第2話〜そして青年は出発する〜
ピピピピ!!ピピピピ!!ピピピピ!!
「……(またあの夢か…)」
季節は4月初頭、日も登ってないからか、まだ布団の外は肌寒い。俺は自ら温めた布団に名残惜しさを感じつつもなんとか押さえ込み、腰を起こす。
「(ココ最近特にあの夢をよく見るな。)」
それはとても昔の記憶、実際にあったのか、変に記憶が捏造されているのか分からないが、俺、『黒井カサネ』は10年前、とてつもなく大きな水辺、爆心ヶ浦の畔で発見され、保護された。
保護してくれた人達の話を聞く限り、俺は難民出の子供らしく、その難民グループが他国からの襲撃を受けている間にはぐれ、たまたま俺だけが生き残ったらしい。
その難民グループは元々数百人規模の集団だったらしいが、所詮は非戦闘員達の集まり、襲撃を受ければ、全滅は必至だった。俺の両親もそこで死んだのでは、と言われたが、俺はそうは思えなかった。
そもそも俺はなぜいきなりあんな水辺に居たのだろうか?
俺が微かに覚えている記憶は両手を繋いだ両親の後ろ姿、夕焼け、街中、突如空を真昼にした太陽。
決して水辺とは似ても似つかない場所に、俺はいたはずだ。
その事を当時の俺は必死に説明したが、子供の戯言だと大人達はまともには聞いてはくれなかった。
最初は俺も小さい頃の記憶だったから色々混乱していたのだろう、と考えていたが、心の奥の方に、引っかかるものを感じていたのだ。
それからしばらくして、やはり気になる引っ掛かりの原因を突き止めるべく、俺が発見された場所一帯について調べることにした。
そして、答えは案外すんなりと見つかってしまった。
爆心ヶ浦、あそこは昔、第3次世界大戦の引き金となった感情兵器、という物が投下された地だったらしい。あの地にはかつて発展した街が広がっており文明が栄えていたようだった。
しかし、1発の感情兵器によって、その文明と街は全て塵となった。
死者170万人。歴史上類を見ないほどの大被害を被ったらしい。
そんな文献を見つけた俺はあの時、空に現れた太陽のような光は感情兵器、というもので俺はそれに巻き込まれたんじゃないか、と考えた。
しかし、そう考えるにはあまりにも無理がある事があった。
そもそも世界大戦が開戦したのは前文明の時代の話で、あの地に感情兵器が投下されたのは西暦2021年、それから停戦、歴が西暦から統合歴、統歴に変わるまで26年間、俺が発見され、保護された年が統歴74年。
実に100年も前の出来事なのである。
流石に土台無理な話だろうと思ったが、そのまま流すには一考する事を見つけていた。
被爆死者名簿という当時の文献の中に俺と同姓同名の者を見つけたのだ。
しかもご丁寧に俺が保護された年齢とだいたい一緒で両親の名前も隣に記載があった。
そんなことを見つけた俺は、発見された時の状況も踏まえ、ひとつの考えにたどり着いた。
時間跳躍、タイムトラベルとも呼ばれるこの現象は旧文明においても数々のフィクション作品に登場していて、通常の時間の流れから切り離され、過去、未来に飛ぶ超常現象のひとつだ。
旧文明ではもちろん、現在においてもその原理は確立されてはおらず、実際にできる現象なのか今でも論争がなされている。
そんな超常的な現象に巻き込まれたのならば、俺の抱えている謎も全て解決、なのだが、
「まぁ、ないよなぁー……」
着替えを終え、バックを片手に準備が完了した俺は変にダイブしていた思考を打ち捨て、自分の部屋を後にした。
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リビングに行くと、1人の壮年の男性が椅子に腰掛け、コーヒーカップ片手に机に置かれている紙束に目を通しながら寛いでいた。
「おはよう」
「!おぉ、おはようカサネ。昨晩は眠れたか?」
俺を見るなりしたり顔のこの男性の名前は『静タカミチ』。俺が小さい頃保護してくれた部隊の中隊長だった人だ。身寄りのなかった俺を後見人として養子に迎えてくれ、現在になっても面倒を見てくれている。
「俺ももう今年で16歳になる、入学式だからってはしゃいで眠れないなんて事にはならねぇよ」
「とか言って昔は事ある事に熱出してたじゃねぇか」
「どれだけ昔のこと掘り出してんだよっ!」
ニマニマと音が聞こえてきそうな顔でからかってくるタカミチ。
「はぁー。昔はこんなに小さかったのに、今ではこんなにでかくなって」
「そりゃ10年以上経てば姿形くらい変わるだろ」
俺は話を流しつつ朝食のパンをトースターに突っ込み、コーヒーカップをコーヒーメーカーにセットした。
冷蔵庫を開くと、中にある卵とベーコンを確認する。
「タカミチは朝食は食べた?」
「あぁ。朝食はまだだったな。早めに目を通さないといけないのがあったから読んでたらこんな時間だ」
「重役さまは資料が朝飯らしいな」
「生憎と、紙と言葉で飯食ってはいるが、紙は食べられんよ」
皮肉に皮肉で返してくるタカミチを振り返りもせず、俺は二人分の卵とベーコンを取り出した。
熱したフライパンに適量の油を入れ調理を始める。と言っても簡素なものしか作らない。ベーコンは焼くだけだし、卵も溶いて塩コショウ、牛乳を少量入れスクランブルエッグにするだけだ。
完成したものを二人分の皿に盛り付け、レタス等の葉物とトマトを簡単に切って添えれば朝食の完成だ。
皿をタカミチが座っている場所まで持っていき、声をかける。
「おまちどーさま」
「おう。ありがとよ」
タカミチは目を通していた資料を横に置くと俺の手から皿を受け取った。
タイミングよくパンも焼けたのでタカミチの分と俺の分でわけ、一緒にバターも準備する。
「いただきます」
「どーぞ」
俺も出来た朝御飯をテーブルに並べ座り、食べ始めた。
「ん。美味い」
「特に込んだものでもないから失敗なんかしねぇよ」
「いやぁ、俺はそーゆーのは全く出来なくてだな、カサネが手先が器用で良かったよ」
タカミチは苦笑いを浮かべる。料理なんて誰でも出来ると豪語していたが数ある失敗の中で己に才能がないと悟り、俺にその座を譲ったのはまだ俺が7歳くらいの時だったか。
「貴重な食料をふんだんに使って炭かヘドロを錬成出来る方が手先が器用なんじゃないのか?」
「それは手先が器用じゃなくて有用資源の無駄遣いって言うんだぜ」
「俺はタカミチの事を言ったんだがな」
「はっはっはー。技術が奇抜な料理人だったらしいな」
すぐさま自身の弁護を図るタカミチ、俺は半目になりながらもそれ以上は言及せず食事を再開した。それを察したのかこれ幸いにとタカミチが話題を切り替えてくる。
「そう言えばカサネはあそこで良かったのか?」
「あそこ?」
「進学先だよ、お前、なんのかんの言って結局国防関連、しかも国軍大学付属の上級高校にしたじゃねぇか、まぁ俺としてはカサネが俺と同じ高校、大学に行ってくれれば文句なし所か嬉しい限りだが、別に普通の道に行っても全然大丈夫だったんだがな?」
「あぁ。俺が行きたかった、それだけだよ。それに、育った環境とかのアドバンテージってのは使ってなんぼだからな」
「親の七光りってのは期待しない方がいいぞ?俺はそういう根回しは苦手タイプだがらな」
「タカミチみたいなタイプは根回しとかしない方が効果あるんだよ、まぁ俺も、七光りだのなんだのと言われて煙たがられたくはないからな、ある程度、程々にってやつだよ」
そうして俺は朝食を食べ終わり、皿類を片付ける。片付けたら、バックの中身をもう一度見て、忘れ物がないかを確認する。
と言っても、今日は入学初日で教材なんかは入っていない。
スクールバックに多少ノート類が数冊と筆記用具類、クリアファイル程度で、バック自体はそれなり萎んでいる。
「外部入学だったが中学の同級生、もとい、幼なじみが一緒の高校に入ってくれてよかったな?タイセイとハルちゃんだったか?今後同じ国軍の仲間になるんだ、今まで以上に大切にしろよ?」
「分かってるよ」
基本、国軍大学付属の学校はいわゆるエスカレーター式みたいな所で幼年学校から中等学校、高等学校、大学、全て決まった学校に入学し卒業していく。その為、国軍大学付属の生徒達は幼少期からの顔馴染みであり、外部入学等をすると上手く輪に入れず居心地が悪かったりする。
しかし、今の時代、国防への意識は国民全員が意思高く、毎年国軍大学付属の学校への編入、外部入学が後を絶たない。
国としてもいずれ国防の要人となり得る可能性がある幹部候補生は多くいた方が良いとして、編入、外部入学を許している訳だが、その試験というのはなかなかの登龍門で、難関と言われるのもうなずける厳しいものだった。
そんな試験に幼なじみ3人仲良く合格出来たのは奇跡と言っても差し支えがなかった。
「まぁ?末席であるが現国軍幹部の俺と俺の部下達でお前ら3人をみっちり教えてやったんだから?受かってもらわねぇと俺らの面目も立たなかったけどな」
「アノトキハゴシンセツニドーモアリガトウゴザイマシタ」
「そのおかげもあってか入学試験の総合点数で首席取れたんだから俺らとしても面目躍如ってやつだがな、運動能力測定、法規、戦術知識で特に優秀な成績だったらしいじゃねぇか、基本学力に関してはギリギリの10位圏内だったらしいが」
「そんな情報どこから貰ってきたんだよ!」
「俺にかかればこんな情報収集、大した事じゃねぇよ」
そう言いながらケラケラと笑うタカミチ。確かにリアルで幹部な人だったなこの人。
俺は情報戦では勝てるはずもないと判断し早々に離脱を試みる。敗走ではない。別の戦略に移すために引かねばならなかったのだ。
「んじゃ俺はそろそろ行くよ。」
「もう行くのか?」
「あぁ。外部入学はいろいろ手続きとかあるし、ハル達と早めに行こうって約束してるしな」
「ほー。なら気を付けていってこい、ハルちゃんによろしくな、あ、それと高校生になったからっていきなりハルちゃんとハッスルなんかしたら俺は」
「くたばれ!変態親父!」
俺はタカミチに対してスクールバックを投げつけた。タカミチはそれをするりと避け飄々とした表情で手をヒラヒラしている。
「なんだよー。俺はあくまで人生の先輩として後輩たるカサネにアドバイスをと思って親切を利かけせてやったのに」
「そんなんだから未だ独身なんだよ!」
「俺は別にモテなくて独身なんじゃない、独身でいようと思って独身なんだ!」
「……はぁ。はいはい、引き取り手が早く見つかるといいな」
「俺はペットでもなんでもなくお前の保護者なんだけどなー。もっと昔みたいに『父さん!大好き!』みたいにしてくれてもいいのに、俺は悲しい…」
「ない涙を拭う仕草をされても俺は騙されん、そんでもってそんな過去は記憶にない、タカミチの捏造だ」
タカミチは『ヨヨヨ…』と言わんばかりの演技をしていたが、俺はそんな事をされても心は動かない。投げつけたカバンを拾うとそのままタカミチの横を通り過ぎて玄関にむかい、靴を履き始める。履き終わって扉に手をかけた時、タカミチが声をかけてきた。
「あ、待てカサネ」
「…今度はなんだよ」
「入学、おめでとう。入学式には保護者としては顔は出せんが気をつけて行ってくるんだぞ、入学した時点でお前は国軍所属の一兵卒だ、くれぐれも、礼節には気をつけて、国軍の一員である事を自覚して日々研鑽するように」
「お、おう。…いや、了解しました。静連隊長殿」
いきなり態度を変えたタカミチに面食らってたじろきつつも、俺はタカミチに向けて敬礼をする。まだ上手く出来ていない為、タカミチは苦笑いを浮かべながら俺の敬礼を手直ししてきた。
「訓練生として俺の連隊に来たら俺直々に扱いてやるよ」
「それはなんとも命がけの訓練になりそうで楽しみでありますが、それは小官が甲型感情術者であった場合であります。いくら感情術優良行使適性が出ているとはいえ、無感情適正術者である可能性が8割を占める感情術において甲型になるのは些か無理な話だと思われます」
「軽口が聞ける様なら全然大丈夫だな。引き止めて悪かった」
「はっ。では、行ってまいります」
「あぁ。では貴官の成功を祈る」
タカミチの様になった敬礼姿に、俺は再度敬礼を行って、家を後にした。
さあ。待ちに待った高校生活の始まりだ。玄関に抜けた俺の足取りはとても軽く、気を抜くとスキップをしてしまいそうになるほどだった。
まずいまずい、まずはハル達と合流しなければ。