プロローグ「高校デビューまでのこと」
自分は特別な存在だと思い込む時期が誰にでもあると思う。特に小学生から中学生にかけて、アニメや漫画などから影響を受ける。自分には特別な能力があり他の人とは違う。
自分は選ばれた人間なんだと勘違いしてしまう。
いわゆる中二病というやつだ。
しかし大多数の人間は学校生活をしていくうちに、自分より勉強の出来る奴や運動の出来る奴、人気がある奴と出会い自分の幻想を打ち砕かれる。
──そして気づく。
自分は特別でもなんでもない普通の人間。ましてや世界の命運を左右するヒーローなんかじゃない。決して主役になることはない。
RPGに例えるならば単なる村人A。名前なんかも設定されていないような、いてもいなくてもストーリーになんなら影響がない存在。村の中をただランダムに動き回るだけのオブジェクト。
村人Aは普通の村人らしく身の丈にあった普通の生活を送り、人生を終える。
大多数の人間は、それで良いんだと。普通であることを肯定して生きていく。
恥ずかしながら、俺こと柊一真<ひいらぎかずま>も自分は特別な存在だと思っていた時期がある。
大多数の人間が経験することなので、それ自体は問題はない。だが俺の場合は他の人と違って、その度合い大きかったのが問題だった。
小学生の後半から、俺はタイムトラベルというものに非常に興味を引かれ、自分設定で時間の旅行者<タイムトラベラー>だとクラスメイト達に言っていた。
小学生の時は、それでも問題はなかった。
自分設定を考えるのに色々と本を読んでいた。そのおかげで周りより知識があった。
図鑑に載っていた虫や動物の知識を披露するだけで、クラス中の人気者になれた。
むしろ自分設定は、人気を加速させていたふしさえあった。
しかし中学生になって一変する。
クラスメイト達の興味は虫や動物から離れ、アイドルや歌手なんかに変化していった。
俺はだんだんと周りから孤立していった。
孤立していても全然気にならなかった。
むしろ俺の偉大さに怖気づき話しかけられないのだと喜び。さらに中二病を加速させた。
自分設定も凝り始めて、ノートに色々と書きつづっていった。
ノートのタイトルは異世界終末旅行記<パンドラズ・レコード>。
色々な異世界を旅した時の様子や異能力の設定などが書かれている。
設定の一つに左目が青く輝く時、因果を捻じ曲げる能力が発動するというのがある。
その設定に合わせるために、お年玉で青色のカラーコンタクト購入し左目に装着した。
さらに能力の暴発を抑えるために、魔方陣が描かれた黒の眼帯で封印をした。
クラスの連中が俺の眼帯を見たときの顔は忘れない。
驚愕の表情で小さく「……うわぁ」と呟いていた。
おそらくなにかの一線を完全に越えた瞬間だったのだろう。
当時の俺は「……うわあぁ、カッコイイ」と続くものだと思っていたが、あれは「……うわぁ、きもい」と続いていたのだと、今の俺には分かる。
眼帯を着けてからは、ほぼ全員から無視されるようになった。
無視されるようになったが、一人だけ俺に話しかけてくれる女子がいた。
俺の放つ闇のオーラに怖じ気づかず話しかけてくるこの女子は選ばれた人間だと、俺はすぐに気づいた。
そして俺は彼女に惹かれていった。
特別な俺には特別な彼女が相応しいと思ったのだ。
ある日、彼女を呼び出して告白をした。
自信満々に「汝よ我のモノになれ!」と言い放った。
この時の俺は魔王ものに憧れていたので、こんな口調だ。
告白は成功するものと確信していた。しかし結果は違った。
俺のことは別に好きでもなんでもないと、彼女は言う。
なんで普通に話していたのかと質問する。
クラス委員長だからあまりクラス内で波風を立てないようにしていただけ。
彼女はクラス委員長だから、仕方なく話しかけていたのだ。おそらく担任から頼まれていたのだろう。
そして眼帯は気持ち悪いから外した方が良いよ、と助言までされてしまった。
この瞬間、俺の中の封印が緩み、白兎<しろと>が未来に飛んでいってしまった。
白兎というのは、黒兎<くろと>、灰兎<はいと>、白兎の三つある俺の魂のうちの一つで、最強の能力を持っている。
そんな中二設定を考えることで、精神的ショックを和らげていた。
最強の能力を失った代わりに、俺はようやく正気を取り戻した。
今までの俺はなんて恥ずかしいことをしていたんだと頭を抱えた。
気づいた時には、もう中学三年の夏休みが終わっていた。
この時点で、もう俺の地位を回復する時間的猶予はない。だが、あと半年すれば中学とおさらば出来る。
──俺は決意した。
知り合いのいない遠くの高校に行く。そこで一からやり直す。
俺は中二病を卒業して、高校からやり直すんだ。
特別ではなく普通の高校生活をエンジョイする。
そんな思いを抱きながら、必死に勉強をした。息抜きに設定を書いたりしたけれど、無事に県外の高校に入学できた。
こうして俺は一人暮らしと、高校デビューを果たすことに成功した。




