093 我輩は天才である
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我輩は天才である。我輩の叔父上も天才である。ゆえに我輩の一族が次代の王朝を開くのである。
叔父上の命を受け、我輩は東征を始めた。軍勢を集めて訓練を施し装備を整える。食糧を徴収し軍を動かした。
東地域の貴族たちの不甲斐なさよ。我輩の軍勢が姿を見せると次々と降伏し服従したのである。そして、我輩の軍は大きく膨らんでいったのである。
ヨーマインは東地域の要の町だ。ヨーマインを落さないと安心して中央地域に進出できない。背後に不安をかかえての戦いは困難なのだ。ゆえに我輩は考えたのである、ヨーマインの攻略方法を。
まずは、配下の男たちをヨーマインの町に派遣して状況を確認する。すると、ヨーマインの士気が高いことがわかった。二度の太守館の防衛戦をしのぎ、周囲の敵対勢力を一掃したからだ。ただ、戦力不足で敵対勢力を併合するまでには至らなかった。
また、ヨーマインは外国勢力と結び、背後に安心できる相手がいるのも、士気が高い理由と分析された。では、外国勢力とはいかなる相手なのか?
我輩は調べたのである。
外国勢力と言うには片腹痛い。たかが小さな町と壁もない村ではないか。小山のような城と高い物見の塔があるらしいが、軍事施設とは呼べないような代物らしいではないか。また、100も満たない兵士など軍とは呼べない。
そして、我輩は決めたのである。
まずは、国外の町を攻略しヨーマインの士気を挫く。さすれば、ヨーマインは孤立し降伏を考えるだろう。
もし、国外の町の攻略中にヨーマイン軍が巣から出て来ても、それも良し。軍勢の少ないヨーマイン軍など一捻り。ヨーマインの降伏が早まるに違いない。
ヨーマインを降伏させ、その上で中央へ打って出る。完璧な戦略である。ゆえに、我輩は天才である。
◇
「おいおい、おっちゃん、ヨーマインの町を通り過ぎたじゃねえか。俺たちは一体どこに行くんだ」
若い男が隣を行軍する男に聞く。隣を歩く男は、若い男の方を振り向きもせず答えた。
「パオースだ」
「マジかよ。過剰戦力だろ、パオースの町の人数より多いじゃねえか」
若い男たちが参加している軍は、2,000を越えていた。ただし、軍に付いて来て商売する商人、鍛治職人、娼婦や貴族たちを世話する料理人や下男を含んだ人数だった。戦闘に参加する者たちは、全体の三分の二程度だろう。貴族と騎士、その従者、そして傭兵たちだ。軍勢は2㎞にもおよぶ隊列を作り、ヨーマインの町をゆっくりと通り過ぎ東を目指して行進する。
「それにパオースまで、こんな長い隊列で大丈夫か。ヨーマイン軍に襲ってくれって言ってるようなもんだろ。一番後ろの俺たちが一番あぶねえじゃねえか、おっちゃん」
「それが狙いだ」
「それじゃ、俺たちは餌かよ。俺たちを餌にヨーマイン軍を釣りだして叩こうってことだな。俺たちを餌にするとは、ひでえなこの軍のお偉いさんたちは」
若い男が、周りの者たちを見回しながら言う。周りには、傭兵や何もわかっていない者たちしかいない。貴族や騎士、従者はひとりもいないのだ。
「ヨーマイン軍は、襲ってくるようなことはしない」
「そうか、おっちゃん。ヨーマイン軍もそんな事はお見透しってことか。そうなんだろ」
「そうだ」
「おっちゃんがそう言うんだったら安心だ。……おっちゃん、この件、いつものところからの依頼か」
若い男は、隣の男に近づき小声で聞く。おっちゃんと呼ばれた男は、初めて若い男を見て同じように小声で答えた。
「そうだ。従軍してヨーマインの同盟相手を探れと」
「それが、パオースってことか」
「そのようだが……」
「何か気になるのか、おっちゃん」
男たちの会話の声が少々大きくなっても、周りの喧騒にかき消されてしまう。
「……」
「こんな大軍で攻められたら、パオース程度の町だったら戦う前に降伏するだろうな。楽な仕事でよかったじゃねえか。何が気になるって言うんだ」
「お前も知っているだろ。ヨーマインの館の防衛戦。一度目も二度目も女傭兵が活躍した話だ」
「ああ、俺も聞いたぜ。無双した女傭兵が実はメイドだったって話だろ。どこが笑いのツボなのか、全然わからんぜ」
ヨーマイン太守の館の防衛戦。今は太守の館はもぬけの殻だが、そこで活躍し女傭兵の話は、尾ひれがついて拡がっていた。
「その女傭兵は、サーナバラからやって来たと言う話がある」
「サーナバラ? そんな名前の町なんてあったか」
「パオースの町の隣にある村らしい。小山を崩して作られたようだ」
「パオースの隣、小山、女傭兵……まさか」
「……」
「まさか、あのべっぴんさんが無双したのかよ。マジかよ。いや、あのべっぴんさんなら、マジでありそうな話だな」
男たちが、話しながら歩いていると前方から馬に乗った騎士が近づいて来た。その騎士は、男たちとその周りにいた傭兵たちに向かって指示を出した。
「そこの傭兵たち、殿はもう良い。パオースに向かって先行しろ。パオース軍が待ち伏せしていないか偵察だ。いいな、早く行け」
傭兵たちは誰も返事せずに先を急ぎ出した。騎士がぶつぶつと文句を言っているのが聞こえるが、傭兵たちは無視している。
「ザンドのおっちゃん、まさかとは思うがこの軍が負けるってことはないよな。いやな感じしかしなくなったぜ」
「わからん、気を付けことだ。ルガオルド」
他の傭兵たちに遅くれないように、急ぐ二人であった。
南地方の貴族に率いられた軍勢がヨーマインを通り過ぎ、パオースに向かって行きます。
次回、あれは、なんだろう
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003 登場人物(パオース編)
013 場所/地理(王国勢力編)
を追加しました。
平日はSSS更新、週末に本編更新を予定しています。