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コンチェルティーノ  作者: 白鳥 真一郎
第七章  わたしを生かした命は消えない
33/59

☆ 降誕祭の夜






 わたしの心はわたしが決める――― 

 



 生意気なことを言ってしまって、本当に恥ずかしいです。願望なんです。いつかそうなりたいんです。ごめんなさい。何度もお邪魔して、あなたの優しさに甘えてしまって……


 実際のわたしは、自分でも恥ずかしくなるくらい、人に愛されたいという思いが強いです。そのためには何もかも犠牲にしてしまうのではないかと不安になるほどに。






 ✧







「ごめんね。あの日は、あの大きな山に登って星を見ることにしたんだ。ちょっと難しいルートだから一人で行くよ」




 あなたはずっと前からそう言ってましたね。思い切って「一緒に行きたい」って言ったら、あなたは青いマフラーをゆっくり巻き直して、「いつかまた一緒に行こう。予定より早いけど今すぐ出発するんだ。今回はごめんね」と言い残して行ってしまいました。終業式が終わったばかりなのに……


 終業式の翌日はお宮の例祭でした。わたしは真夜中まで神前で神楽を舞って神様にお仕えしました。今朝はとても早く起きて水色の特急に乗って。もちろん朝と昼の二便しかないあの直通列車です。あなたは一人で行きました。わたしも一人で行くことにしたんです。


 終着駅で熱い紅茶を買って赤いバスに乗るとスキーを抱えた人でいっぱいでした。バスは雪道をぐんぐんのぼっていきます。わたしは街の外れでバスを降りました。降りたのはわたし一人。森の入り口でスキーを履いて緩やかな昇り坂を進みます。あの大きな山を目指す一番古い登山道。わたしのほかには誰もいません。


 深い谷を越えて森を抜けました。今まで気付かなかったけれど、遠くに煙突が見えて、うっすら煙が上がっています。きっとあれが《未来》。あなたはまだ知らないはずです。


 真っ白な雪原を横切りました。この先は頂上まで続くまっすぐな尾根道。冬山合宿の時と同じように大きな岩の陰にスキーを置いていきます。靴底に十二本爪のアイゼンを着けて、カチカチに凍ったルートを登りました。


 山頂に着くと雲がすーっと晴れて、まだ登ったことのない山たちが遠くに小さく輝いていました。雪の季節にこんなにくっきり見えるのは初めて……




 今、誰もいない山頂から夕陽を見つめています。裕樹くん、あなたが言っていたのは本当のことではありませんでしたね。




 あなたがどのルートを予定しているのか、それだけでも……と思ってバスに乗る前、赤い電話からあなたの家に電話しました。あなたのお母様は、「裕樹は一人で北アルプスに行きましたよ……」とおっしゃいました。いつもと変わらない優しい声でした。


 あなたは最初から別の山を目指していたんですね。本当のことを知ったのに、わたしはあなたのいるはずのない山頂に来てしまったのです。なぜなのか、自分でもわかりません。


 北の海に突きだした半島が輝きはじめました。たくさんの小さな明かりがキラキラ光っています。まるで大きなクリスマスツリー。あなたは一人で寂しくありませんか? わたしはさみしいです。


 今夜は頂上小屋に泊まります。軒裏に潜り込んで冬用の小さな扉を開けるとギーッと不気味な音がします。港の冷凍倉庫みたいな古い氷の匂いも……


 真っ暗闇の入り口に垂直のハシゴが降りています。ヘッドランプを点けてアイゼンを外しました。後ろ向きになって鉄の棒をしっかり握って。爪先で暗闇を探ります。ザックの重さが少し辛いです。一段降りるたびにカーン、カーン、と響いて、大きくこだまして、永遠に降り続けているように思えて不安です。爪先が、やっと床に触れました。人の気配はありません。


 シュッとマッチを擦って…… 七本失敗して、八本目で赤いキャンドルに火を移すことができました。炎がゆらゆら揺れて。でも、暖炉や七面鳥の幻なんて見てません。一人でアルプスに行ってしまった誰かさんの幻なんて、絶対に見てなんかないんです。


 小さなアルコールバーナーでお湯を沸かしてスープを作ります。とってもいい匂い。商店街の洋食屋さんみたい。キャンドルの光に照らされた干しぶどう、もも肉のローストチキン、箱に入ったケーキ。楽しかったことをいっぱい思い出して、ローストチキンは一本だけ食べました。

 デザートは終着駅の駅前で買ったんです。真っ赤なイチゴふたつと白いクリームで飾った小さな丸ケーキ。もったいないので全部いただきます。




 マットを敷いてふかふかの寝袋に入りました。さらさらして心地よくて暖かくて、だんだん気持ちも楽になって。それに…… とても大切なことですが、たくさん食べたのでおなかいっぱいなんです。急に元気が出てきました。 

 寝るのはやめました。中止です。もう一度お湯を沸かして熱い紅茶を飲んで、あなたと一緒ならきっとするだろうな、と思ったことをすることにしました。


 赤いザックになにもかも全部詰め込みます。垂直のハシゴを一気に登って、力を込めて扉を開けて、思い切り息を吸い込みました。外は真っ暗。風はありません。雪も降っていません。

 ザクザクに固まった雪の上でアイゼンをつけて、キラキラ輝く半島の光が気にならない所まで移動します。凍った南の斜面をヘッドランプで照らして、ピッケルでバランスをとりながら少しずつ降りていきます。


 平らな所で立ち止まって、顔を上げてヘッドランプを消しました。


 


   あ

              あ



     

     あ






       星が


   

        とっても綺麗……
















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