083 仇を討ちたいの
◇
目の前にいる魔獣は、3ッ目と呼ばれる魔獣だ。野生の動物が、何らかの影響で魔獣に変化するらしい。その結果として目が増えるのだと言われている。
魔獣が力をつけると、さらに進化して目が増えると言われている。そして徐々に進化して目が増え、いずれは知能を持つまでに至る。知能を持った魔獣は一国をも相手に出来ると伝わっている。
「バレンナ、そっちに行ったぞ」
オドンさんの大声が響く。
私は、領軍のひとりと短槍を持って、魔獣が逃げないように牽制する。
◇
魔獣が馬の放牧地に現れたとき、私とオドン配下の領軍は、みんなでソルの戦いの訓練を受けていた。その時、放牧地を管理している農民が魔獣を発見し慌てて知らせに来てくれた。たぶん、魔獣は放牧されている馬を狙って来たのだろう。あるいは人か。
知らせを受けて、急いで現場に駆けつけ、魔獣を取り囲んだのだ。魔獣は、額の目を合わせて3つ目、固そうな太い毛で覆われ、太い長い尾を持った4足だった。
3ッ目ぐらいの魔獣であれば、武器を持った多数の人間たちを見ると逃げることも多いと言われているが、この3ッ目の魔獣は逃げなかった。人の味を知っているのかも知れない。
「こいつは、……」
領軍のひとりが呟く。オドンがなんだと聞くと、その男は昔見たことがあるかもしれないと答えた。
「昔、見ただと! あの……」
オドンのその言葉だけで、私にはわかった。昔、村の近くに現れて村人たちを襲った魔獣。父さんと兄さんを連れ去った魔獣だ。
「オドンさん、私に戦わせて、仇を討ちたいの」
「ダメだ。こいつは村の敵だ、みんなで倒すぞ。ソル殿いいな、手出しは無用だ。逃げられないようにだけ頼む」
「承知、バレンナ、焦ってはいけない。焦りは剣筋に出るぞ。十分見定めるのだ」
そんなっ
確かに南端の村はひとつの家族のようなものだ。魔獣のために肉親が戻って来なかった家族は1つや2つではない。その事では村全体で哀しんだ。しかし、ここにいる者で肉親を失ったのは私だけ、私は仇を討ちたいの、この手で。
ソルを壁と見立て、オドンひとり、領軍ふたり、私と領軍ひとりの3チームで魔獣を仕留めようとする。
魔獣は、オドンがひとりなのを組み易いと思ったのか、オドンを前足の爪で襲う。オドンは、短槍で爪を巧みに弾く。防戦一方だが、決して押し込まれているわけではない。魔獣は苛立ったのか、ますますオドンに爪を振るう。
チャンスだわ。
私は、短槍を突き立てようと、魔獣に気づかれないよう後ろから迫った。
「ダメだ、バレンナ」
ドンッ
誰かの声が、叫んだのが聞こえると同時に、私は何かに吹き飛ばされた。宙を飛び地面をゴロゴロと転がる。
息が出来ない。地面に横たわっているのがわかる。体のあちらこちらが痛い。
「バレンナ、大丈夫か?」
オドンの声が聞こえる。
「バレンナ、点検だ」
ソルの声が聞こえる。
両目を開ける。なんとか、息ができるようになり、左右の手、左右の足先が動くのを確める。
私は、大丈夫だ。
魔獣は、オドンに爪を振るいながら、こちらを見た。長い尾を振り回しながら、ニヤリと嗤うと、お前のようなヒヨッ子をいたぶるのが、俺は好きなんだと言っているように感じた。あの長い尾に吹き飛ばされたのだ。
魔獣との間に、チームの領軍のひとりが立ちはだかり、私を守ってくれる。
悔しい。魔獣に弄ばれて。
悔しい。みんなの足手まといで。
目に涙が溜まる。私じゃ魔獣に敵わないのだろうか?
「立て、バレンナ、これからだ」
ソルの冷静な声が聞こえた。
ソルと視線を合わせると、ソルが頷いてくれる。
そうだ、終わった訳じゃない。まだ、私は、戦える。
ゆっくりと立ち上がり、体に異常がないか、もう一度確める。体に異常が無いことを確認し、いっしょに吹き飛ばされた短槍を拾い上げて大声で叫んだ。
「私は、大丈夫。まだ、戦える」
オドンが、おうと応える。ソルがこちらを見て頷く。魔獣がオドンに爪を振るのを止め、こちらを見てまた、ニヤリと嗤うと向かってきた。
「バレンナ、そっちに行ったぞ」
オドンさんの大声が響く。
私は、領軍のひとりと短槍を持って、魔獣が逃げないように牽制する。
「バレンナ様、大丈夫。敵を良く見て、そしていっしょに戦いましょう。ソル殿の受け売りですけど」
チームを組んでいる領軍のひとりが、言葉をかけてくれる。気にかけてくれるのだ。私は、ひとりでは戦っている訳じゃない、みんなで戦っているのだ。
「はいっ、わかりました」
ふたりで、魔獣の爪を牽制する。誰かが魔獣を倒せば良いのだ。自分が出来ることをしよう。
ガキッ、ガキッ
魔獣が振るう爪の軌道を見極め、短槍を合わせて防ぐ。こんなのは大したことがない、訓練でのソルの剣の方が重い。私が爪を防ぎ、もうひとりが短槍で急所を突こうとする。別のチームは尾を引き付けている。
みんなで、こいつを倒すんだ。
「バレンナ、気を付けろ」
えっ、何? 何を気を付けるの、ソル。
すると、魔獣の爪を防ぐ短槍の違和感が手に伝わってくる。爪が短槍に当たると鈍い音がする。
バキッ
持ち手から先の短槍の柄が折れ、爪で弾き飛ばされた。私は呆然とする。きっと魔獣の尾で弾き飛ばされた時に、短槍の柄に当たったんだ。それで柄が弱くなっていたに違いない。
魔獣が、動きの止まった私に爪を振り上げた。魔獣が嗤っている。どうするんだヒヨッ子、俺に殺られるぞ。
私は、両腕で頭を庇いながら、魔力を込める。間に合えっ!
魔獣は後ろに飛んだ。魔獣は飛んだ先で、唸り声を出しソルを睨んでる。まるで、邪魔するなと言っているようだ。
魔獣が居たところに、一本の剣が地面に刺さっている。私は、魔法の発動を中断した。
「バレンナ、その剣を使え」
ソルが言う。
ソルが私のために剣を投げて、魔獣を牽制してくれた。私は頷き、魔獣から目を離さないようにして剣を地面から引き抜いた。
魔獣は、私には目もくれず、ずっとソルを睨み続けている。魔獣は何か迷った様子だったが、一声大きく唸り叫ぶと、訓練用の木剣しか持たないソルに向かって歩き出した。
バレンナたちと魔獣の戦い。はたして、サブローは間に合うのか?
次回、私は、弱いんだ。
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明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
元旦 板越 サブ




