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コンチェルティーノ  作者: 白鳥 真一郎
第七章  わたしを生かした命は消えない
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☆ 青い鳥を探す青い鳥


『……放浪者の多くは心に傷を負って孤独である。だが、彼ら彼女らは束縛を嫌い、文字通り自由奔放に生きる愛すべき存在だ。しかし、これまで見てきたとおり、〝私は宿命的に放浪者である 〟と言った彼女の「放浪者」とは、それらの特徴に加え、どんな時代のどんな場所のどんな環境であっても自分自身であることをあきらめることなく、いやむしろ真性の自分であろうとして 〝善く〟 生きる人のことであった。

 彼女は小説家として認められる前の、貧しく辛い〝苦しきことのみ多かりき〟時期であっても 〝風も吹くなり、雲も光るなり〟などとうそぶいて泰然としていた。自分よりも高みに在る者や豊かな生活を満喫している者たちをその位置から引きずり下ろして自分と同じ貧しい境遇や辛い環境に置いて平等を実現すべきだ、とは考えなかった。

 彼女が目指していたのは、〝自らが自らを真性の自分として善く生きる人〟 にしていく道の、その先にある世界だった。彼女であれば、いついかなる時代や場所であっても、どれほど過酷な環境であろうとも、どれほど追い詰められ孤独であろうとも、いくら弱音を吐こうとも、最後まで自分自身を見失うことは決してないだろう……』


 そして最後、あなたはこんな言葉で結んでいましたね。


『……我々三高生は過酷な受験戦争のただ中にあって、既に例を挙げたとおり、それぞれが懸命に将来の自分の姿を思い描いている。

 だが、それは果たして本当に自分自身が熱望する自分の姿なのだろうか。社会の雰囲気や流行や周囲の熱気や偏差値や競争倍率に合わせて自分を上手に鋳型に流し込むことで何事かを成し遂げたかのように錯覚してしまい、〝真性の自分として善く生きる〟姿を思い描くことを怠ってはいないだろうか。

 正門横の、かつてと同じ場所に紫陽花の咲く母校に現れた十七歳の彼女は、我々に向かってこう言うだろう、「泣くだけ泣かなきゃ、いい人間になれませんよ」と』



―――読み終えて、わたしは思ったのです。「泣くだけ泣かなきゃいい人間になれませんよ」と言っているのは、どう考えても十七歳の女学生ではなくて、大人になってからの彼女だと。

 なぜなら、彼女の評伝を読むと、石を投げられるようにして追われて、けなされて、敵視されて、悪い人と呼ばれて、たくさん小説を書いて、たくさん褒められて、妬まれて、そしられて、愛して、裏切られて、それでも愛して……  そうして泣くだけ泣いていろいろなことをくぐり抜けた彼女が、「ああ、人が生きるってこういうことなんだな、いいこともわるいこともたくさんあったけれど、人が人になるってこういうことなんだな」と自分の人生を振り返っている言葉のような気がしてならないのです。

 この論説の大切な結びに、あなたはなぜこの言葉をわざわざ入れたのでしょう。素敵な言葉なのに、これではなんだか唐突で、もったいなくて。


 それに……将来の自分の進路はそれぞれの人が懸命に悩んで選択しているのです。それがどんなものでも 〝上手に鋳型に流し込む〟というのは皮肉めいていて、失礼な言葉だと思います。人に対しても、あなたが鋳型と呼ぶものに対しても。そう思いませんか? 人は、自分が望む進路を選ぼうとしても事情があって選べないこともあるのではないですか? あなたはそのことをよく知っているはずです。

 

 ここで、この論説には直接関係しないことを少し挟ませてもらえるなら……


 あなたは自分が傷付くことをとても恐れている―― ある方からそう教えていただきました。きっと本当のことなのでしょう。

 高校に入学するまでは転校ばかりして辛かった。両親を恨んだこともあった―― と話してくれたことがありましたね。そしてそれはすべてあなたのお父様の事業に関係しているのだと。


 あなたのお父様はご自身の意志で、苦しみの多い、辛くて困難な、報われることの少ない……とわたしには思えるお仕事をなさっています。でも、はっきり言わせてもらえるなら、あなたが不幸な家庭に育ったとはわたしは少しも思いません。

 わたしはあなたのお父様を尊敬しています。ほんの少しお仕事のお手伝いをさせていただいているだけのわたしがこんなことを言うのはおかしなことかもしれませんが、お父様のなさっていることを近くから、いえ、たとえ遠くからでも心を尽くして見ることがあれば、その大切な意味にあなたも気付くことができると思うのです。


〝傷付いた心を持つ人々の幸せのためなら自分が傷付くことを恐れない〟、〝選ぶ事のできる道があれば、そのうちの最も困難な道を選ぶ〟という生き方をなさっている方が、あなたの身近にいらっしゃるのです。

 今のあなたは傷付くことを恐れすぎているのではないでしょうか。あなたの恐れはわたしの恐れでもあるのです。あなたは誰かを傷付けることも、自分が傷付くことも恐れています。


 わたしは……本当はこんなことを打ち明けたくはないのですが、あなたを独り占めしたいのです。わたしはあなたに拒絶されることを恐れています。そしてわたしは、わたしが誰にも必要とされないことを恐れています。

 わたしはあなたの恐れを、そしてわたしの恐れも、それが本当の恐れではないことを、他の誰かとではなくて、あなたと共に知りたいと望みます。でも、それはあなたにとっては大きなお世話なのでしょうか?


 ごめんなさい、長くなってしまいました。話を元に戻します。

 

 もし、わたしが新聞部の部長だったら――今まであなたにこんなことを話したことは一度もありませんでしたね――この論説は〝書き直し〟です。

 でも、「書き直してね」って言ったら、きっとあなたはいつものように制服のポケットからレモン味の飴をとりだして「どう?」って聞いて、にっこり笑ってうやむやにしてしまうのでしょうね……








 ・引用:"私は宿命的に放浪者である" 


     『放浪記』  林 芙美子著




 ・引用:"苦しきことのみ多かりき"  


     林芙美子が色紙などに好んで書いた詩より


     (原文:花のいのちはみじかくて 苦しきことのみ多かりき)




 ・引用:"風も吹くなり、雲も光るなり" 


     様々な版が存在する。林芙美子が村岡花子に送った詩の一節にも。


      「アンのゆりかご―村岡花子の生涯」村岡恵理著 




 ・引用:"泣くだけ泣かなきゃ、いい人間になれませんよ"


     林芙美子は昭和26年6月28日に47歳で急逝


     死の4日前、ラジオ番組「若い女性」に出演した際の芙美子の言葉より


     NHKは番組の様子を広報用に白黒フィルムを回して撮影していた



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