088 黙って仕事していればイケメン
◇
俺は、俺の働く姿をずっと見ていた。他にどこにも行けないのだから仕方ない。俺ってこんなに働き者だったんだ。
「サブロー兄さん、お弁当持ってきたよ。ちゃんと食べてね」
「おう、ありがとうバレンナ」
俺は、炉の魔石を交換する。これで数時間は炉の中の炎は燃え続けるはずだ。その間に空になった魔石に魔力を充填しておくのだ。
「サブロー兄さん、あと、どのくらいかかるの?」
「あと、一晩だ」
「2日間も徹夜でしょう、体には気を付けてね」
「ああ、気を付ける。でも俺は大丈夫さ。バレンナのお弁当のお陰でね。キラッ」
髪を掻き上げ、笑顔で歯を光らせる俺。
「そんな、サブロー兄さん」
俯いてモジモジするバレンナ。
バレンナ、そんな俺に騙されちゃダメだ。そいつは俺だけど俺じゃない。よく見ろ、その俺は、虹彩が少し紅いだろ。それは、目の充血じゃないぞ。
取り憑かれている俺だ。
「じゃあまたね、また、お弁当持って来るからね」
「ああ、また頼む」
少し頬が赤くなったバレンナが、大きく手を振りながらサーナバラに帰っていく。俺も少し手を振っていたがすぐ仕事に戻った。
俺って、黙って仕事していればイケメン?
◇
折れた刀をどうやって直したものかと刀を眺めながら俺は考えていた。とりあえず分解しようとした。ところが、本体から柄を取るまで小一時間かかった。目釘の仕掛けがわからなかったからだ。大工の棟梁の所に行って相談して初めてわかったのだ。
棟梁の指示でどんどん分解していく。そして、なかごを握った瞬間、俺は俺の中から弾き飛ばされ、気が付くと俺の背中を見下ろす位置にいた。
俺は、たぶん刀に乗っ取られた。ここからの俺は、俺であって俺ではない。俺は、棟梁といっしょに鞘も分解し折れた刀の先も取り出した。
俺は、棟梁に同じものを作ってもらうために柄や鞘の構造解析を依頼した。珍しい物が好きな棟梁は、二つ返事で引き受けてくれた。また、木炭と鍛治道具を石切場に手配して俺は、次の場所に向かった。
次の場所では、砂鉄探しと収集だった。土魔法で砂鉄のありそうな場所を探し出し集めて、ゴーレムにして石切場に移動させる。ゴーレムといっしょに石切場に移動した俺は、木炭が到着するまで炉を作る。
木炭が届くと、炉の中に砂鉄と木炭と魔石を細かく磨り潰した粉末、そして折れた刀を土魔法で鉄粉にして混ぜ込みながら火を入れた。そして、3ヶ日目に火を止め炉を崩す。すると、崩れた炉の中から赤く焼けた塊が出て来た。あれが鉄の塊なんだろうと思った。
俺は、冷えた鉄の塊を鍛治道具で切り分けた。俺は、切り分けた鉄をハンマーで叩いた音を頼りに仕分けている。何をどうしようとしているのか。続けて俺は、仕分けた鉄を塊にして炉で熱してハンマーで打ち付け伸していく、ある程度伸すとふたつに分けて重ね合わせそしてまた伸す。ハンマーはゴーレムが持って、俺の指示で振るっている。
折り重な練る過程で、俺は魔石の粉末を混ぜていく。俺は、何度か折り重さねた物を目の前に持ってくると、それを睨み付けた。どうやら俺は魔力を通しているみたいだ、俺の中から魔力が抜けていく。魔力の通しを納得し頷いた俺は、今度はそれを整形して4つに分けた。
これは、柔らかい鉄だ。刀身の芯になるものだとなんとなく俺にはわかった。
一休憩して俺は、また一から鉄を打ち始めた。今度は硬い鉄だ。段々と俺の背中から見ている俺にも、わかってくることがある。
先程の同様、魔石の粉末をかけては折り重ねて打ち伸ばす、魔力を通して具合を見る。その出来に納得した俺は、最後に整形した硬い鉄で柔らかい鉄を挟み込み魔石の粉末を振る。炉で熱して整形しながら打ち伸ばしていく。
刀の形になっていく様を、俺は俺の背中からじっと見守り続けた。
◇
夜、虫たちが鳴いている。炉の赤さだけが唯一の光源だ。俺は、炉に入れた刀身の色をじっと見つめている。頃合いを見て、炉から少し赤くなった刀身を取り出し、水桶に刀身を入れる。
ジュッ
俺は、刀身を水桶から出し、前に掲げて魔力を通す。刀身はそれに応えるかのように、ほんのりと金色に染まっていく。いや、俺の最初に覚えた土魔法の色の黄色かも知れない。
不意に、虫の音が途絶えた。
「納得した物が、出来たのかな」
「ああ」
俺は、振り向きもせず問いかけの声に答えた。声の主は、俺には近づくつもりはないようで闇の中に立っている。
「あと、どのくらいでサブローを解放するの?」
「残りの3本に焼きを入れ、粗砥して終わりだ。明日の夕方には解放しよう」
「そう、わかった。明日の夕方ね、サブローを迎えに来るわ」
「それが良い、この男には無理をさせた。ここ数日不眠不休だからな。ワシが抜けたら倒れるぞ」
「あんまり、無理させないでよ。サブローは、お兄ちゃんなんだから」
「ああ、承知した」
「じゃあね、サブロー。もう少しみたいだから頑張ってね」
おう、ありがとな。せっかくだから、俺も刀の作り方を覚えるように頑張るよ。
闇の中の気配が消える。
「お主にも心配する家族がいるのだな。悪いがもうしばらく借りるぞ」
ああ、ここまで来たら最後まで使ってくれていいよ。だが、大切な妹たちを困らせないでくれ。
「承知だ」
俺は、まだ焼き入れをしていない刀身を取り、魔石の粉末を練り込んだ泥を薄く刃に塗り、背には厚く塗り炉に入れた。そして、刀身が赤くなるのを待つ。
再び、虫たちが鳴き始めた。
サブローは取り憑かれ、刀を造りました。心配した妹が様子を見に来てくれました。
次回、王国からの旅人