第5話 そして青年は説明を受ける
「まず初めにカサネ君、君は無感情適正術者についてどの程度理解している?」
ダニーは面と向かってそんな質問をかけてきた。
無感情適正術者、感情術において最もポピュラーな適正感情、世界中の感情術者の約八割がこれに該当され、使用出来る属性が『風』、一般的には出力も強度もそこまで高くなく、甲型や乙型の感情術者達から見下されている存在。その待遇から、軍に残り続けていたもしても基本的雑務や一般企業への応援と言った形で幾度と無く左遷される。
そんな一般常識を今更聞いた所で何になるのだろうとは思っていたがとりあえず俺はダニーに知っている事を説明した。
「……えっと、俺が知っているのはこんな所、でしょうか?」
「うん、よく勉強して来ているね。確かに、感情術において、無感情適正術者達は甲型や乙型の感情術者たちから無表情者とか1人では何も出来ない弱者という意味を込めて部品と呼ばれ蔑まれている」
ダニーは頷きながら語り始めた。こうしているとまるで授業をしているようで目の前にいるダニーも教員のように見えなくもないのに、先程の奇行のせいで残念おっさんのレッテルは剥がれない。
「確かに、無感情適正術者の人達は無感情という不安定な感情を維持する事は難しく、感情術に至っても中途半端な出力を出す事が大半だ。しかし、彼らには実は物凄い力が隠されている事を知っているかい?」
「すごい力?」
「あぁ。彼ら無感情適正術者達、実は全員適正属性は『風』を発生させる力では無いんだ。彼らの感情術の本質は『指定した空間から外側へ拡散する力場の発生』。君の属性と、なにか共通点はないかい?」
ダニーは眼鏡の奥の眼光をキラリとさせながらしたり顔で俺へ回答を促す。
重力の性質は指定した空間、物体に任意の引力を形成し、加圧、圧壊、圧縮させるというもの。
空間に外側の力、つまり斥力を形成させ外側へ拡散させる他の無感情適正術者の力は俺の感情術とほぼ真逆だ。
「属性『重力』の性質の反対、いや指定できるものに物体が含まれていないため反対の一部か……なるほど、ですから無感情適正術者は感情術として不発している訳ですか」
「素晴らしい、さすがは入学試験を首席で通過した事だけはあるね。カサネ君の言っている通り、彼らの感情術は感情術として『不発』している。何故ならば無感情であるために必要なのは『何事にも関心を持たず持ちうる興味を個の外側にある他人事と認識する他の拒絶』と『自身の価値観を押し殺しひたすら律する自己の否定、制御』だからだ。どちらとも実行するにはかなり大変でね」
ダニーは今まで無感情適正術者達の強化の為にしてきた研究、というか人体実験の数々を話出した。今のご時世人権だの何だのと騒ぎ出すのは一部の上流階級である。
それにしてもヤク漬け廃人はどうかと思うが……。
結局、ダニーの見解曰く、どれだけドーピングを加えても俺の感情紋の機能に劣るらしく、感情術の出力においても『重力』と呼べるだけの強度には至らない為、俺のタイプはレアケースだと興奮していた。
変態おっさんの話を聞いていると帰れそうにないと思った俺は、ある程度の落ち着きを取り戻したおっさんの話を区切り、感情術を使う上での諸注意等を聞いて、その場を後にしようと椅子から立ち上がり部屋から出ようと足を運んだ。
去り際にダニーから包帯を投げ付けられる。何でも感情術バレを防ぐカモフラージュ対策が整うまでの応急処置として巻いておけとの事らしい。つまり、俺の感情術は他にはバラすなということか。
他にもクラス分けがどーだの実技演習がどーだのと話していたが詰め込みで教えて貰っても分からなくなると考えた俺は、渡された包帯を左手に巻きながら、今度こそ、その場を後にした。
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とてつもなく長い時間拘束されやっとの事で俺は学校から出てこれた。
空を見ると既に夕焼けが辺りを照らしており一日の終わりを告げるように烏が鳴きながら寝床へ帰っていく。
今日の俺は人生でも特に大きな転換点を迎えた訳だが、世界は何のことは無い、普段と同じ日常が広がっていた。
「…さて、帰るか」
「おーい!カサネー!」
帰路につこうと足を運びかけた直後、学校の玄関から聞き慣れた声が聞こえる。後ろを振り向くと幼なじみのタイセイ達が走って来ていた。
「なんだよ、帰ってくれても良かったのにわざわざ待っていてくれたのか?」
「そりゃ記念すべき入学式に1人だけ教師に呼び出しくらってる親友を待たずに帰るのは後味悪いからな!」
タイセイの強面の顔が人懐っこい笑顔で答える。なんと言うか、でかい犬が背後に見えた気がした。
「タイセイ君〜!足速いですよ〜!」
ワンテンポ遅れてハルも走ってきた。タイセイはハルの方へ悪い悪いとばかりに苦笑いしている。
ハルの息が整うのを待って俺達はいつも通り帰路につくことにした。
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帰路につくと言っても今日は2人とも、いや、俺も含めて全員が浮き足立っている。それはそうだ。今日はなんと言っても自身の適正感情が分かった日だ。
お互い気を使ってなのか中々その話題に触れようとせず別の話題を話しながらアイコンタクトのようなものを送り続けている。
仕方なく俺が先んじて話題を振る事にした。
「んで?今日お前らも感情術の適性検査をしたんだよな?どうだった?」
「ど、どうって言われてもよ、こういうのって2人の適正感情によっては言い難いっていうかなんつーか」
「自分だけ違うとか考えると中々不安になりますよねぇ…」
「…違う可能性を考えている時点で2人は無感情適正術者以外の適正感情だったと言うことだが?」
図星をつかれたのか2人の肩がびくりと動く。何故か申し訳なさそうにしているのだが申し訳なく思われる必要はこれといってない。
「…実は、甲型の二種の適正が出たんだ。発現キーは『喜び』。…七種四佐の上位感情だったよ」
「甲型二種の喜び、という事は属性は『木』か。中々のレアなのに当たったな、これで晴れて第一甲型連隊に内定ほぼ確実だなおめでとう、主計の方に回される可能性もあるかもだがそうなればタイセイは農夫だな」
「農夫ってお前、…まぁ恵まれた適正感情になれたんだ、精々頑張るぜ…」
『木』の属性は基本的植物の成長を早めたり生えている植物を思うように形状変化させる感情術だ。タイセイの『喜び』、二種までいくと種から巨木を作ったり木を槍状に伸ばしたりと緑豊かな場所では中々の無双っぷりを発揮する。
恐らく今後タカミチにたっぷりシゴかれる未来が確定している親友に、俺は心の中で敬礼をした。タイセイもそれを虫の知らせのように理解しているのか肩を落とす。
「ハルはどうだったんだ?甲型か?」
「私は乙型のトリオの結果が出ました、『予期』『恐怖』『驚き』の合成感情『緊張』らしいです。『雷』『氷』『土』の属性と特殊属性として『慈』の適正があるかもと検査に立ち会った人が喜んでましたよ」
「これはまた、レアな適正感情だったな。にしても『慈』か、ハルは医療方面で進みそうだ」
『慈』は乙型の中でも中々発現しない属性だ。この国にも1000人はいないと言われるほどで欠損部位の修復等も出来る医療関係からすれば正しく神の御業のような感情術が使える属性。
まさか2人とも無感情適正術者ではなかったので俺は心底驚いた。
「そういいながらカサネはどうだったんだよ?あんなけ拘束されれてたんだ。無感情適正術者じゃないんだろ?」
「いや?俺は無感情適正術者だったぞ?」
「え!本当ですか!?」
「その反応は最もだが、まぁ最後まで聞けって」
俺はダニーからきいた説明を2人に簡単に説明した。もちろん、話していいラインはちゃんと守っている。
「なるほど、要は他の無感情適正術者の奴らよりも高出力で感情術を発動できるって訳か」
「あぁ。まぁざっくり言うと乙型みたいな特殊属性が無いだけ甲型寄りって感じになるな」
嘘である。ガッツリ特殊属性だけがある感情術である。
そんな事を内心で留めつ説明したら2人は納得してくれたようだった。
「でも今まで事例が全然無いだけとても特殊ですよね!感情の発現、維持とかがとても楽になるのは正直羨ましいです!」
「でもハルの適正感情、正しくハルらしさが出ていたぞ?」
「ほんとほんと!正に天職みたいな感情だったな!常になんかに緊張してるハルにはピッタリだぜ」
そういいながら俺達はクラスは別々なるから寂しくなるだのそれでもどっかで関わる事もあるから大丈夫だのと会話を弾ませながら家へ帰宅した。
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翌日、俺達が登校すると校門の前に人だかりができている。
「ん?クラス分けの掲示は今日の午後なんじゃなかったか?」
「確かに昨日式の後の事務連絡でそう言ってましたね、何かあったのでしょうか?」
俺の疑問にハルが答える。まぁ人だかりが出来てる所に俺達も向かっている訳だから自ずと原因は分かるだろう。
人だかりの最後尾から奥を覗くと遠くに黒地の軍服に羽織を着た妙齢に見える女性が校長と楽しそうに談話している姿が見える。背はそこまで高くなく体の凹凸も少ない。色素のうすい金髪を編み込み前に垂らした髪型に色白の肌、緑色の瞳をした女性は、その羽織の背中の中央に大きく『守』と書いてあった。
「あれは…」
「ありゃ國守の国母ヘキ師団長じゃないか?」
國守、感情術者の中でも最高峰の力を持つ者のみが到れる頂上。現状世界中にも20人は居ないと言われる感情術者達の憧れの存在。
そんな存在が学校に来ているとなればこの様な状況になるのは自ずと頷けた。
人だかりは校門から中へ入ることは無くただ行く末を見守っている状態の為、俺達も必然的に中には入れない。
仕方なく人だかりと一緒に見ているとどうやら話が終わった様で国母が校門の方に歩いてきた。
それに気が付いてか人だかりは慌てたように彼女が通る中央を開け両脇に分かれ整列をする。
憧れの存在である彼女は、同時に軍においても『三等術将』という高い階級を持った上官だ。
そんな彼女に敬意を示さないのはいくら学生と言えどありえない。
緊張した様子の生徒達の列の間を彼女がにこやかな顔で通り過ぎる最中、その中に並んでいた俺と目が合った。俺は目礼をすると彼女はにこやかな顔をしてこちらに近付いてくる。
「おや?誰かと思ったらタカミチの所のぼうやじゃないか」
「はい。お久しぶりです、国母閣下」
「閣下だなんて…そんな畏まらなくてもいいよ?小さい頃は私と一緒にお風呂にも入った仲じゃないか、昔みたいに『ヘキお姉ちゃん』と呼んでごらん?」
そういいながら彼女はくつくつと笑う。この人は当時まだ小さかった俺の世話をしてくれた恩師の1人で、タカミチの幼馴染の姉貴分だ。
当時乙型連隊の隊長だった彼女は、仕事をちょくちょく抜け出して俺の面倒を見てくれた。
初等学校を卒業する前に今の階級への昇進が決まり中央務めとなった為会うのは実に4年半ぶりだ。
因みに余談だが、若々しく見える見た目で、20代前半と言われても信じてしまう程ではあるが本人自体はあのタカミチよりも年う
「『何か』失礼な事を考えていないかい?ぼうや?」
「い、いえ。そのような事は決して、…それよりも、何故閣下がこの様な所に?」
「…」
「国母閣下?」
「…」
「…ヘキお姉ちゃ」
「なんだい?」
満面の笑みで彼女、ヘキお姉ちゃんは答える。大衆の前で思春期真っ盛りの男子に遠慮がないというか、横暴というか…。
考えていてもしょうがない。俺はかぶりを振って本題に戻った。
「この様な場所になんの用ですか?御公務の方が暇とは思えませんが」
「いや何、今年の新入生は色々(・・)と当たりが多い様でね、手垢が付く前に情報を、ね」
そう答えながら笑みを深める。さっきまでの笑顔とは違って少し不気味な印象を受けたが、軍の上の方々は上の方々での競走みたいなものがあるのだろう。気にしない気にしない。
そう自分に言い聞かせているとヘキお姉ちゃんは手首に付けた腕時計を確認した。
「っと、次が控えてるんだった、そろそろ行くよ。今日は初の感情術の発動演習だったね、頑張りたまえ。また時間でも作ろう、そこでゆっくりと話そうじゃないか」
「お忙しい身でしょう。次はいつで会えるかも分からないのですしあまり無理はなさらぬように」
「いんや?恐らくまたすぐにでも会えるよ。一段落したらまたお姉ちゃんとお風呂にでも入るかい?ぼーや?」
くすりと舌なめずりすると軽い足取りで校門を出ていく。相変わらず台風の様な方だ。というか俺はいつまで『ぼうや』扱いなのだろう…。既に今年で16になるのだが…。
周りの視線が痛い。それはそうだ、何処ともしれない新入生が国の重鎮と親しげに話している所など見掛けてもいい気はしない。俺はわらわらと解散していく人混みに紛れて足早に校舎にはいった。