プロローグ 無味無臭な現世
秋葉原駅を降りると、この街独特の彩が俺を出迎える。10年前と変わった事は特に無い。
強いて挙げるなら、二次元のアイドルグループが代替わりし、駅前の有名スロット店が営業終了した所くらいだろうか?
外国人が多くなって、店の照明も少しバリエーションを増したかもしれない。
――学生時代の俺にとって、この街は理想郷だった。
某弾幕シューティングゲームのアレンジCDを漁り、カードゲームの『禁止・殿堂』情報を友人と予想し、〇系ラーメンを本家の劣化と言いながらかき込んだ。
ある日は、カフェで創作活動にいそしみ、またある日は、スロットを8000回転させた。
大学卒業まで、その理想郷を等身大で楽しんでいたのだ。
……そして、卒業から10年が経ち、いつの間にか理想郷は消えていた。
心が躍らなくなったんだと思う。
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「遅いぞ、怜司」
「お前一番暇だろ」
「勝ち組ニートだもんな」
皆がガハハと笑う。ここは秋葉の端っこに建つ肉料理の店だ。俺達4人はその店の最上階に、月1で集まっている。
大学卒業して10年、俺達の人生はバラ色だった。
仲間三人は、全員エリート街道を進んでおり、俺は会社を2年で辞め、今は片手間で個人投資事業を行っている。
地位も、名誉も、金も、女も、十分手にしている。現実に対して不満は無い。
しかし大人になるに連れて、人生はどんどんつまらなくなっていく。
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気付けば終電時間が迫っていた。
「どした怜司、今日は元気ねぇな。地雷買いこんだか?」
「そうでもないさ。俺が買いこむはず無いだろ?」
「それもそうだな」
今日の支払い担当が店員にクレジットカードを渡し、全員がしっとりとしたコートに袖を通す。
……最上階からの秋葉原は、想像以上に小さく見えた。
「何してんだよ怜司」
「いや、小さく見えるなって思ってさ」
言うと、親友が肩に手を乗せてくる。
「そりゃそうだろ。俺達は世界を相手にしてるんだぜ」
世界相手、確かにそうかもしれない。
「でもさ、世界って――」
反射的に言葉が出かかり、俺はあわてて水を飲む。親友は昔と変わらない笑顔で、飲みすぎか? と俺を気遣うそぶりを見せる。
本当はこう言いたかった。
『でもさ、世界ってつまらないよな』
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総武線に乗り込み、暗い顔をしている黒一色の連中を眺めていると、何だかとても悲しくなってくる。
金が有っても使い道が分からない。肉体的に、物的に満たされようと、心が満たされる事は無い。
一度そう思ってしまった瞬間、自分の中の何かが崩れた。
それ以来、ただ一つを除いて……何をしても心が満たされることが無くなった。
『ただ一つ』は虚構だった。俺はファンタジーの世界に身を浸し続けた。沢山の同胞達が描いた異世界冒険譚だけが俺の心に彩を差した。
現実を生きていても面白くない。自分もキャラ達のように、心躍る世界で心躍らせる仲間と共に冒険してみたいと希望する。
――誰か、俺を異世界に……。
瞬間、車内アナウンスがこだまする。
『新宿――新宿――』
慌てて立ち上がるがもう遅い。新宿は俺の降車駅である。
「……マジか」
久々に電車を乗り過ごし、思わず拳を握りしめる。しかしそんな小さい事で気を荒げる程、33歳の心は若くない。
携帯に指紋を喰わせて鍵を外し、仲間達が住む『なろう』に行こうとした刹那、通知一件が画面の上部に灯る。
――うざいな。
しかし重要なメールという可能性も有るので、スルーする訳にもいかない。
「夜分遅くに何ですかねぇ……えっ」
タップした瞬間、画面が暗くなり、馬鹿馬鹿しい二択だけが明るく光る。
『異世界に転移したいですか?』
『それともしたくないですか?』
――何かのウイルスか?
しかし電源を落とそうとしても、その画面は消えない。バッテリーを引き抜いても、なお残り続ける。
面倒くさかったので、異世界に転移したいを適当に押す。
『魔族側で転移したいですか? それとも人間側?』
「まだ有んのかよ。だりぃな」
そして適当に『魔族側』を押した刹那、俺は意識を刈り取られた。
皆様初めまして、大潮蛸八浪と申します。この度、私はハイファンタジーに手を出す事となりました。至らぬ身ではありますが、精一杯書いていく所存です。
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