第1章 第0話〜そして無慈悲に世界が変わる〜
音も痛みも感じさせることなく星の一部飲み込んでいった『それ』は、後の時代に『感情兵器』と呼ばれ、第3次世界大戦の火蓋を切った災厄の代物と語り継がれ、世に混沌とさらなる進化を招く一投の槍となるだろう。
精神心理学者 ロバート・バルチック 『バルチックの輪論』あとがきより抜粋
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最後に見た記憶は、真昼のように照らされる街と夕焼け空。
太陽が急に昇って来たような、否、高い所に支えられていた太陽がその支えを無くして真っ逆さまに落っこちて来るような、そんな風に感じる『それ』は突如として空に現れた。
「………。」
そのあまりの眩しさに、
目を背ける者、逆に仰ぎ見る者、
逃げるように走る者、動けず立ち竦む者、
何か叫び散らかす者、口は開いているが息をしているかも怪しい者、
様々な行動を起こしてはいたが、与えられている結果は皆一様に一つだけだった。
「…………。」
ただ1人、俺を除いて。
煌々と輝く『それ』は人、物関係なく全てを白に変えていく。
当時3歳位だった俺は両親に手を引かれ家に帰る途中だったと思う。突如空に現れた『それ』によって身体の境界線はぼやけて不確かになっていき、意識も曖昧になっていった。
「……………。」
自我もままならなかった頃の俺はその現象がどんな事に帰結するのか知るはずもなく、ただぼんやりと空を見上げている。
だが、あれを見えていたのは俺だけだったのだろうか?
空一面に広がる白の中に、ポツリと落としたインクのように。黒はあんなに黒かったかと思う程の黒い何かが嗤っていた。いや、口の様な場所が三日月型に裂けていたのだろうか?
「な、に……?」
それは人に見えた気がする。ただ、男か女か、子供なのか大人なのかは分からず、ただ、人という情報だけが伝わってきた。
「………!……!!!」
黒い何かは口を動かす。何かを聞きたいのだろうか?伝えたいのだろうか?何をしたいのかよく分からない。直後、開かれる黒い何かの大きな口、歪に広がったそれはとてつもなく大きく、既に人のそれではない。ただぼんやりと見上げていた俺は、抵抗という抵抗も出来ず、その口に丸呑みにされていった。
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