098 引く魔法と押す魔法
◇
私が放った火魔法の矢が、敵が構えた盾に当たって消えた。それを確認して壁に隠れる。
まただ。また、消えた。
ドドーン
音と衝撃があり、私は反射的に壁に隠れるように縮こまり両腕で頭をかかえる。敵が町の門に向かって火魔法を飛ばし、それが門に当たり爆発したのだ。
門の上部にある隙間から炎が吹き出す。炎が弱くなると門を守っている男たちが、隙間から泥水を桶から大きな柄杓ですくって流し込み鎮火に努める。
ここはパオースの西門の上部にある石組みの櫓。少し離れた所に町に下る階段があり、男たちは泥水を運び揚げている。それを朝から続けている。
「バレンナ、無理するなよ。もう向こうを攻撃出来るのはお前だけなんだから。少し休め」
「はい、オドンさん」
午前中の火魔法の応酬で、パオースが雇った火の術者たちは魔力切れのようで、壁の影で横になって休んでいる。本当はもっと休める場所に待避した方が良いのは、みな分かっているがいざのための待機だ。
敵も魔力が尽きるのだろう、攻撃が散発的になっていた。
「バレンナ、どうした浮かない顔して。無理しなくてもいいぞ。今日はもう日が暮れる。後はサブローたちがなんとかしてくれるさ」
「違うの、オドンさん。私の火魔法が消されるの。私が下手なのかな」
「ああ、あれか。爆発しない時があるやつだな。バレンナ悪いな、俺もわからん。だが、バレンナの魔法だけじゃなかった気がするな」
「うーん、どういう事だろ?」
壁に隠れながらオドンとふたりで首を傾げる。
「それはな、お嬢さん。敵がレジストしているんだよ」
私とオドンが声がした方を見ると、壁の影で休んでいた術者が四つん這いでこちらにやって来る。
「話が聞こえたもんでな、つい。俺も休んでいるだけで暇だし話に参加してもいいか」
「ええ、どうぞ」
なんだ、なんだと他の術者も頭を低くして集まって来る。
「あんた、凄いじゃないのさ。まだ魔力が切れないなんて」
女性の術者が私に声をかけてくれる。
「いえ、午後からの参加なので全然凄くないですよ。皆さんの方が凄いと思いました。敵との応酬をあの塔からの見ていたんです」
私はサーナバラタワーを指さすと、術者たちがタワーの方を見た。
「あそこにいる連中も凄いよな。重魔法だろ、あそこからの火魔法。初めて見たぜ。それにいまだに攻撃出来るって、どんだけの魔力だよ」
「そうよね、この町の雇われたとき、ちょっとヤバイかなと思っちゃったけど。なんとかなりそうな気がするわ」
「そうそう、こっちは魔法を放つだけで良いからね。楽でいいわ」
「レジストするのは気を使うしね。その分気が楽よね」
術者に女性が多いためか、一気に賑やかになった。
サーナバラタワーの上にはラズリしかいないのだが、言わない方が良いだろう。術者が言った事を私は思いきって聞いた。
「あのぉ、レジストってなんですか」
「えっ、レジスト知らないのか」
「あんな凄い魔法を使えるのにね」
「なになに、レジスト教えてほしいの。お姉さんが手取り腰取り教えてあげようか」
「ダメよ。あんたに教わったら別の事まで覚えちまうよ」
「良いじゃないのさ。どうせ、いろいろ誰かに教えてもらうんだから。私が最初でも」
「そんなの分かんないじゃない。この子こう見えて魔法みたいに凄いテクニシャンかも」
「えっ、本当。私にも教えて、私にも教えて」
「おいおい、この娘はお前たちみたいに擦れてないんだよ。レジストも知らないんだぞ。お嬢さん、君はこいつらみたいには、ならないでくれ」
「ちょっと、あんた。私たちだって擦れてないわよ。いろいろ知ってるだけよ」
「それが擦れてるって言うんだよ」
こんな状況だから楽しいことは良いのだけれど、話が進まないよ。
「あのぉ」
「おお、そうだったレジストの事だったな」
「ごめんね。この男が私たちの事を悪く言うから」
「言ってないよ。そんな恐いこと」
「なんか言った?」
「いや、何も。……それでお嬢さん、レジストって言うのは身体強化の魔法で火魔法などに対抗することを言うんだ」
「身体強化ですか?」
「速く走れたり、力が強くなるやつだな。いわゆる引く魔法だ。俺たちが使った火魔法は押す魔法だ。引く魔法と押す魔法を合わせると?」
術者の男は、答えろと私に向かって手を差し出しだ。
「引く、押す……なくなる?」
「はい、大正解だ。お嬢さん」
術者の男は詳しく説明してくれる。身体強化の魔法は、魔素を引き寄せ魔力で自分の肉体や持っている武器防具を強化させる。対する火魔法などは魔力を押し出し魔素と合わせて魔法となる。そして、引く魔法と押す魔法が合わさると対消滅する。もちろん、あまりにも魔法の力に差がある場合はどちらかの魔法が残ると言う。ちなみに魔石を使った場合は、引く押す魔法に関係なく消滅しなくなると言う。
「でもね、レジストにも欠点があるのよ。使う魔力が少ないのは良いんだけれど、ずっと魔力を流し続けないといけないの」
「そうそう、火魔法が自分に飛んできたときだけ、発動することも出来るよ。ヒヤヒヤもんだけどね」
「あーあ、大魔力持ちだったら、ずっと発動しっぱなしに出来るのに。魔力貧乏な自分が憎い」
「大魔力持ちだったら、もうお金持ちになってて、こんな戦いに参加しないって」
「そりゃそうだ、ハハハハ」
術者たちが笑い声をあげる。
「ありがとうございます。勉強になりました」
あとで、みんなに教えてあげよう。でも、ナビ姉あたりは忘れてたって言いそうだな。
ドドーン
再び敵の火魔法が門に当たり爆発した。私たちは反射的に頭をかかえた。
「野郎ども、火を消すぞ」
「「おうっ」」
門を守る男たちの声が響いた。
レジストの解説回でした。火魔法の応酬が続きます。
次回、夜は潜入ミッション