17 追い出すためには、どうしたらいいのでしょうか?
伯爵が帰った後、俺とサラはクエストに行かずに話し合っていた。
「さて、どうするかな。まずはサラの考えを聞きたいんだけど」
サラがグラスに付いた水滴を指ですくう。
「分かったわ。結論から言うと、伯爵を何とかするのは無理よ」
「無理って何だよ。考えを聞かせてくれ」
サラが面倒臭そうに肩をすくめる。
「先に断っておくけど、ここは中央王国なの。だから北王国の姫である私には、何も期待しないで頂戴」
「分かった」
うなずくと、サラは真剣な顔で話し始める。
「貴族は国王から地域の支配を任されているの。つまり『ロージアン伯爵がルール』なのよ。彼を追い払ったとしても、中央から軍がやってきて鎮圧されるのよ」
「成程な。国王に直訴して成功した例とかも無いよな?」
「有るわけ無いじゃない。キリが無いわよ」
「ストライキ……全員がクエストを受けなければいいんじゃないか?」
「それも無理ね。隣のギルドから冒険者が流入するに決まってる。何より生活費が稼げなくなるじゃない」
「成程な。普通にやっても勝てないわけだ」
瞬間、サラが拍子抜けした顔をする。
「やけにあっさりね。残念がらないの?」
その言葉に首を振る。
「この世界の連中がやれる方法で打開できるなら、こんな状況は生まれてない。サラに何とかできるなら、お前はこんな所に居ないだろ?」
そう言ってグラスを煽ると、サラが苦笑する。
「確かにね。賢王様には何かできるのかしら?」
「分からん、今考えてる」
賃金によって労働者を縛り、チャンスをちらつかせて引き留める手法。それは現実世界でよく見られるモノだ。
枠組みを作り、その中で合理的な判断をうながす。
『会社を辞めない方が、生涯年収は高い』
『奥さんと娘さんが居るんだろう?』
人々は一生懸命考え、選択をする――――選択させられている。
どんな事にも当てはまるが、他人の創った前提の下で足掻くことは状況の改善に繋がらない。
前提を変えなければ、逆転は有り得ない。
前提を変える事、これはしばしば『イノベーション』と呼ばれる。
「なぁ、俺達が伯爵を追放したら、国はどう動くんだ?」
「さっき言ったじゃない。中央政府軍がやってく――」
「それは荒事の場合だろ? 俺が訊きたいのは、居場所を奪うような形でギルドから遠ざけた場合だ」
俺が言うと、サラの代わりに小竜のミラが答える。
「現国王は、家格や血統にこだわらぬ」
「成程な。家格や血統にこだわるのは、それ自体が目的でなく、それが体制維持に即しているからか」
「その通りであるな」
「ちょっと、二人で何言ってるのよ」
あたふたするサラを置いて、再び思考が沈んでいく。
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ミラの話を信じるならば、やり方次第で伯爵を追放できる。
王国の体制を壊さなければいい。
『条件』として
・国王の面子を保つ
・貴族の面子を保つ
・王国の権益を損ねない
が挙がるだろう。要は『ロージアンという男は、伯爵に相応しくない』と思わせればいい。この状況を作り出す条件は『スキャンダル』もしくは『民衆の不信任』だ。
――正確には『不信任を表に出す』だな。
今朝見たかぎり、ロージアン伯爵を支持する人は居なかった。しかし民衆は不信任を表に出さない。
この状況を支えているのは、雇い主という立場であり、彼の立場を支えているのが伯爵の権威である。
つまり『雇い主という立場』、『伯爵の権威』のどちらかを取り上げることが出来れば、全て解決する。
ただし、初手で『伯爵』を取り上げることはできない。
――やることは一つしか無い。
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「サラ、やりたいことが有るんだけど、手伝ってくれるか?」
サラは腕を組んで、首を傾げる。
「私に出来ることが有るならね」
「まぁお前じゃなくても出来るが、知力が高くて口の固い奴がいいかな」
サラは一瞬むっとしたが、すぐにうなずく。心なしか声が躍っていた。
「知力が高い女の子と言えば、私だもの。あいつはバカだから、大事なことは任せられないもんね。ね?」
そんなサラの様子を見て、ミラがため息をつく。
「醜い争いだのう……」