5 ギルドに入ったら、ヒロインが枕営業を迫られた――超理論を真面目に語る漢
それから3日3晩歩き続け、俺達は目的の街――『ハンベル』に辿り着いた。迷宮の一つにでも潜りたい所だったが、サラ曰く、ヒーラー不在では厳しいらしい。
俺の聖適正はAなので、鍛えれば回復魔法も使えるのだが、習得にはまだ時間が掛かる。今はまだ、最も適性の有る雷属性しか練習していない。
「入るわよ、怜司。最前線のギルドだから気を引き締めるのよ」
「分かってるよ。あんまり目立たないようにすればいいんだろ?」
「分かってるじゃない。あなたはステータス以外地味だから、それさえ隠せば大丈夫よ」
サラが扉を開けた瞬間、椅子に座っている冒険者達が一斉にこっちを向く。
その中で一番手前に座っている男が立ち上がり、俺達を見る。そして口に手を当て大きく音を鳴らした。
「新入りだぁ」
「見ねぇ顔だな。何者だ?」
「可愛い娘いるじゃん」
「えっ、どこだよ?」
「左の子、おっぱい無いけど、脚メッチャ綺麗じゃね?」
「やばっ、幾らでヤらしてくれるかな?」
ギルド中の視線がサラに注がれ、彼女は居心地悪そうに体を震わせる。しかしその動きが、余計に男達の劣情を煽ったらしく、気付いた時には囲まれていた。
チャラい男が歩み出て、サラの肩に手を乗せる。
「ねぇ、お姉さんどこから来たの? 金で困ってるなら助けてやろうか?」
「汚い手で触らないでくださいます?」
サラが手を振り払うが、今度は脂ぎった大男がサラと肩を組む。
「まぁ、来たなら一杯飲もうや」
「結構です。私達は依頼を受けに来ただけなので」
その瞬間、俺に視線が集中し、バンダナを巻いた犬みたいな顔の男が、鼻息をぶつけてくる。
「兄ちゃん、彼氏?」
「違うけど」
「じゃあ、この娘売りに来たの? これでどうかな?」
男が指を2本立てる。思わず絶句する。
俺がサラに売春させにきたと思ってるのか?
「バカ、2万は安いだろ。俺は4出すぜ」
「俺は8出すぜ。兄ちゃんも混ざっていいぞ」
「20出すから1日貸してくれよ。皆でシェアずんぞ」
歓声が上がり、ギルドが喧騒に包まれる。突然現れた美少女に全員が目をぎらつかせている。
どうしようもなく腹が立ったが、ここで暴れても事態を荒立たせるだけだ。サラと俺は我慢して、盛る男達をかわし続ける。
とその時、奥から茶髪の男が歩み寄ってきた。同時に男達は俺達から距離を取る。
茶髪の男が口を開く。
「俺はパース、このギルド締めてるパーティーの魔法剣士だ。ようこそ、俺達のギルドへ。歓迎するぜ」
――やっとまともな奴が来たな。
パースは言葉を続けていく。
「ここのギルドには、ルールが有るんだ」
「聞かせてくれ」
「仲間は信頼し合わなければいけない。そうだろう?」
もっともな事なので、俺達は頷く。
「だが、何の証拠も無しに信頼する事なんざ出来ねぇ。冒険者はそんなに甘いもんじゃねぇ……そこでだ。俺達は信頼関係を築くために、新入りにテストを課してんだ」
わずかに、室内が盛り上がる。嫌な予感が脳裏を過ぎり、その予感は的中した。
「俺達からのお願いが聞けるか、どうかって話だ。男は5分間ボコられる。女は服脱いで一日ギルドで横になってもら――」
瞬間、澄んだ声が一閃する。サラは青紫の瞳に、怒りの色を浮かべている。
「ふざけないで」
しかしパースはそれを全く気にせず、淡々と続けた。
「女はちょっとした事で、すぐ逃げやがる。裸で一日寝転がれない奴が、命張ってモンスターに挑めるのかよ?」
「それは違――」
「違わねぇよ。じゃあテメェ、仲間の為に股開けねぇ奴が、仲間の為に命張れると思ってんのか?」
サラは絶対に譲れないらしく(当たり前だが)、パースに激しく食って掛かる。
「この、畜生共っ。女性を辱めるのに、理由を付けてるだけじゃない」
「違うな。事実、テストを課し始めてから、逃げ出す女は居なくなった。テメェはここに足を踏み入れた。その瞬間変わったんだよ」
パースが叫ぶ。
「『冒険者である前に、女であったお前』は『女である前に冒険者になるんだよ』。ここにいる奴は、冒険者だ。冒険者は安定しねぇから、家庭を創ることを望めねぇ、皆全てを捨てて冒険に賭けてんだよ。命張ってんだよ」
「お前だけ、全部取ろうとするんじゃねぇぞ。中途半端に片足突っ込もうとしてんじゃねぇぞ。生言ってんじゃねぇぞガキがっ」
――成程。
一般人ならパースを詰るだろうが、パースの言う事にも一理有る。確かに肉体関係をもつ事は、手っ取り早く信頼関係を構築するのに有効だ。
性欲を正当化するための後付け理論だろうが、意外としっかりしている。
これで『先輩も皆経験してるよ』が入れば、大学の危険サークル新歓テンプレになるが……。
――まぁサラの事だから、怒って外に出ようとするだろうがな。
そして予想通り、サラは乱暴に床をけり、パースに背を向ける。
「こんな野蛮人ばかりの場所には居られないわ。行くわよ翔太」
しかし男達が入り口をふさぎ、身動きが取れなくなる。
そしてパースが下卑た笑みを浮かべて、ギルド全体に聞こえる声を出す。
「ギルドに入った時点で仲間だからな。なぁ皆」
瞬間、地鳴りのような歓声と共に、ギルド内が一斉に立ち上がる。全員が欲望で目をぎらつかせているがしょうがない。
サラは、それ程までに美しいのだ。俺だって狂わないように自制し続けている。
「サラ」
「何よ」
サラが俺に目を合わせる。気丈に振舞っているが、彼女の声は震えている。
「俺の事信じられるか?」
瞬間、サラの顔が真っ赤に染まる。知力9は伊達じゃない。
「何言ってるのよ。怜司までエッチな事しか考えてないの?」
「いや、2割ぐらいしか考えてないけど、信じられるか?」
「……なら7割、ううん8割くらい信じられるわ」
「分かった。なら俺に任せとけ」
俺もサラも、ステータスだけの駆け出し冒険者だ。
そして彼女の発言――『ヒーラーが居ないから、迷宮に潜れない』などから推測するに、サラの戦闘経験は俺が予想していたより少ない。
彼女は強がっているが、実際は不安でしょうがないのだ。
そしてこの場に俺より強い奴はいない。
――特技識別Sは伊達じゃない。
俺は買ったばかりの曲刀を抜き、パースに向ける。
「決闘だ、パース。俺が勝ったら、俺達は明日からギルドを好きに使わせてもらう。お前が勝ったら、お前達の流儀を通そう」
パースは腰から剣を抜き、そして俺に真っ直ぐ突き付けた。
「いいだろう。泣いて詫びても許さねぇぞ」