☆ トパアズ色の飴
マスターはぼくたちの視線に気付いた。
「彼女は、私が送った手紙を何度も読み返したそうです。そこに綴られた文字を繰り返し目で追ってその日が来るのを待ったそうです。あなたがたも彼女との再会を願ってあの手紙を書いた。そうではありませんか?」ぼくたちはうなずいた。
マスターがポケットから何かを取り出した。トパアズ色の粒が詰まった小さなガラス瓶の蓋が開けられた。若々しい太陽を思いっきり絞ったかのように眩しい。甘酸っぱい香り。マスターは「いかがですか?」と、瓶をこちらに傾けた。
一粒つまんで口に放り込んだ。舌に乗せて転がすと顎の付け根がキューッと締め付けられ、唾液がどっとあふれてブルッと体が震えた。
隣の若い彼は片方の頬を飴玉で膨らませたまま口をすぼめている。マスターは立ったまま目を閉じていた。
酸味は次第に甘みと混じり合って溶けてまろやかになり、マスターは再び椅子に座って語り始めた。ぼくたちはマスターを一心にみつめた。
「以前、妻からこんな話を聞いたことがあります。
――――高校生の頃、あなただけを見つめて、あなただけを想っていた。わたしにはあなた以外何も見えなかった。だからわたしはいつも思い詰めた寂しい顔をしていたんだなって。
もっとあなたの近くにいたかった。もっと一緒に話をしたかった。でも、一緒にいたかったのにあなたはもういなかった。一人でどんどん歩いて先へ行ってしまって、めったに話もしてくれなくなって、一緒にいることもほとんどなくなって……
あなたが何もしてくれなくなったことも、わたしのことなんかそれほど気にも留めてくれなくなったことも、なにもかも覚えているのに。それなのに、あなたに別れの手紙を書いてからも、あなたに似た人とすれ違うと振り返ってしまって、街に出るとあなたを探していて、あなたを思い出すと胸が痛くなって、いつまでも忘れられなくて。
何のこだわりもなく再会したのはね、あなたはきっとわたしを受け入れてくれるって思ってたから。わたしはあなたに甘えてたんだと思う。
幸せって何だろうって思うことがあるの。あの頃はいつも幸せを探していた。何が幸せかは人によって違うよね。これをしたらきっと相手は幸せだって思ってしたことも、ほんとうは違うかもしれない。相手の気持ちがどうなのかなんて、相手に直接確かめなくてはわからない。わからないのに、とても頭の冴えている高校生の頃、勉強もせずに一生懸命考えていた。自分で思って自分で考えて、あなたの気持ちを直接確かめることなく、きっとこうだろうって想像して動いて。
きっとね、あなたがわたしのことを忘れられなかったのはね、わたしが一生懸命だったからだよ。あの頃はまっすぐ突っ走って生身の体で思いっきりあなたにぶつかってた。ぶつかった方もぶつかられた方も傷ついて、お互いに血だらけになった。
だから、あの頃のあなたとわたしの心は本当は傷だらけだったでしょう。もう少し大きくなってからは力の抜き方や気持ちの切り替え方もわかってきたけれど―――― と」
話し終えたマスターはぼくたちに交互に視線を向けて微笑むと、何かを思い出したように席を立って、どこかへ消えた。
ふと南側の石壁が目に入った。暗い壁面に横一列に穿たれた八枚の、それほど大きくない正方形の窓。そこから日が斜めに差し込みはじめた。
白い光――
その光跡は太陽の高度を示す角度で床に接した。それはまるでゴシックの聖堂を側面から斜めに支える白い飛梁のように見えた。光は太陽の動きにつれて少しずつ位置を変えていった。じっと見つめていると、他の空間は以前よりも闇が深くなった。




