21 ハンベルの継父
召使の買収は、驚くほど上手くいった。買収と言っても、一方的に情報を与えただけだ。裏切られても問題ない程度の情報を渡し、作戦の存在をほのめかすだけに留めている。
こうするだけで、召使達は裏切りの決断をしやすくなるのだ。
ホテルに戻り、冒険者に頼んだ買い物を確認する。冒険者は俺の指示通りに動いてくれたようだ。
「怜司、あの人に何を買わせたのよ? 私に説明してくれない?」
「遊びだよ遊び。占い師やろうと思ってさ」
言った瞬間、サラが信じられないものを見る顔をする。
「……バカじゃないの?」
身体を引くサラの肩に手を当て、首を振る。
「まぁ、そう言うなって。次に来た人を占ってやるよ」
「やってみても変わらないわよ。占い師を馬鹿にしない方がいいわよ」
「着替えてくる。人が来たら、引き留めといてくれ」
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黒いローブに体を通し、仮面をつける。右手には薄汚れた本を持ち、左手にはそれらしい水晶玉を持った。
俺は準備完了だ。
――後は。
「ほらミラ、お前もこれを着るんだよ」
ミラを捕まえて、黒い布を被せようとするが、雷竜は嫌だ嫌だと抵抗してくる。
「嫌じゃ。何故我が、このように薄汚れた召し物に身を通さねばならぬ? 納得できる理由を――」
「じゃあいいよ。お前は置いてく」
「ふん。好きにすればよいのだ」
ミラは俺の腕から逃れ、ぷいと横を向く。
しかし、俺がミラに背を向けた瞬間、ミラは焦ったような鳴き声を上げた。
「のう怜司、お主はいつ戻ってくるのだ?」
「えっ、そんなの分からないぞ。第一、俺の命令が聞けない奴のために、何で戻ってこなきゃいけないんだ?」
軽い冗談のつもりで放った言葉だったが、ミラには効果抜群だったらしく、彼は体を小刻みに振るわせ始める。
「我が居なくては、お主の覇道に差し障りが有るだろう。連れて行くがよい」
「嫌だね。付き合い悪い奴は士気を下げるからな」
そう言うと、ミラはつぶらな瞳をウルウルさせ始めた。
「着れば、連れて行ってくれるのだな?」
俺がうなずくと、ミラは黒い布を持ち、中に首をくぐらせる。
「どうだ怜司、我はお主の守護獣として相応しいだろう?」
「はいはい、相応しい相応しい」
ミラを抱き上げて肩に乗せると、彼は嬉しそうに頬擦りしてくる。今ので分かったが、この竜は本当に懐いているようだ。
さて、着替え終わると、サラが面倒くさそうに冒険者の男と話していた。
男はサラの肩に腕をまわし、彼女の耳元で何か言っている。
ガタイの良い男だ。彼は呆れる程に金色な髪を振り、全身のアクセサリーをジャラジャラ言わせている。
「ねぇいいじゃん。俺、サラちゃんともっと一緒に居たいんだよ」
サラは煩わしそうに首を振り、冷たく言い放った。
「私はあなたなんかと一緒に居たくないですから」
「そんなこと言わないでよサラちゃん。俺は、キミの瞳に……恋、しちゃったんだ」
「(――――ッ、ぶはっ)」
あんなセリフを吐く男が居たとは……思わず吹き出してしまった。
面白いので、しばらく様子を見ることにする。
サラはシュールなドン引き顔を浮かべ、吐き捨てる。
「もう帰ってください。私はあなたの瞳に恋してませんから」
サラは男に一撃加えるが、男はひるむことなくサラを口説き続ける。
「…………怜司………………たいんでしょ?」
男がサラの耳元で何かを囁いた瞬間、さっきまで微動だにしなかったサラの顔が大きく崩れ、彼女の頬が真っ赤に染まる。
俺の耳では聞き取れなかったが、ミラが楽しそうに笑ったので、碌な事ではないのだろう。
「な、なにょ、何を言ってるんですか。誰がそんにゃ――」
「見てれば分かるんだよね。でもさ、初めてだと、怜司にも迷惑かけるよ。面倒くさい女だと思われちゃうよ? そんなんでいいの?」
男が言った瞬間、サラはうつむき、弱弱しい声を出す。
「……やっぱり、面倒臭い女だと思われてるんだ。私、私……面倒臭い女だと思われてるんだ……」
――いや、面白いんだが、色々ヤバそうだよな……。
俺が足音を立てて部屋に入ると、男が舌打ちし、サラは顔を輝かせる。
「れ、怜っ――」
サラは俺を呼びかけて、慌てて口をふさいだ。可愛い。
俺が男の前に進み出ると、彼は不機嫌をあらわにする。
「今は占いなんて気分じゃねぇんだよ。とっとと失せな」
「まぁ待ちなさい。俺――ゴホンッ、私はこれでも名の知れた占い師だ。記念すべきハンベルの第一号として、私の助言に耳を傾けてみないかね?」
俺が言うと同時に、ミラが首を傾ける。その愛くるしい姿を前にして、男の顔に笑みが浮かんだ。
「しゃあねぇな。タダって事なら聞いてやるよ」
「ではそこに座ってくれ。君の運勢を占ってあげよう」
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水晶玉を机に置き、それらしいように手をはわせる。
「名前は?」
訊くと、男はニヤリと笑う。
「それくらい当ててみろよ」
そんなこと分かるに決まっている。コイツはギルメンなのだ。
「……ジョン、だな?」
「こりゃ驚いたな。水晶玉に何か出てるのか?」
「そうだ。水晶玉には星の光が差し、君の影が映る。私は、人の影に星の光を当てて運勢を視ている」
全部出まかせだが、ジョンはクソバカだったらしく、俺の話を真に受けていた。
「それでは本題に入ろうと思うが、まず確認だ。お前は今の生活に満足していないな?」
ジョンがうなずく。
「積極的に人と関わろうとするときも有れば、一人で居たいと思うときも有る。間違いないな?」
「あぁ、間違いないよ」
「変わらなければならないと分かっているが、どこを変えればいいか分からない、どうやって変わればいいか分からない。そうだな?」
ジョンがしきりに頷くのを確認し、俺は特大の爆弾を放り込んだ。
「そして、最近女に逃げられた……というわけか」
――ガチャン。
ジョンが勢いよく立ち上がり、椅子が床を転がった。
「そんな事まで分かるのか。教えてくれ、どうして、どうしてアイツは…………」
ジョンが頭を下げて、訊いてくる。
ぶっちゃけ言うと『金』の問題だ。ジョンは最近クエストを受けずに、遊んでばかりいたらしい。このタイミングで見放されたとしたら、そこが問題だろう。
「彼女はお前の事を好いているはずだ。私の言う通りにすれば、必ず上手くいくだろう」
「本当に、まだチャンスは有るのか?」
「お前は人柄もよく、好感のもてる男だ。だから、絶対にチャンスは有る。私の助言を聞き、実行すれば間違いない」
耳を傾けるジョンに向けて、アドバイスをしていく。
「まず髪を黒く染めて服を新調しろ。財布や時計も買い替えて、変わった自分をアピールしろ。そして―――――――――――――――――――――別れたのは自分の性格が問題であった事を伝え、真摯に復縁を願えば必ずうまくいく」
一通り言うと、ジョンが心配そうに訊いてきた。
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。お前はしっかりと反省している。だから、絶対に上手くいく。占い師である私が言うのだから間違いない。彼女と復縁するなら今しかない」
少し話した後。ジョンは何かを決心したような表情を浮かべ、俺達の前を去った。脈絡の無い『だから』、理由なき断定の多様。詐欺師初級のテクニックだが、上手くいったようだ。
軽い気持ちでやってみたエセ占い師だが、存外に良い仕事ができるかもしれない。
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着替えてテーブルに戻ると、サラがしれっとした視線を向けてくる。
「さっきの茶番は何よ?」
「言っただろ? 占い師になるんだよ。ロージアンの件が片付くまで、俺はそれで身を隠す」
何か言われるだろうと身構えたが、サラは笑顔でうなずいた。
「分かったわ。怜司には何か考えが有るんでしょ? さっきのペテンも普通にアドバイスしてあげてたし、良かったと思う」
「お前、本当にいい奴だな」
思わず言うと、サラは俺から顔をそむけて腕を組んだ。
「褒めても何も出ないわよ」
クソ茶番です。申し訳ございません。




