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柊一真・一日目・02「天音綾花について」

 休み時間になると、どこかから視線を感じる。ねっとりと絡みつくような視線を。

 どこかからと、少しだけぼかしてみたが、本当はどこから送ってきているのかも、誰がその視線を送ってきているのかも俺は分かっている。


 ──それは天音綾花<あまねあやか>である。


 俺はこの熱い眼差しを、どう受け取ればいいのだろうか?

 もしかして俺に惚れた?

 俺の因果を捻じ曲げる瞳<タイムパラドクスアイ>、神さえ殺す黒龍を宿した右腕<ゴッドオブフォールンドラゴン>、背中には不可視の悪魔の翼<インビジブルデビルウイング>。

 天音がもし能力者ならば俺の潜在能力に気づき、一目惚れしてもおかしくはない。


 ……おっと、いけない。

 ノートを見たおかげで、少し中二病的な思考をしてしまった。


 冷静に考えて天音が惚れたということは、まずないだろう。

 ほとんど会話もしたことがないし。

 

 となると、好意ではなく敵意の視線か?


 天音の視線が敵意の場合は、非常にまずい。

 その場合、天音はノートの中を見ていたことになる。

 そして、視線の意味は「お前の弱みを私は知っている」という脅迫だ。


 金か! 金なのか! 100%親の仕送りに頼ってる俺には金なんかないぞ!

 どうする俺? やるしかないのか! やるって何を!?


 俺がヤバイことを考えそうになっていると、後ろから磯谷<いそがい>が話しかけてきた。


「柊、なに頭を抱えてんだ?」

「……別に」


 俺はいったん落ち着いてから、そっけなく磯谷に振り返った。


「そうかー? なんだか、天音嬢のこと見てなかったか?」


 嫌らしい笑顔で磯谷が勘ぐってくる。

 やばい、俺が天音を意識していることに感づかれたかもしれない。

 おそらくこいつは恋愛関係を疑っている。

 だが、実際はそんな甘い関係ではなく。

 天音が俺を潰すか、俺が天音を潰すかという、とても恐ろしい関係になりつつあるとは思ってもみないだろう。


「いや、そんなことはないぞ」


 磯谷の問いに、とりあず否定しておく。


 磯谷とは一年の時から、良くつるむ仲だ。磯谷は写真部に所属しており日々スクープを狙っている。良い写真が撮れたら新聞部などに売りつけて小遣いを稼いでいる。

 天音は美人だから、何か売れる情報がないか探りを入れてきたのだろう。


「そう言えば今朝、天音嬢からノートを渡されてたよな。アレって交換日記とかか?」

「そんな古くさいことするかよ。俺が落としたノートを拾って届けてくれただけだ」


 交換日記も今はメールかSNSが主流だろう。

 まあ、天音にはどこか古風な雰囲気があるから、交換日記とか古くさいことをやっていてもおかしくない感じはある。


「なんだ、そんなことかよ。つまんねーな」大きく伸びをして落胆する磯谷。

「そのがっかりはなんだ? ネタにならなくてか?」

「なんか俺の感がびびってきたんだよね。でも、違ったみたいでがっかり。天音嬢もお前のこと見てるっぽかったし」

「そう言えば、天音ってなんか部活入ってたっけ?」


 俺は話題を変えつつ、磯谷に訊ねた。

 天音と敵対するかは別として、情報収集は大切だ。


「いや、なんも入ってないぞ」

「ああ、そうなんだ」


 天音は成績も良く運動神経も良い。色んな部活から引っ張りだこだと思う。

 だが、部活には所属していないらしい。

 この学校は部活に入るのは強制ではないので帰宅部は多い。

 俺も入りたい部活が無かったから自動的に帰宅部になっている。


「まあ、ピアノとか茶道とか色々と習い事を中学の時はやっていたみたいだな。その反動かしらないが、高校になってそういう習い事は全部やめたらしいぞ」

「へえ、お嬢様みたいなだな」

「天音嬢の家は金持ちだし。それはそうと知ってるか? 一年に超美少女が入ってきたって噂」


 磯谷が興奮しながら話題を変える。

 俺としては、もう少し天音の情報が知りたかったのだが仕方ない。


「美少女?」

「金髪碧眼でちっちゃくてめちゃくちゃ可愛いって評判らしい。ちょっと見に行かないか? 写真撮ったら良い値段で売れそうな気がするんだよなー」

「俺は遠慮しとく。盗撮は止めろよ」

「分かってるって。じゃあ。俺一人で行くな」


 磯谷は美少女とやらを見に行ってしまった。

 今現在、危機的状況じゃなかったら見に行っても良かった。

 だが今はそんなことをやっている場合ではない。


 結局、磯谷と話してもあまり天音に関する有用な情報を得ることは出来なかった。

 出来れば俺と同等の弱みをつかめれば良かったのだが、そうそう見つかる分けがない。

 他人を当てにするのは止めて、俺は自分の目で天音のことを観察することにした。

 二年になりクラス替えをしたので、クラスメイトの半分以上は顔と名前が一致しない。

 だが今、天音と話をしている女子は、一年の時に同じクラスだったので覚えている。

 名前は桜木ひなた。


 栗色の肩まであるふわふわな髪が特徴的。

 そして何より胸が大きい。

 天音と比べると、まるで大人と子供だ。


 天音と桜木さんは仲が良さそうに話している。

 今まで気付かなかったが二人は仲良しらしい。

 うっすらと聞こえる会話は、今度の創立記念日に買い物に行くというものだ。


 一年の時、桜木さんは俺の隣の席だったことがある。その時よく話しかけてくれた。

 女子と会話するのに慣れておらず、キョドリながら話す俺のことをいつもやさしい笑顔で話を聞いてくれた。

 一年の時よりはキョドらなく女子と話せるようになったのは、桜木さんのおかげと言っても過言ではない。桜木さんは俺にとっての女神様だ。


 もしも桜木さんが俺の黒歴史を知ったらどうだろうか?


 俺のことに幻滅してしまうだろう。

 もしも桜木さんに避けられるようになったら、俺は生きていく自信がなくなる。

 クラスメイト達からバカにされるよりも、桜木さんの俺を見る目が変わってしまうのがとても怖い。

 桜木さんにだけは、なんとしても俺の黒歴史を知られてはいけない

 なるべく早く天音と接触して、俺の黒歴史ノートを見たのかを確認しよう。

 見てなければ問題ないが、見ていた場合、口外しないように約束をとりつけなければならない。

 その時にどれだけの代償を払うかは分からないが、やるしかない。


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