2 ステータスが爆アドな件について
城から出た直後、姫は俺の手を振り払って早歩きを始める。
「おい待てよ」
瞬間、姫が勢いよく俺に振り向いた。彼女は目を吊り上げて、ヒールのかかとを石畳に打ち付けている。
「なによ。何か文句ある訳?」
その言葉で全てを悟る。
――この女は相当にどぎつい性格だ。
「お前は俺の嫁なんだろ? だったら俺の隣を歩くべきだろうが」
すると姫は、表情をゆがめて腰に手を当て……地面につばを吐いた。
「あなたみたいなガリガリで、目付きの悪い奴が出てくると思わなかったわ。勇者ならもっとイケメンになりなさいよ。私が嫁ですって? 何言ってんだよクソミソカスがっ。鏡見て出直してきなさいよ」
確かに眼前にたたずむ少女は可憐である。青紫色の瞳に、絹のように滑らかなブロンドの髪、そして目鼻の整った顔立ち……しかし、
「でもお前貧乳じゃん。よく俺に向かって『ガリガリ』とか言えちゃうよね」
瞬間、姫の顔に青筋が浮かび上がる。
「あ、あなた、私に向かって何て事を……」
「俺は勇者なんだろ? もっと敬うべきじゃないの? 多分お前より強いんだぞ」
俺が言うと、姫は片目を瞑って胸に手を当てる。そして得意気な顔で一枚の札を取り出した。
「いいかしら? よく聴きなさい。確かにあなたは、異界から召喚された勇者様よ。だけど私はあなたよりも有能なの。ここにあるステータスカードが、それを代弁しています。よく御覧なさい」
姫に歩み寄り、カードをひったくると、そこにはRPGで有りそうなステータス表が載っていた。
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ステータス
体力7―魔力9―知力9
属性適正
火B―風B―雷B―土B―水B―聖C―闇S
特技
剣術A―統率B―勇戦S
総合評価302/400
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「お分かり頂けたと思いますが、私の評価値は302です」
姫はカードを突き出して、胸を張っている。しかし基準が分からない為、首をひねらざるを得ない。
「ふーん、それが凄いのか分からないから、具体的に説明してくれないか?」
「そうだったわね、勇者様。私が丁寧に教えて差し上げますわ」
姫が蔑むような視線を俺に射てくる。そしてわざとらしい口調で話し始める。
まるで銀座の中途半端なレストランに生息し、旦那の給料でただ飯をカッ喰らっているババァみたいな口調だ。
「評価値とは、人間の価値ですのよ。体力・知力・魔力は10段階評価なのです。1~3は凡人で、5で軍の幹部、7あれば天才、9ならばその分野で魔王と同格でございます。属性適正はF~Sまで有るのだけど、普通は一つを除いて全てFなのです。特技に至っては、庶民は保有しないことが多いわね」
その後も長ったらしい説明が続く。要するに、こういう事らしい。評価値は400点満点で、
一般人30~70
騎士100~120
勇者150~
魔王の平均350
だと言うのだ。ここまで説明されれば、姫の302が凄まじいことにも納得できる。
「という訳なの。我が北王国では、国中の魔力を結集して年に一度『召喚の儀式』を行っているわ。今まで50回ほど召喚してきたんだけど、評価の最大値は137だった。それでも10000人に1人の才能ではあるんだけどね。だから貴方は150以上の初異世界人よ」
「成程な、だけどおかしな事が有る」
「何よ?」
「お前が勇者として、魔王を討ちに行けばいいんじゃないか?」
すると姫がバカにしたように鼻を鳴らす。
「そんな面倒臭いことはしたくないわ。魔王の方が強いって評価値も示してるじゃない」
「よく周りに認めてもらえたな」
俺が言うと、姫はやれやれと両手を振った。
「私は自由になりたいの。偽造したステータスカードを提出して、勇者が召喚されたら結婚するって宣言してたのよ。だから貴方との結婚も偽造なの。お分かりかしら? 評価値200未満のお雑魚様」
思わず言葉を失う。眼前の姫はゲスいという次元を超えていた。
「……よく分かったよ。それじゃあ、この武器の好きな方を持っていって良いか?」
俺が言った直後、姫が大きく目を見開く。
「貴方、何を言っているの?」
「だってそうだろ? 俺が国王から貰った武器は2つ。離婚するならこの場合折半が妥当だろ。小物はいらない。金と武具だけくれれば構わない」
別に姫とこの場で別れてもかまわない。話を聞く限り、俺の価値は結構高い。姫からすれば150は低いのかもしれないが、騎士が評価値100~120の時点で十分だと言える。
最高の武具を売って纏まった金を得れば、後は何とでもなるだろう。
「とりあえず、自分のステータスを見たいから、ステータスの確認にだけ付き合ってくれよ」
言い終わると、姫は後ろ手を組んで口笛を吹いた。
「流石にそこら辺のゴミよりかは使えるみたいね。ステータス構成がしっかりしてるなら、下僕にしてやってもいいわよ」
姫はそう言って手を差し出してくる。
「サラよ。サラ=スチュアート。短い間だけどよろしくね」
「来栖怜司だ。こちらこそ、案内頼む」
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案内された先は、典型的な冒険者ギルドだった。昼間から呑んだくれているゴミ共を無視して、受付を済ませる。
サラに教わりながら一応の冒険者登録を済ませ、ステータスカードを発行する装置の前に立つ。
お約束と言うべきか、野次馬が続々と集まってくる。
「お、新入りが発券するみたいだぜ」
「弱そうだな。50も無いに決まってるぜ」
「顔色わりぃな。ありゃ仕事首になってるぜ」
「失業して、訪ねてくる奴は皆低スぺだもんぁ」
「おい坊主、ここは体売る場所じゃねぇんだぞ」
「……何だここは?」
思わず顔を引きつらせると、サラがなだめるように下から覗き込んでくる。
「いいじゃない。ここに居るのは、精々100かそこらのクソゴミよ。150も有れば、全員掌返すから」
「それはそれで困らないか? 付き纏われると面倒なんだが……」
「大丈夫よ。評価値高い奴に逆らったら、酷い目に遭う事くらい連中も心得てるから」
その言葉を信じて、装置に手を当てる。
瞬間、装置が青く光って唸り声を上げ始める。
――ギーコ、ギーコ……ギーコ。
『成郎来栖、25歳男性、以下の職業に適性有り(取得可能)』
――ギーコ、ギーコ……ギーコ、ギーコ。
『弓士、銃士、魔法師、盗賊、暗殺者』
野次馬が騒ぎ出す。
「おっ、意外と使えそうな奴じゃねぇか」
「だが器用貧乏タイプだな」
「騎士団でいじめられたのかね」
しかし、これ以降野次馬のざわめきはしぼんでいった。
――ギーコ、ギーコ……。
『竜騎兵(2543)、暗黒騎士(1340)、聖騎士(849)、魔法騎士(991)、祓魔師(208)…………』
一目で上級職だと分かるモノが並んでいく。
――ギーコ。
『勇者(7)』
野次馬が沈黙する。そしてサラが俺の耳に囁きかけてきた。
「勇者以降、職業がいくつ出てくるのか楽しみね。1つ出てきたら、上出来だと思うわよ」
「サラは幾つ出てきたんだ?」
するとサラは両手の指で数え始める。
「3個くらいだったと思うけど、そんなの訊いても――――ッ」
サラが沈黙する。無理もない、何故なら――――
――ギーコ、ギーコ、ギーコ……ギッギッギッギッ……。
『革命家(1)、天覇将軍(3)、僧正(1)、魔導士(3)、挑戦者(0)、賢王(0)……救世主(0)……魔王(3)以上。ステータスに移ります』
誰も何も言わない。口を開こうとする者は居なかった。俺スゲェ、と喜んでもいい場面なのだろうが、挑戦者以降の字面に圧倒されて言葉が出ない。
――ギッギッギッギッ……。
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ステータス
体力8―魔力8―知力10
属性適正
火A―風A―雷S―土A―水A―聖A―闇A
特技
分析S―統率S―商才S
総合評価335/400
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総合評価が出た瞬間、俺はサラの手を引いて駆け出した。
追ってくる者はなかった。サラも目を見開いたまま、抵抗せず俺に引っ張られている。
――何だこりゃ、何だこりゃ……。
異世界に転移された時から予想はしていた。期待もしていた。俺はチートスキルを手に入れるのではないか、俺は現実知識で無双するのではないかと。
その期待は裏切られたのだ。純粋にとんでもない才能を持って転移したのだ。
……そして、職業欄の後ろに付いていた数字、アレは恐らくその職業に就いている者の数だ。勇者より上の職業に就いている者が魔王含めて11人、俺を含めて12人、これ以上楽しい状況が有るだろうか?
これ程に心躍る状況は有るだろうか?
これ程に、夢とロマンにあふれた状況は存在し得るだろうか?
いや、存在しない。
現実に於いては存在しない。
この身が現実に縛られている限り存在し得ない。
如何に容姿が優れていようと、如何に才能に恵まれていようと、如何に金が有ろうと、俺の心が躍ることは無かった。
――そう、現実世界ならば。
「なぁサラ、俺の評価値って高いのかな?」
「…………」
「サラ?」
問い掛けると、サラは一瞬呆け顔を晒した後にうなずく。
「ごめんなさい。少し飛んでたわ」
サラは正面で腕を組み、記憶を探り出すが如く目を瞬かせる。
「私の知る限り、人間でそこまで高い奴はいないわね。そこまで行けば、ステータス構成関係なく、現状貴方は最強の、その一角で間違い無いと思う」
「そうか、じゃあ俺はお前より強い――」
「勘違いしないでよね。アンタみたいなガリガリで、魔法の基礎も知らない男には負けないわ」
そう言って、サラは俺に背を向けた。
「おい、どうしたんだよ」
彼女は肩越しに言葉を投げてくる。
「さっきは散々言って悪かったわね。貴方くらい強かったら、本当の勇者になれると思う。挑戦者ってそういう事だと思うわ。でも残念、私に魔王と戦うつもりなんて無いのよ」
「…………」
「約束通り、ここでお別れよ。私は一人でもやっていける」
まるで、自分に何かを言い聞かせるような彼女の言葉に、違和感を覚える。
サラは一人でもやっていけると言った。しかし彼女が、態々《わざわざ》それを口に出す理由が無い。彼女が一人でもやっていける事は、誰の目から見ても明らかだ。
つまり、彼女の真意は……。
「一人でもやっていける? 何をするつもりだ?」
問うと、彼女はしどろもどろに言葉を並べる。
「それは……ゆっくり、そう、ゆっくり静かに暮らすのよ」
「静かに暮らすには、王宮が一番適してるんじゃないのか?」
サラが沈黙する。
その背中が、彼女の不器用さを表しているような気がして、それを見た俺の胸にふつふつと想いが湧き上がってくる。
そして何よりも……、
俺を召喚した際に見せた、希望に満ちたサラの笑顔に、『作り笑い』なんてラベルを貼れる訳無い。
彼女は、勇者を――自分を理解できるだけの、連れ出してくれる可能性をもった人間に出会えて笑顔を見せたのである。
俺に彼女と歩いていくだけのチカラが有るとは限らない。ステータスは機械の誤作動で生じたものかもしれない。だが……彼女と冒険してみたいという気持ちに偽りは無い。
「しばらく一緒に行かないか?」
提案すると、サラがわずかに顔を伏せ、一音一音零すように発していく。
「わ、私は王宮から一歩も出た事無い、毒舌で無礼で世間知らずな小娘なのよ」
「心躍る冒険がしたかったんだろ、違うか?」
しかし、サラも引っ込みが付かないらしく、たどたどしい口調でなおも抵抗する。
「貴方、私の事を貧乳だって言ってたじゃない。む、胸だけじゃなくて、色々乏しいわよ」
「それはお互い様だろ。こっちこそガリガリで悪かったな」
瞬間、サラが小さく笑い、華麗に半回転する。どうやら心を決めさせる事が出来た様だ。
視線が交錯した時には、自然と握手が交わされていた。
「サラ、これからよろしくな」
「こちらこそ、存分に頼らせてもらうわ。怜司さん」
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俺は異世界で目一杯生きようと思う。意味が有るのかは分からない。この世界の事は何も分からない。ダチは全員笑うかもしれない。
だけど、ここには現実世界に無い何かが有って、きっと何かが見つかるのだ。