19 過払い税金、回収しましょう
俺とサラとミラは、初日に取った宿の一回でくつろいでいる。迷宮には、もう一週間潜っていない。
ステータスカードを見せた途端、商人たちの態度は一変した。婚活パーティーの出席者顔負けの手のひら返しである。
「それにしても、商人がカード一枚で態度を変えるとはな……」
ひとりごちると、ミラが鼻を鳴らす。
「それはそうであろう。お主ほどの才覚は世界に10人と居らぬ。加えて商才Sだからのう」
ミラが言うには、『商才S』は滅多に現れない。そして、この街のハンベル商店連合を設立したのが、『商才S』の冒険者だったらしい。
要求は驚くほどあっさり通り、俺はサラやギルドの皆と作戦を実行している。
作戦と名付けているが、やっているのは簡単な事だ。商店連合のクエストを俺が受け取り、冒険者仲間に回している。
商店連合からしたら、クエスト依頼費が安く済み、国家の仲介が無くなるので依頼の達成が早くなる。
ピンハネされないため、冒険者にも報酬が行き渡るのだ。
――損するのは、国家とロージアン伯爵である。
最初からこの作戦を実行しようとしていたのだが、肝心の依頼が無かったのだ。
商店連合の依頼を全てもらっているので、俺がするのはクエスト回しだけだ。商店連合の依頼を冒険者に直接割り当てればいい。
作戦を始めて一週間、ギルドには一切の人影が無い。
「そろそろかな?」
つぶやくと、隣に座るサラが首を傾げる。
「何の事?」
「いやぁ、そろそろ伯爵かギルドの――」
瞬間、ドアが音を立てて開き、制服に身を包んだ女性が数人入ってくる。
――来たか。
眼鏡を掛けた、真面目そうなギルド職員達に向けて右手を挙げる。
「こんにちは。歓迎するよ」
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「短刀力入にお伝えします。これ以上公務を妨害されるならば、あなたは処罰されます。ギルドの邪魔はお止めください」
「それはコッチの台詞だな。冒険者から搾取するのは、お止めくださいませ」
瞬間、入ってきた女性職員達が唇をかむ。
「いつまで片棒を担ぐつもりだ? まともな人間なら、ロージアンが人道を逸していると考える」
「それは――」
別の職員が口を開こうとするが、手を出して押しとどめる。
「分かってる。ギルドも一枚岩じゃない。ギルドにも親伯爵派と反伯爵派がいるんだろう。あなた方は反伯爵派だ」
「…………」
「来訪の目的は俺への警告。そうとも、バレないはずが無い。そして真っ先に俺が消されるのは道理だからな」
ここまで一息で言うと、職員が口をはさむ。
「そこまで分かっているなら、どうして余計な事をするんですか? 新入りのあなたがする行いではない」
ギルド職員は俺の身を案じてくれているらしい。俺の身が危なくなっているのだろう。しかしそんな事は予期している。
「そもそも処罰されるっていうのが、おかしな話なんだよ。俺の行いは法に触れていない。冒険者ギルドの仕事を横取りするなっていう法律は無いんだよ。なぜだか分かるか?」
「……公益性、ですかね」
「その通り。冒険者ギルドにクエストを依頼する事が、全員にとって最も良い方法なんだよな」
冒険者ギルドは、クエスト依頼料を依頼者の所得に合わせて徴収する。そして難易度に応じた報酬と共に、冒険者へと回すのだ。
これだけ見れば、富裕層が損をしているように見えるが、その分だけ富裕層に便宜を図っていたのだろう。
・貧困層は安くクエストを依頼できる。
・富裕層は払った額に応じた利権や特権を手に入れる。
・冒険者にとって、最前線ギルドは騎士団への登竜門である。
国や貴族にピンハネされるという不利に釣り合う有利が取れていたからこそ、ギルドは成立していた。
有利は価格であり、特権であり、機会だったのだ。
しかしギルドは一つの市場である。ロージアン伯爵はギルドに課税し過ぎたのだ。
「ロージアンの私税50%はやり過ぎだな。奴が取れる税は、騎士団への推薦権の価値分だけだ。俺には騎士になるメリットが分からないが、50%の税率に見合うとも思えない」
言い終わると職員が口を開く。
「おっしゃる通りです。しかしギルドに取って代わる組織は現れませんでした」
それはそうだろう。ギルドの仕事を奪うためには、『資本』と『肩書』そして『信頼』が必要となる。
確かに、開業資金と信用を持ち合わせている者は存在する。
――そう、商店連合だ。
ギルド職員達を真っ直ぐ見つめ、確認するために口を開く。
「商店連合は肩書を持ち合わせていないからな。ギルドは国家や貴族の『信頼』、『肩書』を金に換える商売だ。それらを持ち合わせない者がギルドの代わりを務めても、働き損になるだけだ」
「はい、その通りです」
「ロージアンが税率50%を続けるなら、対抗の余地がある。商店連合が参戦すれば、税率は下がるかもしれない。それをしなかったのは、ロージアンに敵対したくなかったからだな?」
「はい、間違いありません。それにロージアン伯爵は依頼者に課税しているのではなく、冒険者に課税しています」
「しかし高税率のせいで、冒険者の街離れが進んでしまった。そしてそれは、富裕層全体にとって都合が悪い」
分かり易く言えば、ロージアンが焼畑農業しまくったせいで、街が何も実らない畑になろうとしているのだ。
手帳を広げて集めた情報を確認し、頭を回して自分の論理をもう一度たどってみる。間違いは見つからなかった。
「少し確認したい事が有る。ギルド職員には二つの派閥が有るな? さっき話した親ロージアン派と反ロージアン派の事なんだが……」
質問すると、ギルド職員は軽くうなずく。
「その通りです」
「親ロージアン派は、地主を始めとする土着富裕層だ。反ロージアン派は商店連合を始めとする流動的富裕層だな?」
瞬間、ギルド職員達の顔がこわばる。
「なぜ、そんな事が分かるのですか?」
「簡単な話だろ。地主は街を離れられないから、ロージアンと対立できない。商人はいざとなれば金持って逃げりゃいい」
「…………」
どうやら図星だったようで、ギルド職員達は黙り込む。
「アンタ達は戦える人間で、親ロージアン派は戦えない人間って事だ。誰もロージアン伯爵に味方したいと思っていない。これで合ってるか?」
「…………」
「そこで、戦えるアンタ達に相談なんだが、ギルドの帳簿をくれないかな?」
ギルドの職員達の顔に、驚きの色が差す。
「帳簿を何に使うつもりですか? 中央政府に告発しても平民の告発なんて――」
「それは、決定的な証拠を押さえてないからだろ?」
そうなのだ。ロージアンがギルドに課税する事は、国の法律で認められている。極端な話、税率を99%にしても俺達は訴えられない。しかし…………。
――俺の見立てでは、ロージアンは国の取り分に手を出している。
「国に対する背信行為を働いたとなれば、話は別だろ?」
「そんな事を証明できる方法なんて――」
ギルドの女性職員が言った瞬間、今まで黙っていたサラが、テーブルから紙束を持ち上げる。
「方法は有るわよ。ここに国の帳簿が有るんだもの」
「有り得ない! それは本物なの? 貴族じゃないと絶対に開示できない情報ですよ!」
職員は叫ぶが、これだけのチートが揃っているのだ。出来ない事などほとんど無い。
サラのツテで北王国と中央王国の国境を治める貴族に接触し、ミラの財宝を一部握らせたのだ。
帳簿を照らし合わせれば、色々な事が分かってくるはずだ。
ためらう女性職員達を安心させるために、うなずきかける。
「心配するな。アンタ達の安全は俺が保証するよ」
職員達は、俺を信用して帳簿を預けてくれたのだが、俺の予想通りロージアンは国の取り分を横取りしていた。




