表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンチェルティーノ  作者: 白鳥 真一郎
第七章  わたしを生かした命は消えない
36/59

☆ 本当の一人きりで


 でも、少し気取って背伸びして書いたように思えたその記事に、わたしは感じたのです。きっとあなたは〝善く生きたい〟と思っている人なのだと。それは「直感した」というより、『自然に勇気が湧き上がってきた』時と同じ種類の 『何か』 でした。こんな言い方ではわかりにくいでしょうか?


 ただ、あなたのその思いは迷いのない揺るぎない確信、というよりも、善く生きるために必要な誠実とか誠意とかそういう種類のものを大切にしたいけれど、どう扱っていいか、どう実現していいのかわからなくて困っている……ようにわたしには思えたのです。


 少し違うかもしれませんが、こんなたとえではどうでしょうか。 ――自分が青い鳥だと知らない小さな青い鳥が、世界の果てまで青い鳥を探しに行ったけれど、どこにも青い鳥はいなくて、しょんぼりして小さな巣に戻って、いつの日か青い鳥と出会うことを夢見て、まだわからないことがたくさんあるけれど〝死と生命の意味〟を一生懸命考えながら記事を書いている姿―― を、見た気がしたのです。


 そんな不器用なあなたを、理由はよくわからないけれど〝かわいいな〟と思いました。〝甘えてみたいな〟とも思いました。でも〝かわいい人に甘える〟なんて、なんだかわがままみたいで恥ずかしいです。本当はかわいく甘えてみたい。けれどわたしにはとても難しいです。それは自分でよくわかっているのです。


『紫陽花と三高生』を読んだその日から、わたしは毎週新しい記事を心待ちにしていました。小杉裕樹という人が同じ学年だと知った時は驚きました。あなたが書く記事の半分以上は言い回しがとても硬くてゴツゴツしていて、きっと真面目な人なんだろうなと思ったり、思いがけない切り口に、色々なことを考えているんだなと感じたり。


 けれど……本当は ――こんなことを言うと、がっかりさせてしまうかもしれませんが―― 記事の内容を楽しみにしていた、というより、あなたが選んだ古風な言葉や小鳥のように丸くてかわいい字から、あなたの気配や息づかいを感じたい、見ているものや憧れているものを知りたいという思いの方が強かったのです。だから、あなたが山岳部に転部して来るという噂を聞いた日は、とても嬉しくて……




 少し眠っていました。風の音は聞こえません。入口を塞いだツェルトも揺れていません。吹雪は止んだみたいです。雪洞の外に出ると新しい吹きだまりができていました。

 ヘッドライトを外して吹きだまりに飛び込んで、体をぐるっと回して仰向けになって、星空を見上げました。


 何億光年もの彼方から、何億年もかけて届く光――


 星の光には、そういう光が混じっているとあなたは言っていましたね。でも、何億年もの間、どうしてこの光たちは途中で消えずにここまで届いたのでしょう。

 あの明るい光を生んだ星は、今はもう冷え切って真っ暗になっているかもしれない。わたしを照らす光は、ずいぶん前に宇宙から消えてしまった星のものかもしれないのに。


 あっ 流れ星……


     あんなにたくさん……


 どこから始まったのか、どこで終わるのか、本当は誰も知らない宇宙。

 完全な始まりも完全な終わりも、完全なものなんて最初からどこにもなくて、限りなく完全に近いものはあっても、本当の完全なものはなくて。あなたの心も、わたしの心も決して純粋ではなくて。混沌として矛盾していて、次々に新しく生まれて少しの時間を一緒に過ごして、笑ったり泣いたりしたら次々に消えて、そしてまた生まれて、また消えて……


 わたしたちはこの世界に生まれました。生まれてくるすべてのものはどれほど似ていても少しずつ違っていて、いろいろなものがいろいろな濃さで混じり合って、離れたり近付いたり、たゆたったり流されたり、海岸の波のように、いったりきたりを繰り返しています。


 繰り返し打ち寄せる波には同じ波はひとつもなくて、同じ潮騒を奏でることは二度とできなくて、どんな波も、ただ一度の波として生まれて、ただ一度だけの最期を迎えて…… それはあなたもわたしも同じ。


 わたしが死んでしまっても、わたしの死をわたしは悲しむことはできません。わたしはわたしの死を悲しむことはないのです。


 わたしにとっては、わたしに見えるもの、わたしが触れるもの、わたしが感じるものが、わたしのすべてなのです。だからわたしはいつか来るその日をそれほど怖れてはいないのです。


 わたしたちはいつか必ず消えていく。そして……あなたが言っていたように、わたしたちはそれぞれ一人で、きっと一人きりで最後の道を行くのですね……




 きっと

  きっと一人で

   わたし一人で天に向かっていくときの最後の空は、こんな星空で



  こんなふうに風が吹いて

      こうして一人きりで

         本当の一人きりで



  この空の

    信じられないほど綺麗な光の中へ

             昇って行くんだ……






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ