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コンチェルティーノ  作者: 白鳥 真一郎
第八章  神に命じられても
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☆ ユートピア





 ぼくにはいつまでも忘れられない在りし日の父の思い出がある。


 

 この街に住み始めて半年ほど経った頃だった。既に夏休みは終わっていた。その日は朝から涼しい風が吹いていた。けれど楓や銀杏の葉はまだ濃い緑色を保っていた。夕方、ぼくは父の事務所に呼び出された。

 がらんとした事務所の古びた椅子に不機嫌な息子を座らせた父は、立ったまま夕陽を背に語り始めた。


 なぜ父が何の前触れもなくあんな話をしたのか。今でもその理由はわからない。あのようなことを父がぼくに面と向かって語ったのは最初で最後だった。もしかしたら子供から大人になるための通過儀礼のようなものだったのだろうか。わからない。最後まで父に確かめることはできなかったのだから。


 父の話はとても長かった。長すぎてうまくまとめることができないほどに―――





「…………裕樹も知っているとおり、神を信じ、神を愛する者は、人間のみでは決して得ることのできない大きな力と、人間だけではとても到達できない遙かな高みの、清明な世界を与えられます。

 もちろん我々の信仰の源泉は神の我らへの愛です。そして我々の信仰の根幹は神への愛と隣人への愛です。我々の信仰とは神への愛と隣人への愛を心を尽くして実践することなのです。これこそが神が我々に与えた最も大切な掟、愛の掟です。


 しかし現実には、《隣人への愛》をなおざりにして《神への愛》ばかり強調する者が非常に多いのです。彼らは神を愛していることを周囲にひけらかし、《神を愛する私と、私を愛する神》の関係をことさらに主張します。


 これは大変危険なことです。なぜなら、《隣人への愛》をないがしろにして《神と我》の関係を追求すると、『神を愛し神に愛されている私は神に選ばれし正しき者である』という思いに取り憑かれてしまいます。

 そしてついには、神とそのような関係にある我、つまり《唯一絶対に正しい神に選ばれし我》にこそ絶対的正義があるのだ、という恐ろしい確信すら生まれてしまうのです。


 極端なことを言えば、そのような確信を持つ者が増え続けると、ついには神を信じる者とほぼ同数の《神に選ばれし我》という絶対的正義が生まれてしまいます。

 当然のことながらというべきか残念ながらというべきか、その者たちは神から得た力を及ぼすことのできる対象を自分の内面ではなく、悪い意味で自分の外に探し始めます。神から与えられた力はどれほど優れているのか、どれほど強いのか、その威力を誰かに及ぼして確かめたくなるからです。


 


 無数の《神に選ばれし我》は、それぞれが唯一絶対の正義を主張します。彼らは『父と子と精霊』という神聖不可侵な領域に強引に《我》を割り込ませ、あたかも四位一体であるかのように振る舞うのです。彼らは必ずといっていいほど神の言葉を彼ら自身に都合のいいように解釈し、どの解釈が最も正しいかを巡って争います。さらに彼らは()()()()()()()()()()()()()ために、現実の人々を犠牲にしてまでも《神に選ばれし我》の力がどれほど強大であるかを互いに試し合うのです。


 恐ろしいことですが、彼らの主張する絶対的正義は必ず悪を必要とします。絶対的正義は絶対的な悪がなければ成り立たないからです。ですから彼らは常に悪を探し求めます。相容れない価値観を持つ『敵と裏切者』をいついかなる時も目を光らせて探し回っているのです。


 では、どこにも『悪』が見つからなかった時、彼らはどうするのでしょうか?

 信じがたいことですが、自ら悪を産み育てることすら彼らはためらいません。それどころか自らが産み育てた悪に対して自ら戦いを挑むことも決して珍しいことではありません。世界を巻き込む大きな争いに現れたほとんどすべての巨大な悪は巨大な正義によって生み育てられたと知れば、あなたも気付くことができるでしょう。絶対的な正義を主張する者たちには人間にとって最も重要な何かが決定的に欠けているのだということに。









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