柊一真・三日目・01「姫宮衣千子の能力」
月曜日、火曜日と学校に行ったので、今日は水曜日。
普通ならば今日も学校に行くのだが、俺は学校には行かず街をぶらぶらとしていた。
別にズル休みというわけではない。今日は創立記念日で学校が休みなのだ。
他の学校の生徒達がせっせと勉強をしている真っ昼間に、街中を堂々と歩くという贅沢が出来る唯一の日。
いつもの休みのように家でゴロゴロしているのは勿体ない。
そう思い俺は特に予定もなく街を歩いていた。
「やあ、姫宮。偶然だな。買い物か?」
俺は金髪碧眼の美少女に話しかけた。
昨日、部室で会っただけだったので、ほとんど会話をしてない。
せっかく同じ部活仲間になったので、親交深めるのも良いだろう。
「こんにちわ、木冬先輩」姫宮は無表情に挨拶を返した。
「俺の名前は柊だ。漢字を分解すんじゃねえ」
柊を木冬にするとか、絶対ワザとだ。姫宮はボケ体質なのか。
「ごめんなさい。柊先輩の顔を見ていたら、からかいたくなってしまって」
姫宮はまったく悪びれることなく無表情に謝った。
ほとんど表情に変化がないので、マジなのかボケなのか判断がしにくい。
「姫宮は、こんなところで何してんの?」
「私は柊先輩と違ってちゃんと用事があるんです」
「おいおい、まるで俺が暇だから、ただぶらぶら歩いてるみたいじゃないか」
姫宮の言う通りなのだが、悔しいのでとりあえず反論しておく。
「そうですか。私は今、甘い物が食べたいです」
「ふーん、食べればいいじゃん?」
甘い物が食べたいとか急に言い出すなんて、姫宮は不思議ちゃん過ぎてどう対応していいか困る。
「じ~~~~っ」姫宮が擬音語を口にしながら俺を見つめてくる。
「な、なんだよ。俺の顔にご飯粒でも付いてるのか?」
姫宮に顔をまじまじと見られて、俺は自分の顔を手でごしごしと拭いた。
もちろんご飯粒らしき物は付いていなかった。
「柊先輩、こういうときは俺がおごってやるよ。と普通は言うものです。だから、いつまでたっても中二病なんですよ」
「うるせえ。お前に言われたくないわ! お前だって同じ部活に入ってる同類なんだからな」
それに俺はもう中二病は卒業したんじゃい。
天音に仕方なく合わせてやってるだけなんだからね!
「私は冬木先輩とは違うんです。一緒にしないでください」
「漢字を分解して、さらに入れ替えるな! まったく別の名前になってるぞ。で、俺とどう違うっていうんだ?」
まったく姫宮といるとツッコミに体力を使ってしょうがない。
「これは失礼しました。よろしくの柊先輩じゃなくて、所持金四千六百四十九円の柊先輩」
「……姫宮、何を言っているんだ? まるで俺の財布の中身を知ってるような口ぶりじゃないか。またまた適当なこと言っちゃって、ははは」
心がざわつく。
それじゃまるで……。
「確かめてみてください」
姫宮は出会ってから初めてニヤリと笑った。
その不敵な笑みからは自信が溢れている。
俺は自分の財布を開けて中身を勘定した。すると、姫宮の言った金額と一致した。
姫宮は「ほらな」と言いたげな顔で俺を見つめてくる。
俺の財布の中身を一円単位で当てる。それはつまり姫宮は桜木さんと同じ……。
「お前もまさか能力者なのか?」
「ええ、そうです。先輩とは違うんです。これで分かりましたか?」
俺が驚いた表情を浮かべると、満足げに姫宮は笑った。
姫宮がなにか特別な力を持っているのは間違いない。
だが俺はどうにも腑に落ちなかった。
それは俺自身が手持ちの金額を把握していないにもかかわらず、姫宮が言い当てたことだ。
テレパシーは心を読む能力。
俺自身が金額を把握していなければ、金額を当てることは出来ない。
だとすれば、テレパシーではない別の能力だろうか?
「ああ、よく分かったよ。お前がすごい奴だってことが。だから教えてくれ。どんな能力を持っている? テレパシーじゃないよな?」
「透視能力です」
「……透視能力」
「はい透視能力です。分かりやすく言うと、物を透明にして見ることができる能力です」
「なるほど、だから俺の財布の中身が分かったのか」
「はい」
姫宮はその綺麗な瞳で俺を見つめながら頷いた。
俺はそこで、はたと気づく。
「……透視能力。ということは、俺の裸をお前は今見ているのか?」
両手が自然と股間を隠すように覆っていた。
姫宮の視線が俺の顔から、徐々に下がり股間の位置で静止する。
「……じぃ~~~~っ」
姫宮は無反応に俺の股間を凝視し続ける。
本来なら「やだ、私ったら」と言って姫宮が顔を紅く染めるシーンなのだが、一向にその気配は感じない。
金髪美少女に股間を見られているシチュエーションにものすごい背徳感を覚える。
「──いやんっ、姫宮のエッチ!!」
俺は股間に手を置いたまま、内股になり体をくねらせた。
姫宮は視線を上げ、冷めた視線を俺に向けた。
本来は、俺が裸を見られている被害者なのに、なぜか加害者になった気分だ。
「安心してください。先輩の体に興味はありませんので」
「あんなに凝視していて、よくそんなセリフが吐けるな」
「真一先輩をからかっていただけです」
「ま、そうだろうな。あと俺の名前は一真だ。漢字をひっくり返して読むな。ボケの難易度が高すぎて、一瞬じゃ理解できないぞ」
「でも、先輩はできたじゃないですか?」
「まあ、そうだな」
姫宮にいきなり褒められて、戸惑った。
ツッコミが上手いことを褒められても、あまり嬉しくはない。
だが姫宮が少しだけ俺を認めてくれた気がして、そこは嬉しかった。
「ああ、もうこんな時間です。柊先輩、良い時間潰しになりました。どうもです。それでは私は用事があるので失礼します」
姫宮はそう言うと、もう俺に興味はないといった様子でスタスタと歩いて行ってしまった。
それにしても姫宮までも能力者だとは驚いた。
俺が知らないだけで、この街は能力者だらけなのだろうか?
能力者とこうも連続して、知り合いになると、なんだか不安になってくる。
あまりに能力者が一箇所に集まっていると、本当に〝機関〟がやってきそうで怖い。
桜木さん、姫宮と二人が能力者だということは、もしかして俺も本当は能力者なんじゃないか?
能力者の近くにいることで、俺も何かの能力を覚醒できるかもしれない。
俺はそんな妄想をしながら、再び歩き出した。




