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15 我が家のカレーは甘口なのです

 香ばしく焼けたパンと、じっくり煮込んだポトフが、ホカホカな匂いを部屋にただよわせる。


 お玉を鍋の中に沈めてスープをかきまぜると、湯気とともに肉野菜の柔らかな香りが鼻を突く。


「もういいかな」


 火を消し、寝室で惰眠だみんをむさぼっている2人を起こしに向かう。


「起きろ~」


 お玉を皿にカンカンぶつけて、不快な音を放散する。瞬間、2人が寝台の中でうごめきだす。


 それを確認し、耳元で話し掛ける。


「朝だぞ。朝だぞ~。起きろ」


 先に目を覚ましたのは、エスティアだった。


「あ、怜司おはよ~。ドラゴン倒せたの?」


「……お前、第一声軽すぎだろ」


 エスティアがてへへと笑う。


「僕はバカだから、生きてるなら怜司がドラゴンを倒してくれたんだなって」


「めでたい奴だな。まぁいいや、サラを起こして降りてこい」


――――――――――――――――――――――――――――――――


 あの後、ドラゴンに頼んで迷宮から出してもらい、俺達は街に戻った。


 気を失っていた3人をリアカーに積んでの帰路だった。その後、紆余曲折うよきょくせつ有ったものの、俺はサラとエスティアを宿に連れ帰ったのだ。


 パースはいいが、気を失っているエスティアをギルドに放り込むのは危険だと考えての行動である。


――――――――――――――――――――――――――――――――


 しばらくすると、2人がキッチンに降りてくる。エスティアはさっきの調子であり、サラは思いつめる性質タチなので、騒ぐようなことはしない。


 会話が無いまま朝食は進み、一番先にエスティアが食べ終わる。


 彼女はガチャンと食器を置き、好奇心(あふ)れる眼差しを向けてきた。


「何か有るのか?」


 エスティアがテーブルの上を指差し、無邪気に訊いてきた。


「うん、そこに座ってるモフモフ君は、もしかしてっ」


「モフモフ君ではない。我はミラ=エレクト=シャイリンという――」


 勢いよく喋りはじめたモフモフ君の口をふさぐ。


「あぁこれは、昨日のドラゴンだよ。今日から俺のペットになるんだ」


 言うと、エスティアは目を輝かせる。


「ペットではない。守護獣――」


「竜を手懐てなずけるのは、とっても難しいんだよ! 怜司は僕の想像を超えてきたね」


 サラもスプーンを持ったまま固まっていた。


「…………嘘でしょ。ソレ竜王なのよ。ちょっとやそっとでなつくわけ……」


「そうなのか。ミラ、こっちこい」


 モフモフ君、もとい『ミラ』を呼び、よちよち歩いてきた所を抱き上げる。


手懐てなずけるのは、難しいのか?」


 ミラに問うと、彼は可愛らしい姿に似合わぬ荘厳そうごんな声で答える。


「我等竜族は、倒した者をあるじと認める訳ではない。その者の資質を見極めるのだ。竜族の威信が掛かっている」


「そっかそっか、俺を認めてくれてありがとな」


 ミラの頭をなで、のどを揉んでいると、彼は脱力して目を細める。


 それを見て、サラが立ち上がり俺の隣に立った。


「ずいぶん懐いてるのね。私もさわっていい?」


「あぁ、いいよ」


 しかし、俺がミラを渡そうとした瞬間、テーブルの向こうでエスティアが手を挙げる。


「はいはい、僕も僕も。ミラ君を抱っこしてみたいです!」


 エスティアが元気いっぱいに手を振り、クリーム色の髪がさらさら揺れる。


 思わずエスティアにミラを渡そうとすると、サラが俺の手をつかんでくる。


「私が先よ」


 瞬間、エスティアがサラに笑い掛けた。


「怜司が僕を選んでくれた(・・・・・・・・)んだから、僕が先じゃない?」


「僕僕って、あざといのよボクっ子女!」


 部屋の空気が一気に引きまり、俺は思わずミラを抱え込む。


「おいおい。ミラを抱く順番で、そんなにピリピリする必要は無いだろ?」


「「怜司は黙ってて」」


「…………」


 ミラが面白そうに口を開く。


「2人がマウントを取り合っているぞ。2人とも貴様の資質にれ込んだのだろう。男冥利おとこみょうりに尽きるな、なぁ怜司よ」


「んな事有る訳無いだろ。倍ぐらい年違うんだぞ」


 俺が言った直後、サラがミラに問い掛ける。


「貴方はどうなのよ。わ、私は一応……怜司の――――なんだけど、立場的には私が先よね?」


 ミラが興味深そうに首を回した瞬間、驚くべき事にエスティアが俺の胸に飛び込んできた。


「へへ~、ミラ君ゲット! 僕の勝ち」


 結果として、ミラを間に置き、エスティアと俺が抱き合う形になる。


「ちょっ、エスティア――――」


 抗議しようとした刹那、全身を寒気が襲う。振り返ると、サラが氷の視線をエスティアに向けていた。


「怜司から離れなさいよ」


「僕はミラ君を抱っこしてるだけだよ?」


 エスティアは俺の肩に隠れ、チラチラとサラをうかがっている。それを見て、サラは唇をかみ床を蹴った。


 サラは盛大に顔を赤らめ、激しい口調で言葉をつむぐ。


「怜司、そいつはギルドの入門試験をやってるんだから……やってるんだからね。きっと、そのエ、エッチな事とかもしてるのよ。騙されちゃダメ!」


「僕は男で通してたんだ」


 サラの言葉を受けて、エスティアはそう言った。そして俺の手を包み込むように握ってくる。そして困ったような笑顔を浮かべる。


「だからギルドの皆は知らないよ。男の人で知ってるのは……怜司だけ、なんだ」


「――――ッ」


 ゾクリと全身が跳ね、甘いナニカが全身を駆ける。


「僕僕ってうるさいのよ。怜司も嫌がってるじゃない」


「怜司っ」


 瞬間、エスティアが前のめりに倒れ込んできて、近距離で視線が交錯こうさくする。


「怜司は僕……ううん、がくっついてたらいやかな?」


 黄緑色の綺麗な瞳で見つめられ、考えがまとまらなくなる。

 

「……そんな事は」


 うまく言葉を出せずにいると、サラが俺達に間に割り込みミラを取り上げる。


 彼女はエスティアに紫陽花あじさい色の視線を向け、勢い任せに言い放つ。


「こ、このっ、泥棒猫。どっちも私が先なんだからっ」


 そして何故か俺の方を向き、手を振りかぶる。


「おい、何しようと――」


 ――パチンッ。


「バカ怜司」


 サラはミラを抱えて、玄関の戸を開ける。そして家を出る寸前、もう一度エスティアに言い放った。


「覚えてなさい! いつかお仕置きしてやるんだから」


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