第1話〜そして少年は保護される〜
それから、どれほどの時間が経ったのだろうか?
気が付くと少年は、とてつもなく大きな水辺のほとりに倒れていた。
気を失っていた事を理解した少年は、目を覚ましてすぐ、周りを見渡す。目の前には大きな湖、後ろには多少の森とその奥にかなり大きな白い壁がある。
意識の中では、つい数瞬。しかしその数瞬前までとは変わりすぎていた風景、両親と手を繋いでいたのに周りに人っ子一人居ない状況に混乱していた。
「パパ……ママ………どこぉ……?」
数分も待たずして少年はいきなり1人になったこの状況を耐えきれず瞳に涙が溜まっていく。
「う…うぇ…ぱぱぁ……ままぁっ……!!」
その溜まった涙を耐える力など持ち合わせてない少年は、泣きながら水辺に沿って両親を探す。
そうしてどれだけか時間がたった頃だった。
「こっちから声が聞こえたぞ!おいっ!生きてるなら返事しろ!!」
「っ!?!?」
森の方から大人の声がいきなり聞こえてきた。驚きのあまり腰を抜かし顔は涙やら鼻水やら涎やらでぐちゃぐちゃになった少年、徐々に近付いて来る足音。
自身がどんな状況にあるか理解の追いつかない少年はただ恐怖や不安焦りなどが綯い交ぜになり、ただでさえぐちゃぐちゃの顔をさらに涙で汚した。
「……!!いたっ!隊長!生存者を発見しました!こちらに来てください!…君、怪我はないかい?もう大丈夫だ!」
しかしその恐怖は拍子抜けに終わり、森から出てきたその大人は少年を見つけるなり早足で近付いてきて、しゃがみこむと、すぐに怪我がないか確認をしてくる。状況から見るに保護という形だろうか?
手や足を触ってみて目立った怪我が無い事を確認し終わると一息をつき立ち上がって森の方を見つめた。
そして数秒を待たずして、森の方からぞろぞろと大人達が出てきたのだった。
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合計で20人弱はいただろうか?大体の者が迷彩柄の戦闘服のようなのを身にまとっており異様に感じた少年は身体がすくみ声も出せない。
その中で一際目立つ1人だけモスグリーンの詰襟の軍服を身にまとっていた男が前に出てきて少年を見つめるとすぐに視線を最初に駆けてきた大人に戻し、口を開く。
「異常はなかったか?」
「中隊長殿!はい、多少の疲労などは見られるものの、命に別状はないと思われます。」
「そうか……その子供はやはり先程の?」
中隊長、と呼ばれた大人は一見無精髭の生えた男で年の程は30代後半と言ったところだろうか?輪郭は整ってるように見える。髭をまともに整えればもっと若く見えそうな所を感じる辺り、実年齢はそれよりも若いと思われた。中途半端に伸びた黒髪を後ろで乱雑に縛り、髭のことも相まっていたが不思議と不潔さは感じられなかった。
「はい…衣服などに多少の疑問は残るもの、これ程の幼さですので、恐らく先程の難民の方々からはぐれた子供かと」
「ふむ………。襲撃者の方は?」
「若干名現場にいたので撃破しましたが…残りは…。」
「既に離れていた、か…。どこの手の者か分かったか?」
「はい…。どうやら外の国の者の様です。恐らく南西共和国方面の者かと」
「そうか…。」
中隊長は腕を組みながら顎髭に手を伸ばす。しばらく考える素振りを見せたあと、組んでいた腕を解き周りに居る大人達の方へ振り向き口を開いた。
「分隊長。」
「「はっ!」」
分隊長、と呼ばれ大人達の中から2人の女性が駆け足で中隊長の前に出てくる。1人は栗色に近いナチュラルウェーブの長髪後ろでまとめた女性、もう1人は黒いストレートの長髪をそのまま腰辺りまで下ろした女性だった。2人は中隊長の前に止まると腕を後ろに組み、整列の姿勢をとった。
「第30042部隊、43部隊は現時刻をもって状況を終了、以後、警戒を厳としながら作戦中域を離脱。尚、襲撃者を発見した場合、これを速やかに排除せよ。」
「了解しました。」
「…………。」
「どうかしたか?」
「いえ……。」
分隊長の1人、黒髪の女性の方が返答に若干難色を示す。もう片方の分隊長はその姿を見て首を傾げていたが、中隊長はなにか察したらしく、少し嘆息をした後に口を開いた。
「凩一曹、あまり気に病むことでもないぞ?救援要請を受け取れたのは襲撃を受けてから30分後の事だったし、ここに駆け付けるまでに既に1時間以上が過ぎていたからな。状況は絶望的、普通だったら皆殺しされている。むしろ生存者を発見出来ただけでも十分な成果だと思うが。」
「ですが……。」
「ですがもますかもあるか。俺がいいって言ってるんだ、状況終了!ほら、帰るぞ」
そうして中隊長は口調を崩しながら黒髪の分隊長、凩ケイの髪をワシワシとかく。分隊長は不服そうにしながらも頭を揺らされていた。場が少し和らぐように大人達が出していたピリピリとした雰囲気が少し下がる。
そのタイミングを見計らっていたのか、中隊長は少年の方に近づくと、少年の目をじっと見つめた。
「っ!!??!?」
明らかに怯える少年。それを見て若干肩を落としかけたが立ち直し、再び少年を見つめた。
「よぉ、ぼうず。お前名前はあるか?」
「ちょっ!?中隊長殿!?いきなり怖がらせてどうするんですかっ!!」
中隊長はこれといって怖がらせたつもりなどさらさらなかったが、それが少年にはよほど怖かったらしく多少止まった涙も再び出始めてしまった。
それを咎める栗色髪の分隊長。
「っても名前を聞いただけだぞ?」
「聞き方が!!問題なんですっ!」
そうして分隊長は少年と中隊長の間に割って入ると膝立ちの姿勢になり少年の涙を袖で拭う。頭を撫でながら優しく微笑むと少年は安心したのか泣き止んだ。
「…僕、名前は?」
優しく問いかけるとやっと少年は口を開く。
「かさね…くろい、かさね…」
「くろい、かさね?黒井カサネ…か?」
「どうなんでしょう?苗字持ちが難民の方の中にいらっしゃるのは珍しいことですが……。」
少年の返答に中隊長と分隊長2人が首を傾げる。少年も首を傾げていたが中隊長達とは恐らく傾げている理由が違ったと思う。
「…まぁいいだろ。ぼうず、じゃなかった、カサネ。」
「……?」
少年、カサネは中隊長の呼び掛けに怯えて分隊長の後ろに隠れたがおずおずと視線を中隊長の方へと向ける。怖い人ではあるが悪い人ではないと理解したのだろうか?
「お前はこれから保護、という形で東部合衆国極西州所属、国境防衛西部軍第4師団第1甲型警備連隊第207中隊預かりになる。聞きたい事はあるか?」
「ちゅ、中隊長殿?まさか、孤児院に送らず引き取るんですか?」
「ああ。孤児院は内地にあるからここからではなかなかに遠いし、これでも、子供の世話は得意なんだそ?俺」
「犬や猫と子供は全く違うんですよ?中隊長殿出来ますか……?」
「お前は俺のおかんか……。歳も階級も俺の方が上なんだがな……。」
「育児経験は私の方が上です」
ジト目で睨む中隊長をピシャリと言い返す栗色髪の分隊長。しばらく睨み合うが、途中で根負けをした様に中隊長は溜息をつく。
「…そう言えば七種一曹は孤児院の出だったな。」
「はい!幼い頃から子供の扱いに関しては教え込まれておりますので!」
七種、と呼ばれた栗色髪の分隊長、七種ヒナは誇らしげに胸を張る。
そうすると豊満な胸部もその動きに合わせ揺れ、戦闘服を着込んだ大人達がざわめいた。
「で?一曹は何を言いたいんだ?」
「私も!この子のお世話したいです!」
七種は食い気味に分隊長に詰め寄る。本人は気付いていないが、その豊満な胸部は本人の言葉よりも主張が激しい。思わず中隊長は退き、顔を背けた。
「分かったよ…。なら、こいつの世話は俺がするが、中隊全体でも、面倒を見る、これならどうだ?」
「中隊全体で、ですか?」
「ああ。先人の知り合いは多い方が後々何かしらに役に立つ。それこそ、こんなご時世なら尚更な」
「なるほど。…そういうことでしたら私は問題ないです!」
「決まりだな、帰投後、各分隊には俺から話をつけておこう」
「了解しました!」
七種は中隊長に敬礼をすると、カサネに向き直る。カサネは何を言っているのかも分からず首を傾げていたが、七種はその頭をそっと撫でると、後ろに手を回しカサネを抱きしめた。
カサネは何故自分が抱きしめられているのか疑問に思っていたが七種のされるがまま、抱きしめられていた。
「パパと、ママは……?」
その質問に答えられるものは誰もいない。目を逸らしたり下を見るものばかりでまともにカサネを見れる者はいなかった。
ただ、七種の抱きしめる力がほんの少しだけ強くなっただけだった。
これは西暦が滅び、統合歴と言うものが使われるようになった時代の話。
西暦の時代より、少しだけ死が近くにある、そんな時代の物語。
人々が食料、土地、地位を求めて、価値観の違いで殺し合いをしているのは昔から何も変わらない。変わった事といえば、この時代には、御伽噺のような摩訶不思議なものがあった。
人間の感情を力に奇跡を起こす現象、『感情術』、世界人口が30億人にまで減ってしまったこの時代で、明日を生きるために神が授けたかのような超常の力。
人類総兵士を掲げるこの世界の常識に応じるかのようにこの世界は生まれ16歳になる時にこの力をほぼ全ての人が授けられる。
旧文明の兵器が衰退した世界で、その力を用いて敵を屠り、味方を護るこの力を使う者達の事を世界はこう呼ぶ。
『感情術者』と。