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コンチェルティーノ  作者: 白鳥 真一郎
第一章  記憶より微量の何か
2/63

☆ 遠い記憶

 

  

 

 あっ  

   あれは……



 

 真っ暗な泉の底に浮かび上がったのは ――まるで透明なガラスに固定された標本に顕微鏡の焦点が合うように――  優しい光に照らされて、微笑みながらどこか遠くをひたむきに見つめる人の姿だった。その澄み切った漆黒の瞳の奥に、青白い光が静かに揺れていた。

 

 ああ、 あの瞳は、あの微笑みは、あの制服は―――


 呆然としたまま時間だけが過ぎていった。


 息が苦しい。ぼくは天を仰ぎ、懸命にもがき、深い泉の底から浮上した。




 ✧


 


 目が合うと、隣の人は頬を染めて目を伏せた。少し長めのショートボブ。彼女は耳に掛かった髪を丁寧に下ろし、胸に揺れる白いスカーフの結び目を整えると濃紺のスカートに覆われた膝に両手を重ねた。


 手首に巻かれた黒革の細いベルト。小さな白い文字盤。青い秒針が時を刻む微かな音。三本の白線が巻かれた濃紺のカフス。


 視線を戻すと、わずかに首をかしげて彼女はぼくを見つめていた。黒い瞳の奥に青白い光が揺れた。ぼくはその不思議な光から目を離すことができなかった。


 彼女はほっとしたように微笑むと、まぶたを閉じた。白いスカーフが幾度か上下して、新しい朝に目覚めるようにパチパチと二回まばたいた彼女は、桜色の唇を静かに開いた。


「ユウキくん」


 えっ? おもわず息を呑んだ。彼女は磨かれたばかりの鏡のような目でこちらを見つめている。


「コスギ・ユウキくん」


 彼女は再びぼくの名を呼んだ。まさか…… ぼくは胸に詰まった空気を喉まで押し上げた。


「もしかして、あなたは……  あなたはタチバナ・アオイさん?」


「はい」と彼女は答えた。白い歯がチラッと見えた。胸が甘く溶けてしまいそうな懐かしい笑顔。

 

 

    あり得ない……


  








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