084 私は、弱いんだ。
◇
魔獣とソルの戦いが続けている。私は、剣を構えて見ているだけ。だけど、ソルの避けかた、足の運び、剣を入れるタイミング、全てが実戦で勉強だ。以前、ヨーマインの館での戦いを城壁の上から見ていたのとは違い、目の前でソルの戦いが見られる。
オドンを始めとする領軍のみんなも武器を構えたまま、ソルと魔獣の戦いを静かに見ている。ソルが魔獣の爪をすれすれに避けるたびに只々息を飲むだけ。しかし、その目はソルの戦いに釘付けだ。何かを会得したいと目に現れている。
だって、ソルは魔獣に手を伸ばせば触れそうな距離で、爪を避け木剣で魔獣の一番の急所である目を、コツンコツンと叩く。すると魔獣は怒って両手の爪、牙、尾を合わせてソルを攻撃する。しかし、ソルはその攻撃さえもひらりひらり避けて、木剣で目を叩く。まるで先生が生徒たちに、魔獣の弱点はここだよと教えているかのように。
魔獣は一声大きく吠えると後ろに飛んで、ソルとの間を開けた。魔獣は、息を荒らし口の周りは泡だらけだ。対するソルは、少しも息を切らしていない。
私もいつか、ソルのように戦えるようになるのだろうか。
「勝負とは先手、先手と敵を打ち負かすことだ」
とソルは、みんなに教えてくれた。サブロー兄さんに教わった剣豪と言う人の言葉らしい。でも、ソルは魔獣に攻撃されてから攻撃をしていた。
先手って何?
先手って先に攻撃することじゃないの。でも、先に攻撃することではないようだ。そうだとすると、ソルは魔獣が攻撃する前に、何か目に見えない攻撃をしていたの?
はっ!
私は気づいた。ソルは、魔獣にソルが望む通りに攻撃させていたのだ。己に有利になるように敵に攻撃させることも先手なのだ。私にも出来るだろうか。
ソルは言う。自分に何が出来るのかを考えろと。私は、剣と短槍で戦うことが出来る。火の魔法を使える。後は何が出来るの? 考えろ私、考えろ私、弱い私だから考え……弱い?
そうか! 私は、弱いんだ。
私が考えている間に、オドンと魔獣の戦いに替わっていた。オドンも、ソルの魔獣との戦い方に感じたものがあったようだ。力の抜けた戦い方をしている。力まず、うまく相手の攻撃に合わせて、何度か魔獣の体に短槍を打ち込んだ。深い傷にはならないが魔獣を翻弄している。
ますます、魔獣は息を荒らし唸る。かなり消耗している。逃げようとしても、いつの間にかソルが回り込み壁となって魔獣は逃げ道を失う。怒り狂って領軍の誰かに襲いかかる。領軍のみんなも一気に方をつけようとは思っていない。徐々に体力を奪い隙を作っていくのだ。
魔獣は私に向かってきた。魔獣は爪と牙と尾と使って私を襲う。魔獣と私の体重差で攻撃を受けると、かなりよろけてしまう。
よろけながら、オドンに視線。頷くオドン。
右によろけ、左によろけ、それでも魔獣の攻撃をいなしたり、避けたりして受けない。私は、気を集中させながら機会を待つ、弱い私がさらに弱い振りをしながら。弱さも武器として戦う、相手を侮らせるために。
魔獣が嗤った。
来る!
魔獣の爪の攻撃を剣で受けて、私はよろける。よろけた所に魔獣の尾が足払いを仕掛けてきた。私は、なんとか尾を飛び越えて避けたが転んでしまった。
爪を振り上げながら迫る魔獣。すぐ立ち上がる私。私の背中で発動。
魔獣の嗤いが、まずはヒヨッ子のお前からだと言う。
魔獣が爪を振り下げた。私は、半身分動いて剣で爪を受ける。飛ぶ炎の矢。
炎の矢が、魔獣の顔に直撃した。動きの止まった魔獣。
すかさず、オドンが魔獣に短槍を打ち込んだ。完全に動きの止まった魔獣。
領軍のみんなが魔獣に次々と短槍を打ち込む。
魔獣は、数本の短槍を打ち込まれたまま倒れ込んだ。スースーと細い息の音が聞こえる。私と領軍たちは、倒れた魔獣を遠巻きにして剣や短槍を向ける。油断はしない。
「大丈夫だ、止めを」
ソルが、魔獣はもう動けないことを宣言した。
「バレンナ、お前だ。お前がこいつに止めを刺すんだ。村の代表だ」
オドンが私を見て言う。
領軍のみんなの目が、それで良いと言っている。私は頷いた。
私は、注意しながら魔獣に近づく。魔獣と目が合った。魔獣は嗤う。ふん、ヒヨッ子のお前が俺に勝てるのかと言っている。
私は、剣を振り上げると魔獣の額にある目に向かって、剣を降り下ろした。
倒した魔獣から小さな光る粒子が天に向かって昇って行く。キラキラと昇って行く粒子をみんなで眺めた。やがて魔獣の体が崩れ塵の塊になった。
私の目から涙が溢れ頬を伝った。
◇
私は、そのあとの記憶がない。目が覚めた時は領主館の自室のベッドの上だったから。
ソルの話では、私は魔獣を倒したあと地面に座り込み大声を上げ泣き出し、みんなが慌てて大丈夫か、怪我をしたのかと聞くものの、泣くばかりでまともな返事はしなかったそうだ。
そこに、サブロー兄さんが駆けつけて来た。私が泣いているものだから、私が怪我をしたと勘違いして大騒ぎした。私に怪我がないことが分かると安心して私の隣に座ってくれた。私はサブロー兄さんを見ると抱きつき泣く、ひたすら泣くだけっだ。その間中、サブロー兄さんは、大丈夫だよバレンナ、俺たちはずっとバレンナといっしょだよ、と私にいい聞かせるように優しく背中をさすってくれた。その言葉に安心したのか、泣き疲れたのか、私はサブロー兄さんに抱きついたまま眠ってしまった。
眠ってしまった私をサブロー兄さんが、おんぶして領主館に戻ったそうだ。すべては、私の覚えていない話。
キャー、恥ずかしい。これから、どんな顔してサブロー兄さんと話しをしたらいいの。
バレンナ、オドンたち領軍と魔獣との戦いでした。倒された魔獣は光る粒子となって消えました。
次回、バレンナがおかしい