8 責任感が強い女の子と、33歳の貫禄ですね
ギルドと話を付けた俺達は、質問攻めに遭ってしまい、ギルドを出た時には日が沈んでいた。
宿を探して歩き回っているのだが、先程からサラは浮かない顔をしている。
「サラ? 俺が戦ってる間に何か有ったのか?」
「別に、何も無かったわよ」
「尻でも触られたのか?」
瞬間、彼女がキッとにらみ付けてくる。しかし、来るはずの口撃が飛んでこない。
やっぱり何か変だ。
「あなたって意外と強いのね。少し驚いたわ」
「そうでもないぞ。俺は勘じゃなくて考えで動くタイプだからな。多人数だと厳しいし、状況が把握できなくなったら何も出来ない」
「それでも、手加減してアイツを倒せたじゃない」
「ステータスと特技のお陰なんじゃないのか?」
サラが首を何度も振る。
「ステータスは才能だけど、特技は自分で磨くものだから……きっとそれだけ磨いてきたんだと思う。あなたは気付いていないだけで、ずっと努力してたのよ」
「……そうなのか」
そうなのだろうか? 確かにそうかもしれない。
6歳から集団に放り込まれ、人間の分析を強いられた。そして強制的に勉強させられ、就職したと思ったら、政治や経済の分析をさせられた。
そして自分を分析して絶望に落ちた。
俺の人生は無駄じゃなかったという事か?
「……それに比べて……私は」
「何か言ったか?」
サラが小さく首を振る。
「何でもないわ。あそこに宿が有るから、今夜はそこに泊まりましょう」
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宿屋の受付に声を掛けると、受付の男は開口一番に訊いてくる。
「一部屋か二部屋かどっちだい?」
一瞬考えるが、昼間の出来事を思い出す。さっきの今で男と相部屋は、サラへの負担が重過ぎる。
「じゃあ別々――」
別々でお願いします。と、言おうとした時、サラが細く短い声を出す。
「一緒でいい」
それを聞いた受付の男は、無造作に鍵を取り出し、投げるように渡してくる。
「二人で一万だ。っとありがとな。日が真上にくるまでに出て行ってくれ」
階段の先を行く、サラの背中に言葉を投げる。いつもの俺なら、嬉々としてパンツを覗くところだが、今は彼女が気掛かりだ。
「どういう風の吹き回しだ? こんなにチョロい女だとは思わなかったぞ」
「別に、ちょろくなんかないわ。昨日まで一緒に寝てたのに、あなたが手を出してこなかったから、見くびってるのよ」
サラが肩越しに視線を投げてくる。
「あなたはスケベだけど根性無しだから……聞いてるの? 根性無しさん」
サラの表情に変わりは無いが、手すりをきつく握りしめている。
――やっぱり変だな。
あまり傷つけたくはないが、一番手っ取り早い方法をとることにした。
「根性無しはどっちだよ」
瞬間、サラの目が大きく見開かれ、彼女は唇をわなわな震わせる。
「バカッ」
階段を上る音が木霊し、ドアの開閉音が虚しく廊下に響く。
――ダンダンダンダン……ガチャン――。
予想通りの展開に、思わずため息が出る。
「あ~、やっぱりか」
サラはギルドの一件を気に病んでいるのだ。自分の面倒を俺に押し付けたと思って、自分を責めていたのだろう。
「面倒臭ぇ……」
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――トントントン……。
「入るよ」
ドアを開けると、ベッドでうつ伏せになっているサラと目が合う。彼女はすぐに俺から目を逸らした。
「ふんっ」
顔には出さないが、内心でやれやれと両手を振りつつ、俺は机に向かう。
「風呂入っていいぞ。覗かないから安心しろ」
「……分かった」
しばらくすると、衣擦れの音、そして水音が聞こえてくる。
俺は首を回して、室内を観察する。異世界の治安は一切信用していないので、窓やドアを点検し、壁を叩いて厚さを確かめる。
「悪くないな」
普通のビジネスホテルみたいな部屋だ。床には無地の絨毯が敷かれており、オレンジ色の柔らかい光が室内を照らしている。
あまり広い部屋ではないが、最低限の清潔さは保たれている。
部屋を確かめた後に、長年愛用している手帳を取り出し、そこに書き込んでいく。
食品価格、地価、貨幣価値や治安状況など、活動するにあたって必要な情報を記していく。得た情報はすぐに書かなければ、忘れてしまうのだ。
たまに、書かなくても大丈夫だと言う人もいるが、俺は書かないとやってられない。
重要な決断をするときに、まとまった資料が無いと、迷ったり間違えたりするのだ。
今日はギルドで沢山話を聞いたので、書くべき事が沢山ある。覚えている事を書いて書いて書きまくる。
気付けば、サラが横に立っていた。彼女はシンプルな白い寝間着を着ているが、まとう雰囲気は重苦しい。
「ねぇ、怜司さん」
「……どうした?」
「私って足手まと――」
「風呂入るわ」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
サラがぎこちない笑みを浮かべ、小さく手を振る。可愛らしい仕草だった。
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風呂から上がると、ベッドに横たわるサラの姿が目に入る。
ベッドに腰掛け、出来るだけ穏やかな声を出す。
「今日はどうしたんだ?」
するとサラはうつ伏せになって枕を抱きしめる。
「……立ててない」
首を傾げると、サラは俺に涙目を向ける。
「役に立ててないっ。全然役に立ててない……」
そして自分の腕を強く握りしめる。
「私、偉そうな事ばっかり言って、何にも役に立ててない。全部任せきりで、何にも手伝えてない……」
「それはちが――」
「でも、今日は私が居なかった方が楽だったでしょ? 私のせいで、面倒くさい事になって、なのに私は……」
サラの頭に顔を近付ける。そして、つき離すように言葉を浴びせる。
「だからって、こんな誘うような真似をして、恥ずかしくないのか?」
サラが顔を伏せる。
「だって……私が役に立つにはっ」
「ちょろい女め」
「ちょろい女じゃないわよ。……でも、冒険者だから」
思わず笑ってしまう。サラは完全にパースの超理論にやられていた。
「何がおかしいのよ。あなただって、こういう事したいんでしょ? だったら、我慢しなくても……いいわよ」
そう言われる、思わずサラの体に目が行ってしまう。
すらりと伸びた白い脚、僅かに反っている滑らかな背中、そして布越しでも分かる引き締まった尻……。
それら全てに興奮を覚えるが、手を出す気には全くなれない。手を出してこの才能を潰したくないし、彼女との関係を、汚い形で固定したくなかった。
じっとしていると、サラが抗議の視線を向けてくる。
「触るなら触りなさいよ。気持ち悪いわね、この根性無し」
「じゃあ遠慮なく」
そう言って手を伸ばすと、サラは目を瞑って枕をギュッと抱きしめる。彼女は強がっている癖にビクビク震えている。
そして……俺は彼女の頭に手を乗せた。
「えっ?」
サラが驚いて目を開けるが、気にせず頭を撫でる。
「お前はよく頑張ってるよ。お前が居て助かったのは事実だし、邪魔だとは思っていない」
「でも、今日は怜司に全部押し付けちゃ――」
サラの唇に指を押し当て黙らせる。
「そんな事を気にしてたのか、可愛い奴だな。だけど、すぐに寝ようとするのはマイナスポイントな」
「何でよ?」
「尻軽は好きじゃないんだ」
瞬間、サラが不安げな顔をする。
「私の事嫌いになったの?」
彼女は濡れた瞳を向けてくる。
「男の人は、こういう事好きだって聞いたから、怜司も好きなんじゃないかって、許してもらえるんじゃないかって……嫌いになったから手を出さないのね?」
――やばいなぁ……。
完全に間違えた。戻れるなら戻ってやり直したい。このままでは、何をしてもサラは傷ついてしまう。
黙っていると、サラの瞳から雫が零れる。
「ねぇ、何か言ってよ。私バカだから、あなたと違ってバカだから何も分からない。どうしたら許してくれるの?」
サラはギュッと枕を抱え込み、子犬みたいな瞳を潤ませている。それを見た俺は、思わず彼女を抱き込んでいた。
「ちょっ――」
「今日はもう寝ろ。もう喋るの禁止な」
もぞもぞと抵抗するサラを抱えて、彼女の頭を胸に持ってくる。魔法で空気の循環を止めて蠟燭の炎を消し、一方的に暇を告げる。
「おやすみ、明日からもよろしくな」
言った瞬間、わずかにサラの肩が跳ねた。そこまでしか覚えていない。
気を抜いたら、すぐに話が重くなる……。
ちなみに、同時連載している一作目は荷重MAXなお話です。併せてよろしくお願いします。