緋色の男・1
彼は極寒の地に住んでいた。湖は凍り、空気は澄んでいるようで、人々を身体から凍えさせる殺気を纏っていた。彼は、母と小さな家屋に住んでいた。彼は生まれた時から右眼が少し赤く、それも濃い、紅の色に染まっていた。周りに住んでいた人々は、その特異さから、彼を忌み嫌っていた。
「母さん、今日も木こりに行ってきます。」
彼は暖炉にくべる為の木を採りに、彼の家屋から数キロ離れた森へと向かうのが日課だった。
「気を付けて行ってきなよ。最近は熊も出るからね。」
母は数年前から足を悪くしていて、家事は出来る限り彼が手伝っていた。
彼は斧と猟銃と食糧を持ち、厚手のコートを着て外に出た。家屋の中とは違い、温かさのない冷酷な冷たさがある。外に出るのは日課であるが、それでも慣れない寒さである。森は、湖の近くにある彼の家屋から、凍った湖を東にずっと進むと見える。この日は怖いほどに雲一つない晴天だった。積もった雪に陽光が反射して、穏やかな、ときに鋭い光を放っている。
「今日は良い一日だ...」
彼は何の音も聞こえない凍った湖の上で、一人そう呟いた。少し歩いていると、もう家屋は見えなくなった。辺りを雪山に囲まれた湖は、不思議な魅力と深い静寂を漂わせていた。今は彼の足音しかしない。太陽が彼の頭上に差し掛かった頃、彼は森に着いた。
彼は背負っていたリュックから斧を取り出し、木に打ち付けていた。少し木が削れてきた頃、空に雲が出てきた。今はまだ白色に見えるが、どこか灰色に見える気もした。彼は雲を気にせず、木に斧を打ち付け続けていた。少し時間が経ち、もう一度空を見上げると、空には灰色の雲が広がっていた。
「折角晴れたのに...」
彼の家屋の近くでは、一年中雪が降り続け、晴れることが珍しかった。
晴れた空を惜しんでいたのも束の間、空から眩い雪が降り注いできた。彼は直ぐに切れる小さな枝を幾つか集め、斧と共にリュックに仕舞った。次第に降る雪の量は増してきた。その時、彼のものでない足音が聞こえた。彼は急いでリュックから猟銃を取り出し、身を潜めた。彼は精神を研ぎ澄ました。
その時、声が聞こえた。
「誰か...居ませんか...?」
疲弊しているような、小さな、女の人の声だった。
「誰かいるのか?」
彼は声を上げた。彼は声の主を見つけた。
「お願いします。何か、食べ物を下さい。お願いします。」
彼女は強く言った。彼女がそう訴える姿から、少しの悲痛を感じた。
「今、こんなところで何をしている?」
まだ彼は、彼女を信じ切っていなかった。
「私は、隣町から逃げてきました...」
隣町には興味はあったが、母親から近づくなと言われていた。
「と、取りあえず、これを。」
「ありがとうございます。」彼女は涙を流した。
雪が強くなってきた。このままでは山から雪崩が押し寄せるかもしれない。そう思い、彼は提案した。
「雪が強いし、一旦洞窟に行った方がいいよ。」
彼女は軽く頷き、立ち上がった。