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16 悪いヤツの登場です

 ミラが仲間になって数日経った。俺とサラは冒険者としての経験を積むために、毎日ギルドに出勤して、仕事に励んでいる。


 仕事には常にエスティアが同行してくれるのだが、不思議と少女二人の仲は悪い。仕事する度に険悪になっている。


 今日も今日とて、ギルドに向かっているのだが、左右から二人に挟まれているのだ。ちなみに、ミラは俺の肩に乗っている。ミラの大きさは頭くらいで、重くもないので乗っていても問題ない。


「怜司っ。アレ食べたい!」


 エスティアは屋台の一つを指し、くいくいと俺の袖を引いた。


朝飯あさめし食べたばっかりだぞ?」


「いいの。買って買って!」


 エスティアは表情をコロコロ変えながら、おねだりしてくる。こんな頼まれ方をされて、買ってあげない男は居ないだろう。


 おねだりされたクッキーを買ってやると、エスティアは可愛らしい仕草でクッキーを食べ始める。思わず頭を撫でると、彼女はだらしない笑顔を浮かべた。


「えへへ、怜司のお嫁さんになりたいな」


 彼女は明るい緑色の瞳をきらめかせ、幸せそうな笑顔で俺を見つめてくる。


「――――ッ」


 脳内に走るあまあまの衝撃を、何とか抑えていると、エスティアは更なる攻撃を仕掛けてきた。


「怜司、食べさせて」


 そう言って彼女はクッキーの袋を渡してくる。受け取ったクッキーをエスティアの口に持っていくと、彼女が小さな口を開ける。


「た、食べさせるぞ。はい、あ~ん」


「あ~ん……うんっ。やっぱり怜司に食べさせてもらった方が美味しい! 今度はが食べさせてあげる。はい、あ~ん」


「いや、俺はいいよ」


「いいから、食べるの」


「はい、怜司。あ~ん」


「あ、あ~ん」


 俺にクッキーを食べさせる刹那、エスティアはニコッと笑い掛けてきた。


「美味しくな~れ」


「お、お前な。そろそろ反則だぞ」


 俺が言うと、エスティアが首をかしげる。


「うん、何が?」


 正直言って、そろそろ可愛すぎ限界だ。彼女の場合、狙ってやっている部分も有るが、大部分を素でやっている。


 ――可愛すぎる。


 もうクッキーの味なんて分からなかった。エスティアが可愛すぎてどうにかなりそうだ。しかしとろける頭にミラの声が響いた。


「のう、怜司。お主が勇者の小娘にかまけておる内に、暗黒騎士王が大変な事になっておるぞ。奴は、先程からお主をずっと呼んでいたのだ」


「…………」


 ミラに言われてサラを見ると、彼女は目に涙を浮かべて、両手をギュッと握っていた。


「……怜司」


「あぁ、何だ?」


 サラは遠慮がちに言った。


「れ、怜司。私にもそのクッキーを買ってくれると、嬉しいんだけど」


 するとエスティアが両手で口を隠し、小悪魔のような笑顔を浮かべた。


「えぇ~サラお姉さんは、またのマネですか?」


 瞬間、サラの表情がくずれ、彼女は俺の腕にしがみ付いてくる。


「私、エスティア嫌い。怜司、もうその女はどうでもいいでしょ! 早くギルド行こうよ」


「お前……知力9だろ? もっと抑えろよ」


「だってだって、怜司がその女ばっかり構うんだもん」


 だってだってと言うサラの手を取り、目の前のクッキーをエスティアの口に突っ込む。


「ほら、ギルド行くぞ」


 ……そろそろシリアス展開が来そうだな。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ギルドの前には人だかりが出来ていた。その中の一人に話しかける。


「なぁ、どうして皆入らないんだ?」


「そうか。怜司は知らなかったな。今日は月一の視察日なんだよ」


「視察日?」


 不穏な言葉にまゆをひそめると、男はギルドの入り口を指差した。


「気になるなら聴いてくればいいじゃないか?」


 そう言われて入り口まで歩いていくと、見知った後ろ姿をとらえる。


「よう、パース」


「何だ、怜司か。お前もロージアン伯爵の話を聴きに来たのか?」


「ロージアン伯爵?」


 き返すと、パースは何度かまばたきし、丁寧な口調で説明を始めた。


「ロージアン伯爵っていうのは、この地域の領主でな――――」


 

 パースが言うには、この世界の冒険者ギルドは国営の団体らしい。一つ一つのギルドには監督者がいて、大体は貴族がそのポストに就くようだ。



 ロージアン伯爵を慎重に観察する。


 ロージアン伯爵は端正な顔をしていた。鮮やかな金髪はしっかり固まっており、彼はパリッとしたジャケットを着こなしている。


 ――ゴルフ場にいる、世間知らずのボンボンみたいだな。


 年齢は20代半ばであり、物腰は柔らかで、所作も綺麗にまとまっている。


 ああいう手合いは、本人が意識せぬまま調子に乗っている。いや、調子の上で生きているような人種だ。


 調子に乗らないという事を知らないが如く、無自覚にマウントを取ってくる人間であり、苦しんだ経験が無い。


 ――周りに居て困ることは無いが、近くにいると腹立つんだよなぁ。


 いじめられることは無いが、本人が知らぬ間にハブられている事が多い。これマメな。



 それにしても…………。


 ――流石に酷いな。


 報告書を持ったロージアン伯爵の言い草は酷かった。対応している女性職員が気の毒である。


 彼は現場を知らない人間の茶々入れテンプレをかましていた。石田三成顔負けのお点前てまえである。


『僕が用意した目標を達成できていないようだね? クエスト達成率が落ち込んでいる理由を聞かせてくれないかな?』


『申し訳ございません。現在慢性的な人材不足で……』


『それを何とかするのが、君達の役目だろう? 何のためにギルド職員を置いていると思ってるんだい?』


『そう言われましても、報酬決定権と採決権を我々が保有していない以上――』


『君は全然分かってないね。金で人を使おうとするからダメなんだよ。もっと冒険者という職業の素晴らしさを皆に伝えれば、応募も増えるはずだよ』

 

 呆れていた俺だったが、次の瞬間、さらに驚くべき出来事が起こる。


『じゃあ今月の給金だよ』


 ロージアン伯爵が金貨の入った袋をテーブルに置いたのだ。

 

 思わずパースに問いかける。


「どういう事だ? クエストの受注システムを教えてくれ」


「了解だ。冒険者と依頼者には、『ギルド』と『国家』の二者が介在かいざいする。『ギルド』が仲介する目的は、クエストの円滑な処理と冒険者のマッチングだな。『国家』が介在する目的は公益こうえき性の維持だ」


「成程な。完全に理解した」


 パースがあきれたように笑う。


「流石、賢王だな」


 頭が音を立てて回り始める。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 大体はなろうに有りがちな『ギルド』と変わらないだろうが、この世界のギルドには国家が介入している。これは合理的な制度だろう。


・公益性の保持


 クエストには2つの軸が存在する。すなわち『難易度』と『報酬』だ。

 両者を元に冒険者はクエストを検討する。


 例えば、同じ難易度のクエストに、異なった値段が付けられたとする。冒険者達は絶対に報酬が高い方のクエストを実行するだろう。依頼者の経済力が救いの手を手繰たぐるのだ。


 ギルドが介在する事で、貧乏人にも救いの手が差し伸べられるようになる。恐らく、ギルドの行う作業は『報酬を依頼者の委託金から切り離し、難易度に準拠じゅんきょさせる操作』。


 ここまでは、ギルドだけで行うことができる。国家が介入するのは、この後だ。


 一層広範な格差――地域間格差が生まれた場合、ギルドだけでは対処しきれない。


 個人間の格差ならまだしも、更に広域な格差――――地域間格差が生まれる事が想像にかたくないのだ。そして冒険者の遍在へんざいは多大な危険をともなうだろう。

 

『経済体に弱い地域が軍事的に弱い地域と同義になるのだ』


 冒険者ギルドを民営させた場合、冒険者が地域の経済に対応して流動する事が考えられる。それを防ぐために国家が介在しているのだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「騎士団が居るって言っても、傭兵は散らした方がいいだろうからな」


「その通りだ。俺達だって分かってる。だけどな、国と領主はピンハネしてるんだ」


 パースの言葉に軽くうなずく。ピンハネされるのは当たり前だ。


「だろうな。因みに割合は?」


 パースが指を7本立てる。


「……嘘だろ。7割ピンハネしてるのか?」


「そうだ。ここの地域は7割ピンハネされてる。国に2割、そしてロージアン伯爵に5割やられてるな」


「他の地域に行けばいいだろ? どうしてここに留まるんだ?」


 するとパースは自嘲じちょう交じりの笑みを浮かべる。


「理由は幾つか有るんだが、まず一つ目は、ここが最前線って事だな」


「それがどうした?」


 パースがゆっくりと、みしめるように口を開く。


「最前線で活躍すれば、騎士団に抜擢ばってきされる可能性が有るんだ。殆どの連中がそれを狙って、ここに残ってる。実際に抜擢された奴もいる」


「給料が低いから、皆危険クエストを回して生計を立ててる。疲れも溜まるし、死亡率も高くなる。まぁ毎日B級にもぐってる怜司には分からない話だろうけどな。評価値100前後の冒険者が連日C迷宮(ダンジョン)に潜るっていうのは、自殺行為なんだ」


 そう言ってパースはため息をついた。


「アイツが着ている服は、いている靴は、仲間の血でできてるんだよ」


 パースが言い終えると同時に、ロージアン伯爵がギルドから姿を現す。


 彼は冒険者達に、爽やかな笑みを振りまいた。


「いつもありがとうございます。皆さんの助力によって、市民の安全が保たれています」


「募集が沢山残っています。冒険者の皆様、どうぞふるってご参加ください」


 爽やかなイケメンスマイルに、冒険者達はピクリとも反応しない。しかし、パースから話を聞いた俺は、思わず声を出してしまった。


「……お前が参加しろよ。糞ニート野郎」


 瞬間、ざわめきがき起こり、ロージアン伯爵が俺を見る。


「見ない顔だね。私が誰か分かっていないようだ」


 瞬間、パースが袖を引いてくる。


「(やめとけって、貴族には一般人を処刑する権限が有るんだぞ)」


 ――マジかよ……。


 急いで人ごみにまぎれようとするが、時すでに遅く、俺はロージアン伯爵につかまれてしまった。


「離せよ。口が滑っただけだ」


「そんな言い訳通じないよ」


 ロージアン伯爵は、高慢な笑みを浮かべる。


「私に逆らったら、どうなるか分かってないようだね」


 俺が何も言わずにいると、ロージアン伯爵は黒い笑みを浮かべる。


「私は寛大だ。今すぐに謝罪するなら許してあげよう。ここで非礼をびたまえ」


「……悪かったよ」


 ロージアン伯爵は、俺の謝罪を笑い飛ばした。


「この私に、伯爵である私に対する謝罪だよ。ちゃんと地面に頭を付けて、許しを乞わなければ(・・・・・・・・・)いけない」


「…………」


 眼前の男は、土下座しろと言っている。確かに、土下座して場を収めるのが一番賢いやり方だ。


 しかし――――俺の中に有るプライドが邪魔をする。動かぬまま時が流れていく。


が高いぞ冒険者。私を誰だと心得ている? 消し飛ぶぞ。お前の首など、私の指先一つでっ」


 それでも動けなかった。こんな糞ガキに頭を下げるなんて、絶対に御免だった。



 その時だった。真横から服のかすれる音が聞こえ、隣の影が短くなる。隣の男――パースが地面に座り、頭を土に押し付けていた。


「ロージアン閣下、この男はギルドに来て日が浅く、貴方の功績やお力添えを分かっていない。教育がなってなかったんだ。責任は俺に――」


「成程、では今頭を下げさせるのが、教育ではないのかな?」


「…………」


 パースが沈黙する。


 ――仕方ないな。


 俺が頭を下げないと、この場は収まりそうにない。しかし俺が膝を付けようとした刹那、パースが俺にだけ聞こえる声で短く言う。


「(やめろ、怜司が謝る必要は無い。お前にこれを教えなかったのは俺だ)」


 そして、パースは頭を地面にり付けたまま、ロージアン伯爵に許しを乞う。


「お願いだ。この場はこれで――――ッ」


 場に衝撃が走る。


 ロージアン伯爵が足を上げ、パースの頭を踏みつけたのだ。


「調子に乗るなよ。お前は所詮、勇者の腰巾着こしぎんちゃく。私に口答えする権利など無い」


 彼は踏みつけたまま足をグリグリと動かし、パースの頭を土に押し付ける。彼が足を動かす度に、パースの髪が不自然にちぢれ、背骨が不自然に震える。


「お前の頭一つ、命一つが、私の受けた恥と釣り合うと考えているのか? 図に乗るなよ、お前など星屑ホシクズの数ほど居る冒険者の一人でしかない。騎士団にも入れぬクソ――――」


「そこまでよ」


 寒空の如く澄み渡り、ピアノ線のように張り詰めた声があたりをぐ。


 場に居る全員が目を向けた先では、サラが青紫色の瞳を光らせていた。


「あなたの行いは道を逸している。貴族として、人として最低な行いです」


 ――おぉ、凄いこと言うな。


 サラの胆力に感心していると、ロージアン伯爵は彼女を見つめ、そしてため息を吐いた。


「もういい。興が醒めた」


 ロージアン伯爵はパースの脇腹を蹴り飛ばし、俺を手で押しのける。そして、まっすぐな視線を向けているサラに歩み寄り、手を伸ばそうとする。


 その時だった。横から手が伸び、ロージアン伯爵の手をつかむ。


「そこまでだよ。僕の仲間、友達に余計な事をしないでくれるかな?」


 中性的な声が響いた瞬間、ロージアン伯爵はうやうやしく礼をする。


「これはこれは、勇者様。ご機嫌――」


「アレは、どういう事かな?」


 エスティアはパースを指差して問い詰めるが、ロージアン伯爵は彼女の手を乱暴に振り払う。そしてマントを整え、背中で声を出した。


「では、私はこれで。無礼を働いた諸君は、相応のむくいを受ける事になる」

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