085 バレンナがおかしい
◇
領主館の食堂で飯を食いながら俺は悩んでいた。バレンナは食事を終えるとみんなを待たず、そそくさと食堂から出ていった。
バレンナがおかしい。
俺と目を合わせてくれない。会話してくれない。俺を見かけると逃げるようにいなくなる。
ヤバイ、ヤバイ。あれが、バレたのだろうか。
バレンナをおんぶした時に、お尻をさわったのが。薄い胸の感触を、げふん、げふん。
「ん、サブロー、ダメ兄、バレンナに謝る」
「ラズリの言う通りだよ、サブロー。悪いことやったら謝る。それが、人が進むべき正しい道だと思うよ」
フォークを俺に向けて、ダメ出しするラズリとナビ。
うん、そうだな、ラズリ、ナビ。俺は、過ちを認める男だ。善は急げと言う、早速バレンナに謝ろう。でも、人にフォークを向けてはいけません。それに、俺の心を読むのも勘弁してくれ。
「ん、顔に出てる」
えっ、そうなの。
「主は、悪いことをしたのか。バレンナを助けただけに見えたが」
「ソル、俺は弱い男だった、心の弱い男だったんだ」
「大丈夫だ。主はそんな弱くはない。弱く見せる必要はない」
「ありがとう。ソルだけだよ、俺を分かってくれるのは」
後ろに立っているソルが、俺を励ましてくれる。そして、給仕してくれているフィナが俺に言う。
「サブロー様、サブロー様は弱いふりする悪い男だったんですね」
「ん、そう、サブロー兄は悪い男」
「そうだよ、フィナちゃん、サブローは悪い奴なんだ。バレンナみたいな可愛い女の子を騙すんだから、フィナちゃんも可愛いんだから騙されないようにね」
こらこら、フィナに変なことを吹き込まないように。
「なんと、主は騙す事もするのか。しかし、武道において騙しは決して悪いことではない。フェイントや隙を作り、相手を誘導する高等技術だ。戦いのテクニックのひとつだ」
「サブロー様は高等技術者……」
「そうだ、フィナ。バレンナはサブローの背で、気持ち良さそうにしていたぞ。安心した顔だった、そうした安心を相手に与える事も高等技術だ」
「気持ちいい……」
「そうだね、たまにサブローは、優しい時もあるよね」
「ん、たまに優しい、大半はお馬鹿」
「サブロー様は、気持ち良くて、優しい……」
「なんだよ、みんな、そんなに俺の事を誉めてくれるなんて、嬉しいよ」
「私、わかりました」
「何がわかったの、フィナちゃんは」
「サブロー様の正体です」
「俺の正体?」
フィナは、目を輝かせて俺を見る。
「はい、サブロー様は、弱いふりして可愛い女の子を騙し、優しくテクニックで気持ち良くする、悪い男なんです」
いやいや、フィナちゃん。俺は、そんな男じゃないからね。変に繋げちゃダメだよ。
「フィナちゃん、大正解」
「ん、大体合っている」
「なるほど、さすがだ、主」
「……」
「私は、そんなサブロー様でも大丈夫ですよ。いつでも愛人になりますよ」
「……」
バレンナ、ごめんよ。謝るには時間がかかりそうだよ。俺が立ち直る時間が。
◇
バレンナはなかなか捕まらないが、俺は仕事に捕まった。ホスバに捕まりサーナバラの次のビジネスを考えろと言われた。もう、領主とか関係ないよね。
うーん、何かないものか。
せっかく、火の魔法を覚えたので活かしたい。しかし、剣の鋳造ぐらいしか思い付かない。他に何か付加価値があって、出来れば平和的な商品はないものか。土魔法で素材が集められて、火魔法で作れるもので、俺が作れそうなもの……
ガラスはどうだろう、板ガラスなんかは。
素材は石のキラキラ成分と石灰と灰だったような気がする。熱して型に流し込めば出来るかな。ダメもとでやってみるか。
耐火煉瓦ってなにそれ、美味しいの?
たぶんガラスのもとを溶かして板ガラスを作るには、耐火煉瓦が必要なんだろうけど、俺は耐火煉瓦が何なのかはわからない。熱に強いぐらいとしか思い浮かばない。とりあえず、砂岩を煉瓦状にカットして積み上げ炉にした。後で陶芸職人の所に行って譲ってもらおう、どこに居るのかはわからないけど。
坩堝も砂岩で作った。そこに、石のキラキラ成分、石灰と灰を少々入れて、炉の中に収め炉に蓋をする。後は、火魔法で炎を出して魔力連続補充して炉の中を加熱するだけ。
小一時間加熱し続けて、炉から坩堝を小型ゴーレムで取り出し、磨き上げた石の枠にガラスを注ぎ込む。赤みを帯びたガラスっぽいものは、飴のように枠に入った。
磨き上げた石のローラーで、ガラスを伸ばす。頑張れゴーレム!
後は冷ますだけだ。
◇
四角いガラスを、領主館の広間でみんなに見せる。
「どうかな、ガラスを作ってみたんだけど」
ホスバは、ごく薄い緑色の入った板ガラスを持ち上げ、透かしたり、表面を丹念に見て品質を確認している。それを隣で見ている、ナビとラズリも興味津々で待っている。ホスバは板ガラスを、ナビに渡して俺に向かい合う。
「サブロー様、これを1日どれだけ作れますか」
「そうだな、設備を大きくしたり、増やしたりして、人手を集めれば、もっと大きいものを1日に100枚は作れるんじゃないのかな」
「それでは、早速お願いします。人手の方は私が集めますので、設備の方をお願いします」
「まあ、いいけど、これ売れそうか。ちょっと歪んでいるし、気泡なんかもあるんだよな」
「サブロー様、これは売れます。私が、ほかで見たものは細かいガラスで繋ぎ合わせて使うものです。こんな板のようなガラスではありません。王都や沿海州の大きな町に行けばあるかも知れませんが、少なくともパオースの町では見かけません。パオースの町一番の大店であるコネロド商会でも、見掛けたことはないです。きっと大変な価値になりますよ」
ホスバが身を乗り出して、俺に板ガラスの素晴らしさを説明してくれる。隣では板ガラスを挟んでナビとラズリが、手を振って相手が見えているのか確認している。
「サブロー、凄いじゃない。こんなのを作れるなんて、もっといっぱい作って領主館の窓を全部ガラスにしようよ」
「ん、ナビ姉、素敵」
「ナビ様、素晴らしい発想です。サブロー様、ナビ様の言う通りこの領主館をガラス窓だらけにして見本にしてしまいましょう。商人を呼んで見せつけるのです。ガラスの価値を」
そうだな、サーナバラ温泉ランドも最初の頃の勢いは無くなり、リピーター商売となってきたし、新たな集客として植物園を計画しているが、今は単なる畑となっている。作資金難だから、とにかく稼がなくては。
良し、頑張るか。
「じゃあ、早速明日から準備するよ。ホスバは人手集めよろしくな」
「はい、わかりました、サブロー様」
◇
「バレンナ、話があるんだ。聞いてくれるか」
やっと、ソルの訓練に参加しようとしているバレンナを捕まえ話を聞いてもらう。バレンナはもじもじして、すぐにでも逃げ出したいようだ。
「何? サブロー兄さん、私、急いでいるんだけど」
「ごめんな、バレンナ、急いでいるのに。手を出してごらん」
バレンナは、明後日の方向を見ながら素直に手を出してくれる。俺はその手にあるものを渡した。バレンナは受け取ったものをじっと見る。そして、指で摘まんで透かして見る。
「綺麗、これ、どうしたの、サブロー兄さん」
「俺が作ったんだよ、ガラス玉って言うんだ。バレンナにあげるよ」
「えっ、もらっていいの? ありがとう。嬉しいよ、大切にするね」
バレンナは、ガラス玉を手のひらで転がしたり、覗いたりして嬉しそうにしてくれている。
やっと、話を聞いてくれそうだ。バレンナに早く謝ろう。
「バレンナ、ごめん、赦してくれ」
「何? サブロー兄さん、私、別に謝られるようなことされてないよ。むしろガラス玉もらって嬉しいよ」
「いや、実は……」
俺がバレンナをおんぶして感触をとの話になると、バレンナは俯きぶるぶると震えだした。
「やっぱり、怒っているよね。ごめんバレンナ。俺が悪かった」
急にバレンナは顔をあげると、涙を貯めた目で俺を睨んだ。
「サ」
「サ?」
「サブロー兄さんのバカー!」
バレンナは、声を残し走り去った。
過ちを認めて謝ったとしても、赦してもらえるかは別なんだよね。ごめんね、バレンナ。
俺は、バレンナが赦してくれるまで、板ガラス作製に精を出したのだった。
正直に過ちを認める事は、とても勇気が必要です。作者の近況に何かあった訳ではありません。多分……
次回、キャラバンがやって来た




