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生き抜くために今日も心は叫ぶ  作者: 七口 ロキ
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第3話〜そして青年は学び舎に入る〜

家を出てしばらく、外は朝早い事もあり、随分と寒い。空気が冷え切っているせいで吐き出す息は白くなる。

俺は今、全身黒の式典用の軍服のように見える制服を着ているのだが、ほかの防寒着などは校則で禁止されているため、身につけていない。内側に来ているのは学年をを見分けやすくするための赤色のシャツと、肌着くらいだ。つまり何を言いたいかと言うと、めちゃくちゃ寒い。


そんなこんなで寒風摩擦しながら歩いていると通学路の途中で見知った顔を2人見かける。

1人は俺よりも拳1つ分くらい高い体のラインががっちりとした美丈夫。目尻は多少つり上がっており、短めに切られたサイドに、後ろにがっちりと押し上げられた茶髪姿は見る人が見ると威圧的で怖いと思われるかもしれない。


もう1人はそんなタイプとは全くの真逆で、背丈も小柄、髪は黒、前は目元ギリギリ、後ろは腰あたりまで下ろした単純ストレート、気弱そうなタレ目に丸メガネといった見た目ではあるが、しっかりと見てみると儚げな可憐さがあり、なかなかの美人だ。


2人とも俺と同じ全身黒の式典用軍服の男官吏用、女官吏用にそれぞれ身を包み、談笑している。

こちらが近づくとあちらの2人も気が付いたようで俺に声をかけてきた。


「よおカサネ!」


「おはようございます、カサネくん」


「おはよう、タイセイ、ハル」


男の方の名前は荒木(あらき)タイセイ、女の方は弓弦(ゆづる)ハル、2人とも俺の幼年学校時代からの幼なじみだ。


タイセイはニカッと笑うと俺の隣まで近付いてくる。後を追ってハルも近付いてきたがこちらはタイセイとは逆側、丁度俺を挟むような形で並んできた。

微笑む姿は可愛らしい。男ならば微笑み掛けられただけで勘違いしてしまいそうになるほどの威力を秘めているこの仕草は、俺とタイセイが幼なじみ以外には控えてもらいたいとお願いしたまでのレベルであった。


「2人とも早かったな」


「いや何、俺らもちょうど着いたところよ、ハルとたまたまタイミングが重なってな、ちょっと挨拶してたらカサネが来たって感じだ」


「ほんとに1、2分も話さない内にカサネくんが来たんですよ?集合時間より早いのに全員しっかり集まれるなんてなんか凄いですよね」


「流石幼なじみって感じだな、んじゃ、集まったし行くか」


俺は2人に呼びかけると2人も俺の隣に並ぶように付いてくる。道中談笑をしながら登校するのは幼年学校の頃からのお馴染みの光景だ。基本的にはタイセイが俺に話を降って俺がそれに返答を返す。それにハルが頷いたり、補足したり等の反応を示す、みたいなものだが、俺達にはそれがとてつもなく楽しい。


「ほんとに俺達全員揃って入学出来るなんてなぁ」


「ハルは運動能力、タイセイは法規と戦術知識でギリギリ評定貰ってたからな、よく大丈夫だったな」


「みんながみんなカサネくんみたいに上手くは出来ませんよ。静二佐と部下の七種四佐、凩一尉その他の多くの先輩方に徹底的指導が無かったら合格なんて出来ませんでした」


「全くだぜ、国防に重要なのは敵が現れたらそいつらを蹴散らす、ってだけかと思ってたのによ、色々とめんどくせーもんがあってこりゃダメかなと思っちまった。色々な意味で」


タイセイは頭の後ろで手を組んで斜め上を見るような姿勢を取る。『あははー』と聞こえてきそうな雰囲気とあらぬ方向を見ているという事は俺の知らぬ所で随分と厳しい御指導があったらしい。


タイセイは運動能力という面では俺よりも高い。がっしりとした体型を上手く使った力は脚力、腕力、体幹、全てにおいても高い練度で完成されている。

しかし、タイセイは多少戦闘馬鹿な面があるのか普通の学問に関しては全く問題はないのにも関わらず、戦闘に関する戦術知識、法規に対しては猿もビックリするくらいの脳筋っぷりを見せていた。


一方ハルは学問に関しては全く問題ない水準の知識を有していたのだが、運動能力に関しては難があった。こちらは完全に文系と言った感じで、指揮官としては有能になり得るのかもしれないが一兵卒としては多少不安が残る。


その為、この2人にも俺と同じように『特別教育』があった訳だが、お互いがお互い苦手な分野が違った為、教育自体は個々で行っていた。


「まぁ無事に入学出来たんだ。これからもこの3人で居られることに感謝して、そしてお互い支え合える仲間であって行こうな」


「おう!」


「はい!と言ってもクラスは別々になるかもしれないですけどね」


「確かに、適正感情の結果によってはクラスはバラバラになるかもしれないな」


感情術(エモート)にはそれぞれ適正の感情がある。適正と言うのはまさに言葉の通りでその個人には固定された感情のスイッチのようなものがあるのだ。

例えば感情には、喜び、信頼、恐れ、驚き、悲しみ、嫌悪、怒り、期待というヒトが感じる最も強い8つの感情がある。

これを甲型感情と言われるのだが、全ての感情にはそれぞれ強弱があり、例えば怒りで言えば1番弱い段階から苛立ち、怒り、激怒の様に3段階に分ける事が出来る。区別がしやすいようにそれぞれ下から第三種、第二種、第一種と呼ばれている。

これに加えて、恐れ、驚きを合わせた感情『畏怖』の様に2つ以上の感情を合わせた複合感情と言ったものもある。これは乙型感情と言われるもので組み合わせは多岐にわたる。

重なっている感情の数によってそれぞれ二重(デュオ)三重(トリオ)四重(カルテット)五重(クインテット)六重(セクステット)七重(セプテット)八重(オクテット)と呼ばれる。

そして最後に無感情、これは感情術であって感情術でないと言われている感情だ。最近の研究によって無感情とは感情の不発である、と言った発表がなされているが、実際の所はよく分かっていない。


自分にあった適正感情と言うのは基本的1つでそれ以外の感情では同じ方向の感情でなければ感情術は発動しない。例えば『怒り』を適正感情に持っている人間は『苛立ち』等でも感情術は発動するが、『喜び』『恐れ』と言った感情では発動しない。

これがクラスが別々になる最大の理由だ。国軍所属の学校は入学した時点で一兵卒。有事の際には戦場に出る可能性を秘めている為、常に感情術を理解、十全に使用出来なければならない。

その結果、同じ様な適正感情を持っている者達を一纏めにしてその力にあった教育を施す、という方法が一般的であり、必然的に適正が別々になればクラスもバラバラなるという訳だ。


「んでも、無感情適正術者(フィレスエマーター)になる確率ってめちゃくちゃ高いんだろ?」


「あぁ。現状では無感情適正術者の割合は全体の8割程度、低めに見積ってもこの3人のうち2人は無感情適正術者という事になるな」


「1人だけ甲型とか乙型になるって言うのも仲間はずれ感があって反応にも困っちゃいますね」


「確かにな、んでも、仮にみんな無感情適正術者以外になったとしても同じ方向性の感情じゃない限りクラスはバラバラって事になるんだろ?」


「甲型はほぼ確実にバラバラになるだろうな、乙型に関しては適正感情や行使できる力に不確定な所が多いから教員が足りてないらしい、乙型とかならもしかしたらと言う可能性は無くはないぞ?まぁ、今言った所で適正感情を見つけるのは俺らじゃないしどうしようもないんだけどな」


そんな話をしている内に周りに同じようにピカピカで使用感のない制服に身を包んだ生徒がチラホラと目に入る。前の方を見ると背の高い時計塔と校舎のようなものが見えた。


「見えてきましたね。入学試験の時にはそれどころではなかったのですが、今しっかり見るととても大きな校舎ですね」


「ああ。俺も今になって緊張してきたぜ…」


周りを歩いている同じ制服を来ている同級生達も校舎を見て皆息を飲んだりしている。俺自身も今一度見て気を引き締め、校門をくぐった。



............................................................................................................



『ええー。続きまして、祝電披露。えー。本年も御来賓の方々だけでなく、えー多くの方々より、えー祝電を頂いております。えー、今回はその一部を紹介させて頂きます。東部合衆国極西州、国軍作戦参謀…………。』


入学手続き等の準備を終えた俺たち3人は何とかギリギリ入学式に間に合った。

今はこれと言ってやる事は無いため、校長の長ったらしい話を所々頷きながら聞いてるアピールしたり、進行役の先生の「えー。」の数を数えながら眠気と戦っている。


校長の長は学校で最も長い話をするの長なのかと無駄な思考の海にダイブしてしまう程の在り来りすぎる決まったような祝辞の数々、育ち盛りの俺らからしたら睡魔戦線は死活問題なのだ、程度を考えてもらわねば困る。

現に意識指数の低い新入生の若干名は別の海の方に船を漕いでいた、隣の脳筋ももちろん含まれていて、俺は先生や周りの生徒にバレないように踵でタイセイの足の甲を踏みつけて起こす。


『えー。その他多くの祝電を頂いておりますが、えー。他の祝電に関しては、本館入口の掲示板に貼らせて頂きますので、えー。そちらで御確認下さいますよう、お願い致します。えー。それでは続きまして、国軍祝辞、代表、国境防衛西部軍第4師団第1甲型警備連隊隊長、静タカミチ二等術佐様より、祝辞を賜ります』


そんなタイミングで聞いた事のある名前の人物が呼ばれる。ステージ中央の台を見るとタカミチが起立していた。タカミチが前を向き直るとそのタイミング全校生徒、その他教員が起立し、敬礼をする。タカミチはそれに答礼を行い、直ぐに休めの姿勢を取った。

普段は変態だのサボり魔だの言われているタカミチだが、あれでも立派な将校、しかも折り返し地点に居るほどの上級士官だ。タカミチが保護者として入学式に参加出来なかったのはまさしく、国軍幹部としてこの式に参加しなければならなかったからに他ならない。


『楽にして頂いて構わない。新入生の諸君、入学おめでとう、そして、国軍にようこそ』


タカミチが祝辞を述べていく。まぁ、朝に言われたように、一兵卒としての自覚が何某やら、己を磨けみたいな事を話している。

俺は今朝聞いた話と合わせながらタカミチの祝辞を反芻した。国軍の一員となったからには低い意識でいてはならない。当たり前のことだ。意識の低さは士気の低さに直結する。俺達新入生が正式に国軍に入る時、士気の低さで先輩方に命の危険を晒すなんてことも有り得る。そんな人間が軍に入れば迷惑も甚だしいということなのだろう。


『…最後に、これから適正感情を測定する諸君にアドバイスだ。適正感情は今後君たちを守る感情術を使用する為の鍵になる。選ばれた感情としっかり向き合え。例え無感情適正であっても、使い方で甲型や乙型を超える。甲型、乙型に選ばれたとしても慢心せず、己を磨け、諸君らが3年後、立派な感情術者として、この学校を卒業出来ることを祈る、以上で祝辞とさせて頂く。』


そう言ってタカミチは祝辞を終え、ステージから降りていった。

身を摘まされる思いになっている新入生も多く、息を呑む音が聞こえてきそうな程だ。

その後、答辞や校歌斉唱等を行い、入学式は厳かにその幕を閉じた。




............................................................................................................



『えー。ではこれより、新入生には各メディカルチェックを行ってもらい、順番に適正感情測定を行ってもらいます。えー。円滑に進めていきたいので、各教員の指示に従って行動してください』


進行役の先生の説明が終わる、因みに今回の式で「えー。」を言った回数は174回だ。めちゃくちゃ言ってるな。そんな事を思っていると小走りで1人の教員が俺達3人の元に来る。


「おはようございます、君達3人は外部入学生という事でメディカルチェックも時間がかかります、他の外部入学生の子達と一緒に行動してもらうからこちらに来てください」


「はい、分かりました」


俺が代表して返事すると教員は頷き、自分の後についてくるように促す。俺達は適正感情測定に気を引き締め、心を踊らせながら教員の後をついて行った。









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