089 王国からの旅人
◇
その日、ガンオが部下を一人連れてサーナバラの領主館にやって来た。ふたりとも顔がしまっていて、ただ事でないことが伺い知れた。
そんな顔していも惚れんからな、ガンオのおっさん。
「サブロー、病み上がりの所申し訳ないが、明日か明後日にコネロド商会に来てほしい。大変な話がある」
「大変な話? 板ガラスの話ですか。申し訳ないですが仲介はどの商会にも頼まない予定ですよ」
「いや、そういう話じゃない。お前とソル殿とサーナバラ領軍の代表と、出来れば逗留中のヨーマイン太守夫妻に声をかけて来てほしい。頼めないか」
「はい、太守には頼めますけど。承知してくれるかは別ですよ」
「ああ、それで構わない。頼んだぞ」
ガンオは、話を終えるとパオースの町に帰って行った。俺は、いっしょに話を聞いていたオドンに聞いてみた。
「オドンは、ガンオのおっさんの話の内容が何か見当はつくか」
「サブロー、いやサブロー様が寝込んでいた間に、ある噂がパオースの町の守備隊で広がったんだ。たぶん、その事だろう」
「オドン、無理に俺を様呼ばわりしなくてもいいぞ」
「いや、それでは下の者に示しがつかん。それに俺たちの主だからな、サブロー。問題ない」
「……わかった。さっきの話だけど」
「どうやら、王国の人間がパオースとサーナバラに来たらしい」
「王国の人間? そんなのいつも来ているだろ。珍しくもないんじゃないか」
「いや、軍属の人間らしいという噂だ。コネロド商会はもっと情報があるのだろう」
「なるほど、それでヨーマイン太守を呼んでくれなんだな」
「おそらく、ところでソル殿は? ここのところ訓練が休みなんだが」
「ああ、ソルは今、大工の棟梁の所だよ。刀の砥が終わったとかで、柄と鞘を合わせるって言っていたよ」
「刀に負けたのかよ、俺たち」
オドンが、ソルの訓練がここ数日休みだった理由を知りガックリとうなだれた。
俺は少し前の出来事を思い出した。
◇
俺じゃない俺が、大刀2本、小刀2本の合計4本を造り上げると俺を迎えに来たソルに渡した。
俺とソル、刀を間に通じ合うふたり。見つめる俺、頷くソル。そして、見つめ合ったまま、お互い近づくふたり。
「まあ、良いだろう。おぬしに力を貸そう。その刀を使うが良い。そして精進するのだ」
「承知」
「この男には感謝を。そして、この男の家族には謝罪を」
「伝えよう」
その言葉を聞くと俺の中から何かが抜け、俺はソルの胸に抱かれるように意識を失った。残念なことにその感触を味わうことは無く、気が付いた時は数日過ぎたベッドの上だった。
受け取った4本の刀をソルは楽しそうに研ぎ上げていった。まるで刀と会話しているかのように。そして今日は、研ぎ上がった刀を抱き締めスキップしそうな勢いで大工の棟梁の所に出掛けて行ったのだった。
ソルよ。刃物を抱き締めて嬉しそうにするメイドさんは、ちょっと可愛かったぞ。
◇
「ようこそ、おいでくださいました。ヨーマイン太守様、私はパオースの町の市議の一人でございます。コネロドとお呼びください」
コネロドは立ったまま、ソファーに座っているヨーマイン太守夫妻に向かって挨拶をする。それに対して座ったまま応えるヨーマイン太守。
ここは、コネロド商会の応接間。俺とヨーマイン太守夫妻がソファーに座り、俺の後ろには、ソル、オドンが立ち、コネロドの後ろにはガンオが控えている。俺が、ヨーマイン太守夫妻に声をかけてコネロド商会にやって来ていた。
「コネロド殿、そう改まらずとも良いぞ。私は、非公式滞在だからな。ところで話とは何かな」
「あなた、拙速過ぎますわよ。まずは挨拶をなさってはいかがかしら」
「いやいや、サクレ、今の私たちは温泉に来ている旅人だよ。残念ながら王国の権威はこの町までは届かないのだ。身分を忘れて楽しもうじゃないか」
「いえ、モシャバ様、それでは下の者たちに示しがつきませんわ」
モシャバは、サクレと指を絡ませ、反対の手でサクレの髪を持て遊び見つめて言う。
「私とでは楽しめないのかい、サクレ」
「そ、そんな、私はモシャバ様とでしたらどこにいても楽しめますわ。モシャバ様」
「サクレ、おいで」
「ああ、モシャバ様」
「サクレ」
「モシャバ様」
見つめ合うふたり、やがてふたりの顔が近づき。
ゲホン、ゲホン
俺は咳払いして、いい加減にしろと訴える。
「サーナバラ領主は、気が短いな」
「いやいや、コネロドさんの話を聞きましょうよ。そのために集まったんですから」
「そうだった。コネロド殿、申し訳ない。話を始めてくれ」
若いね、サブロー君。といった目で俺を見るコネロド。太守や領主といった身分に遠慮しているのか、コネロドは立ったままで話し始める。
「では、一週間前、西門に王国からの旅人が現れました。眼光鋭い3人の男たちだったそうです。西門からの知らせで、その男たちを監視しておりました。その男たちはパオースの町とサーナバラの村や温泉を見て、数日前に西門から王国に帰って行きました」
「コネロド殿、そのくらいの事は珍しくもないのではないかね」
「ヨーマイン様、確かに王国からの旅人であれば、珍しくもありませんし歓迎もいたします」
「その者たちは、何か町に不利益を働いたのかね」
「いえ、何も」
王国を非難されていると感じたのか、ヨーマイン太守の言葉に親しみの欠片さえない。
「話が永くなりそうですね。ソルお茶を入れてくれ。コネロドさん座りませんか、よろしいですかヨーマイン様」
俺がヨーマイン太守にそう聞くと、ここはお前たちの町だ好きにしろと返された。俺は、コネロドに頷き俺の隣に座ってもらった。ソルが馴れた手つきでお茶を入れ座っている4人に配る。毒なんかは入っていないが、礼儀として俺が先に飲まなきゃなと思いソルのお茶を飲んでみる。
「あれ、意外と旨い」
「主、意外とは心外だ。これはトアとの訓練の成果だ」
「ソル、すまない。美味しいお茶をありがとう。皆さんもどうぞ、うちのメイドの粗茶ですが」
ソルの強さをよく理解していないモシャバ以外は、苦笑しながらお茶を飲むとおやっといった顔になった。意外な旨さと強者ソルのイメージが合わないのだ。姿はメイド姿なのだが。
「サーナバラ領主、メイドにしておくにはもったいない女と聞いている。譲る気はないか」
「あなたっ!」
サクレは夫の軽はずみな発言を咎める。
「サクレ、お前も気に入っているのだろ」
「それは、そうですけど。バレンナ殿との仲を見ていては、そのようなことは言えません」
サクレはモシャバから顔をそらす。モシャバは、その顔の顎を引き寄せ、自分の顔の前にサクレの顔を持ってくる。
「俺は、お前の事が心配なんだ。これからは戦に出ることも多くなるだろう。そんなときにお前を守れる者がいれば安心だ。それに女だしな」
「私は、騎士の誰かが守ってくれれば大丈夫ですよ」
モシャバは、違うんだと大袈裟に頭を左右に振りながら言った。
「おお、サクレ、私が心配なのだよ。騎士たちが、素敵なサクレに惚れてしまわないかと」
「モシャバ様ったら、そのような事を」
「サクレが素敵過ぎるのさ」
「モシャバ様ったら」
俯くサクレの顎に手を添えてモシャバは優しく持ち上げる。
見つめ合うヨーマイン太守夫妻。
「モシャバ様」
「サクレ」
ああ、もう好きにしてくれ。
ヨーマイン太守夫妻のイチャイチャで話が進みません。コネロドが王国に動きに神経をとがらせています。
次回、(訪問者)お兄さんも男の子




