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コンチェルティーノ  作者: 白鳥 真一郎
第十一章 抱かれたいと思うのは
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☆ 青く輝く小さな石

 


 ぼくたちは昼食を挟んでとりとめのない話をした。喫茶室にはあのレクイエムが再び静かに流れた。窓辺に夕闇が迫る頃、「少し意外かもしれませんが……」と前置きしてマスターが語り始めた。


「妻は、こんなことも言っていたのですよ。

 ――――わたしたち、高校生の頃、毎日楽しく付き合ってお互い言いたいこと言ってたら、きっといい思い出になって、笑ってさよならしてたかもね。

 いいじゃない、わたしたちはお互い大人になって初めて出会って気が合って付き合い始めたってことで。高校生の頃、それぞれとても好きな人がいたけれど、もう別れてしまって今どこで何をしているかわからない。わたしたちはその人と偶然名前も生年月日も同じだってことでいいじゃない。

 若い頃だったら好きな人の気持ちを独り占めにしたいし、相手が昔付き合っていた人のことを否定した上で自分のことを好きになってほしいと思ってたと思う。でも、今は、その時その時の相手に対して思った気持ちは消すことはできないし、消す必要もないって思う。

 すべてがあって、いろんな人にいろんな気持ちを持って向かい合って、その人のことを本当に好きで大事だと思ったから今の自分があるんだって思う―――― と。そして妻は、澄み切った瞳で私をじっと見つめるのです」


 妻の瞳を思い浮かべた。青白い光が揺れる瞳を。


「マスター、ぼくは今でも彼女の瞳に見つめられると、吸い込まれそうになります」


「瞳の奥の、不思議な青白い光……」若い彼はそうつぶやくと、残っていたケーキの小片に丁寧にフォークを刺してゆっくり口に運んだ。


「十八歳の誕生日に私が贈った青く輝く小さな石を、彼女は最後まで大切に持っていてくれました。彼女の瞳の奥に宿る青白い光を思わせる綺麗な石です。あなた方は覚えていますか? あの石をそっと彼女の(てのひら)に置いた時の、彼女の嬉しそうな顔を」


「ええ、もちろん僕も覚えています。よく覚えています。彼女の庭に咲いていた真っ白なバラの花も。とても綺麗でしたから」


 そうだった。若い彼の言うとおり、バラの花も、ぼくを見つめて微笑む彼女も信じられないほど美しかったのだから。だが、『最後まで大切に持っていた』とはいったいどういう意味なのか。


「お二人とも、もうお気付きだと思いますが、私に別れの手紙を書いたアオイは、私を抹殺したのではなく、心の中の特別な場所に大切にしまっておいてくれたのです。私を殺したのは、ほかならぬ私自身でした―――  私はそのことにやっと気付いたのです。最後に長い息をして穏やかに微笑みながら天に旅立った妻は、なぜか左手を握りしめていました。不思議に思ってその手をそっと開くと、青く輝く小さな石が輝いていました。妻は私との思い出を大切に、本当に大切に握りしめていたのです」


 レクイエムは安らかな至福を歌った。石油ランプの光が大きく揺れた。レクイエムは終曲を閉じた。静かに立ち上がったマスターは漆黒のレコード板を両手で丁寧に持ち上げて大天使の描かれたジャケットに収めた。そして足元の赤い工具箱にそっと立てかけると、カウンターの奥へ消えた。












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