095 パオースの町は降伏しない
◇
我輩は、報告にない事はきちんと調べるのである。
ヨーマイン軍に攻撃される事もなく、パオースの町の手前に広がっている湿地帯の入り口手前まで軍を進めて止めた。遥か遠くにパオースの町が見える。
湿地帯の街道の入り口の隣には、大量の土が高く積まれており土の山の裏までは見通せない。傭兵たちの偵察で、山の影には誰もいない事は確認済だが気に入らない。
「あの土盛りは何だ。報告にはなかったのである。よく調べたのであるか」
「ハッ、調査の結果では周囲には誰もおらず、内部構造も特になしとの報告です」
「その調査には、術者も加わったのであるか」
「ハッ、土の術者が調べましたが特におかしな点はないとの報告です」
軍を率いてきた南地域の貴族は、先行部隊を統括する騎士に問いただして状況を確認し参謀たちの意見を聞いた。
「参謀、見解を」
「ハッ、将軍。参謀隊としての見解ですが、パオースは湿地帯入り口のこの地に、砦を構築しようと試みたのではないかと思われます」
「その砦のための土と申すのであるな」
「ハッ、その通りです」
「うむ、砦か……土は多くもなく、少なくもないのである。まあ良い、この入り口に100を置いて守らせ、商人たちの運搬以外は何人なりとも通してはいけないのである」
「承知いたしました」
「それから、商人や鍛治屋などの者たちは、ここで商売するように通達するのである。何かあったら壁ぐらいにはなってくれるのである」
「ハッ、通達いたします」
「では、今日中にパオースの門前まで前進するのである」
「ハッ、軍を前進させます」
先行部隊を統括する者、行軍する統括する者、商人や鍛治屋などの庶務を統括する者たちは、慌ただしく自分の持ち場に駆け出した。
「全軍、前進」
騎士の号令とともに、軍がパオースの町に向けて進みだした、この地に留まる者たちを残して。
我輩は、馬上から軍の様子を確認して弛みがないか確認するのである。弛みは弱み、弱みがあっては戦いには勝てないのである。士気や良し、我輩も出発するのである。
◇
パオースの町から降伏勧告に行った使者が戻ってくる。パオースの門の壁は報告にあった高さの倍の高さになっており、容易に越えられそうもない。門近辺以外の壁の高さは報告通りだが、壁の下が沼地では梯子をかけるのは容易でない。
使者は、パオースの町は降伏しないと返答したことを将軍に報告した。
小さな町のくせに小癪なのである。
「明日の朝から攻撃するのである。今日は行軍の疲れを癒しゆっくりと休むのである」
優秀な司令官は、味方の状況を絶えず把握するものである。ゆえに我輩は優秀なのである。
「ハッ、全軍に伝達いたします」
「本陣を構築し、守りを固めるのである」
「ハッ」
工作部隊がパオースの門より離れた街道に、貴族たちの天幕を張る。そして、前後には従者たちを配置して守りに当たらせた。軍は、最前線の隊を除いて食事の用意に入った。
「参謀たち、少々状況が変化したが、今夜中に作戦を練るのである」
「ハッ、将軍」
天幕が設置された頃には、夕暮れ時になり途中の道筋で調達した木を燃やしかがり火を作った。
天幕の中は、光の魔石によりほのかに明るい。中央に置かれた状況模型を囲んで将軍と参謀たちが明日からの作戦について話を始めた。軍に従軍している料理人が簡単な食事を準備し、食事を摘まみながら作戦について検討する。
「明日の朝に、再度降伏勧告をいたします」
「うむ」
「拒否を確認してから、火の魔法で門を焼き払います。そして、傭兵たちを突入、従者たちによる瓦礫の排除、騎士の突撃をして町を占領します。少なからず抵抗はあるでしょうが、すぐ終息することになりましょう。少々、町の門の壁が高くなったからと言って、我が軍の作戦には些細な影響でしかありません。1日でかたが着くでしょう」
参謀たちは、状況模型に各駒を置き、動かしながら将軍に作戦を説明する。
「うむ」
参謀たちの作戦の説明が終わると、将軍の秘書係が戦後について説明を始めた。
「町の住人は、一ヶ所に集めて監視します。その後、南地域での農作業者として移住させ、この町は王国最前線の砦として再構築する予定にてございます」
「うむ」
「再構築の際には、南地域の商人たちを呼び使う予定です。彼らにも旨みを渡さないとうるさいですので」
「うむ」
参謀の代表が、秘書係と替わり将軍に最終確認した。
「いかがでしょうか、将軍」
「うむ、少し塩が足らないのである」
参謀の代表が秘書係を見ると、秘書係が再び説明を始めた。
「さすがです、将軍。我々も失念しておりました。パオースの隣村では塩が調達できるとのこと、塩については将軍の専売となる予定でございます」
「うむ、問題ないのである」
こうして、明日からの作戦を確認した将軍や幕僚たちは眠りについたのだった。
◇
騒ぎは夜半を過ぎて起こった。
「起きろ、ルガオルド、起きろ。ここから逃げるぞ」
「……な、なんだ、おっちゃん。逃げるだって、何からだ」
「わからん、傭兵の一隊が何かと戦闘を始めたようだ。目端の利く者たちが湿地帯の街道の方に逃げ出している」
「俺たちも、戦った方が良いんじゃないか」
「いや、逃げるぞ」
「……あの娘の話しか、おっちゃん」
「わからん。いや、そうかもしれん。俺の感だ」
「……わかった。逃げよう」
ふたりは、会話をしながらも私物を片付け身支度を終えていた。これまでの傭兵稼業で身に付けた習慣であった。
川が流れるように人々が湿地帯の街道へと移動して行く。ルガオルドは、街道へと逃げる商人を捕まえ何が起こったのを聞いた。
「何があったんだ」
「魔獣だ。4つ目の魔獣が出たんだ」
それだけ答えると商人は遅れた分を取り戻すかのように急いで逃げていった。
「おっちゃん、4つ目の魔獣だとよ。こりゃあ、裏がありそうだな」
「ああ」
逃げる人の波に巻き込まれないように、逃げ始める男2人だった。男たちは、この地に4つ目の魔獣の話など初めて聞いたぜと言い合いながら。
パオースの町は降伏勧告を拒否しました。戦が始まろうとした夜の出来事です。
次回、初手は俺たちから