096 初手は俺たちから
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ナビ、ラズリ、ソルの3人が敵軍来襲の知らせを持って帰ってきてからというものの、サーナバラ村にやってくる人々が絶えない。家財道具一式を持ってきた家族。貴重品だけ持ってきた家族。移住を希望する者たち。保護を求める者たち。サーナバラ村は混乱中だ。
みな、パオースの町の西側地域に住む農村の人たちだった。戦乱から逃れようとサーナバラ村を頼ってやって来たのだ。
ホスバによる日頃からサーナバラ村の住み易さの宣伝と戦乱に巻き込まれそうな話の事前拡散、ソルによる各農村への王国軍来襲の知らせで、前々から準備していた人々が街道よりさらに奥地へ、パオースへ、サーナバラへと避難した結果だった。
サーナバラの人の数が500を越えそうなぐらいには膨らんだ。パオースの町もサーナバラと似たような状況だ。そして、サーナバラの住民は全員、サーナバラ温泉ランド要塞に避難。入口は閉鎖してある。
村の人数が増えて困るのが、住宅と食糧。住宅はとりあえず、倉庫を解放して一時避難所にした。食糧はホスバと有志たちでパオースの東側農家からの買い付けに奔走してもらった。
数日後、王国軍がパオースの西の門前に現れ降伏勧告をしてきた。当然のようにパオースの町は拒否。王国軍が現れる前から、独立意識が高い町の市議会に降伏派はいなかった。
どんだけ、武闘派なんだよ。
パオースの市民たちも徹底抗戦する気概でいる。しかし、王国軍は降伏勧告には来たものの拒否を持ち帰っても攻めてこない。門前の彼方で食事作りを始めてしまった。
まったりとした時が過ぎて日が沈む。俺からすると非常にゆったりとした戦いに思えるが、戦いを体験している者からするとこれでもかなり急な展開らしい。
では、初手は俺たちからだな。
◇
日が沈み、夜半ごろ俺たちは活動を開始した。夜活動班は、俺とナビとソル。昼活動班は、バレンナとラズリと領軍だ。昼活動班は今は就寝中。いざとなったら起こすけどね。
「ナビ、例の物は?」
「大丈夫だよ、6匹が元気。この子たち面白いよ、いつもいっしょなんだよ、光るのが」
「へえ、だからなのか。俺たちもベリーグに行くときにはびっくりしたよな」
「うん、そうそう。今じゃ笑い話だもんね、アハハハ」
アハハハじゃないよ。あの時は、ナビ、お前が俺を締め落としたじゃねえかよ。
「ソルの方は、どうだ」
「こちらも大丈夫だ。両手分が間に合った」
シャキン
ソルが両手に金属製の熊手を持って俺に見せてくれる。
「主、これを見てくれ。この前戦った魔獣の爪を参考に仕上げてみた。どうだろうか」
熊手は、ソルが鍛冶屋とああでもない、こうでもないと取り組んでいた代物だ。
ソルが薄い紫色の目で俺を見つめてくる。ソルの目に吸い込まれそうだ。
やべえ、俺は、こういう真摯なソルに弱いんだよ。
「おう、バッチリだ。さすがソルだ。問題ない」
「そうか」
ソルの表情は変わらないが、熊手をじっと見て何度も頷いた。誉められて嬉しいのかもしれない。
「良し、ナビ、ソル、行くか」
「今回も任せてよ、サブロー」
「承知」
俺たち3人は、黒装束に身を包み闇に溶け込む。
「やっほー、忍者だあ」
「ほう、これが忍者の衣装なのか」
ナビ、何でお前が忍者を知っているんだよ。
「ソル、そうだよ。サブローがいつも話していたでしょう。これが忍者だよ」
「うむ、そうか」
あれっ、俺は忍者の衣装まで話したことがあったかな? 覚えてない。ソルも嬉しそうだから、まあ良いか。
「近づいたら、静かにな」
闇の中に溶け込んだふたりが頷いた感じがした。
◇
それは、商人たちの野営地の外れから始まった。ひとりの男が用を足そうと繁みに入っていった。すると、そこには自分を見つめる緑の四つ目が光っていた。男は、四つ目に気付き少しづつ後退したのだが、四つ目は素早く動き爪で男の皮膚を切り裂いた。
ギャー、魔獣だあ!
男は大声を出しながら、野営地に転がるように逃げた。
野営地のかがり火が、次々と消え悲鳴が増えていく。闇の中を緑の目が流れると、その先で悲鳴が上がる。人々は我先に逃げようと荷物を残して、湿地帯の街道の入り口に殺到する。
「貴様ら、ここは通せん。将軍の命令だ。戻れ、戻れ」
「兵隊さん、無理だ。魔獣が出たんだ。ここを通してくれ」
「なんだと、魔獣だと」
「そうなんだ、魔獣が出たんだ。見てくれこれを、魔獣にやられたんだ」
男は、魔獣に襲われた箇所を兵士に見せる。服と皮膚は切り裂かれ、服はボロボロになり血が滲んでいる。
「兵隊さん、さっきはなんとか逃げられたんだ。後生だから、ここを通してくれ」
兵士と男が会話している間にも、悲鳴が上がり、さらに人が集まってくる。通してくれ、通してくれと集まった人々は口を揃えて言う。
「いや、ダメだ。ここを通す訳にはいかん。副長、お前の隊はここを守れ。誰も通すな。俺の隊は魔獣を倒しに行くぞ。途中で傭兵の奴らも拾って手伝わせろ」
「ハッ、隊長」
隊長が兵士を引き連れ、悲鳴を頼りに魔獣がいそうな現場に駆けつける。途中で見つけた傭兵を自分の隊に組み込みながら。
「囲め、囲め」
緑の目を目印に包囲しようと隊長は号令をかける。剣や短槍を構え動く緑の四つ目を囲む。
ボキッ
パキンッ
ギャー
ぐるりと囲んだ兵士たちから悲鳴が上がる。ある者は短槍を折られ、ある者は剣を折られ、ある者は切り裂かれた。
兵士たちは、闇が深すぎて緑の四つ目以外どこのような魔獣なのか皆目見当がつかない。ただ、動きが速いのだ。兵士たちは四つ目を取り囲んでいるにも関わらず、どんどん傷を負うって包囲網から脱落していく。
ギャー
また一人兵士が切り裂かれた。隊長の周りから無傷の兵士がいなくなった。
「お前たち、下がるぞ。後退だ、固まれ、襲われるぞ、固まれ」
四つ目に対する包囲が維持出来なくなり、隊長は後退を命令した。深手の怪我をした兵士を中にして固まり後退する兵士たち、四つ目と対するは隊長の男だ。
兵士たちは、街道の入り口までなんとか逃げきった。そこに副長が駆けつける。
「隊長、大丈夫ですか。魔獣は?」
「ダメだ。手がつけられないぐらい強い魔獣だ。街道に避難するぞ。将軍に伝令だ」
「ハッ、何と伝えますか」
「魔獣が現れわれ撤退すると、軍に付いてきた連中も盾ぐらいにはなるさ。俺たちの後に街道に入れろ」
「ハッ、伝令!」
副長は、伝令を呼び将軍への報告内容を伝え走らせる。そして、兵士たちに向かって命令した。
「撤退だ」
兵士たちが街道をパオースの町に向かって撤退すると、街道に入ろうとする者を誰も止める者がいなくなり、商人や傭兵たちも兵士たちを追って街道に入っていった。
湿地帯の街道の入り口付近には人気がなくなっていた。商人や鍛冶屋などの軍に付いてきた人々が置いていったものが散乱している。
闇に3つの影が浮かび上がる。
「ソル、だれか残っているか」
「否、誰も」
「ナビ、映像を切ってくれ」
「うん、切ったよ」
「ふう、結構キツいな」
「そうだね、あれだけの人数だから仕方ないよ。でも、虫たちを使ったお面とぼやっとした映像だけだから、魔力が持ったんだと思うよ」
「そうだな、夜だから助かったな。これが昼だったらこの手は使えなかったな」
「とりあえず予定通り第一段は成功だね。サブロー」
「いや、最後の締めをしないと、もし気絶したらよろしくな。ナビ、ソル」
俺は、残った魔力を使って魔法を発動した。
初手はサブローが打ちました。ソルの偽魔獣騒ぎです。
次回、街道が爆発し燃え上がる