『干渉範囲』『干渉対象』をそれぞれ選ぶ必要があるらしい。


要は初歩の術式では力場の発生点を中心にして指定した空間内に内側に行く力をかける、というものだろう。

これの面白い所は干渉対象を選択させることによって指定した空間内の一部のものだけにのみ力をかける事が出来るという事と、干渉対象は随時変更可能という事だ。


試しに掌に最小で発生させてみた。色は無色だが若干空間が歪んで見える。

同時に複数個の力場の発生が出来るようだが、出力、効果範囲、効果対象によって発生させられる数は変動するようだ。


(まぁ最大(・・)威力(・・)を知っておく必要はあるよな)


的には相変わらず螺旋状の防御術式が展開されている。もちろんではあるが防御術式の内側は干渉できる空間として選択できない。


俺は足元に落ちていた指先で摘める程度の小石を拾う。


「なんだよあいつ、まさか石でも飛ばそうってのか?」


馬鹿にしたような声音が響くが、まさにその通りだ。

俺は的との中間辺りから自分の手元までに複数個の力場を発生点させる。

力場は俺から離れていくにつれて大きくなっていき最後の力場は最大出力で発生させた。干渉対象は手元の石だ。


「『崩弩(ほうど)』」


俺はそう唱えると石から手を離す。石はゆっくりとした速度から順に早くなりつつ最大出力の力場、『事象(シュバルツ)地平(シルト)面』へ落下を始める。


「あんな速度で防御術式を抜ける訳ないだろ!」


「いや、それはさすがにマズい」


嘲笑う生徒達とは対象的にヘキはそう言うと両手を広げ何かの術式を唱えた。

唱え終わると的の後方に数万枚はくだらないほどの防御術式が展開される。それだけには留まらず防御術式は俺の周りや他の生徒、俺の術式と的をドーム状に張られる。


石が加速しながら事象(シュバルツ)地平(シルト)面に侵入した。


直後、空間が弾け飛んだと思うほどの轟音と暴風、閃光が辺りを覆う。


「「「「ーーーーーー!!!!!!」」」」


轟音が生徒達の悲鳴をかき消していき、ビリビリとした振動が全身を叩きつける。











衝撃が収まると、目の前には放射状に出来たクレーターと数枚にまで数を減らした防御術式が頼りげなくボロボロと崩れていく姿だけが見えた。

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