080 (王国)終わりの始まり
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ここは王国第二の都市ジーベニ、人口10万を数える大都市だ。都市の周囲には高い城壁があり、戦時には都市が一丸となって戦えるように造られている。この都市の中にはいくつかの丘があり、そのひとつの丘が王族の離宮となっている。離宮は小さいながらも城壁がありひとつの都市の体をなしていた。
離宮の奥の一室で主従が話をしている。他には誰もいない。
「この国は、もはや交代の時期なのでしょうか」
「姫様、何をおっしゃいます。まだまだ、先にございます。私の目の黒いうちは、この国を持たせて見せましょう」
「それでは、爺が次の世界に旅立ったら、この国は交代なのですね」
「姫様、悪い冗談ですよ」
「ごめんなさいね、爺。最近の出来事で弱気になっているのかもしれないわ」
姫様と爺と呼び合うこの二人が、この都市の主である。市民向けには姫様が主であり、都市内の貴族や郊外の領主向けには姫様は爺と呼ばれる貴族の傀儡であり、真の主は爺と姫様が呼ぶ相手なのだ。これは爺の策略、姫様と相談の上での策略だった。
「それでは爺には、もっと長生きをしてもらわないと。わたくしがお茶をいれましょう」
「もったいなき事でございます。ですが、頂きましょう。姫様の手によるお茶は、長生き出来そうです。ハハハハ」
「フフフフ、爺ったら」
姫様はソファーから立ち上がるとお茶を準備し始めた。それを見守る爺。孫娘を見る目付きだ。それもそのはず実際に孫なのだから。爺と呼ばれる貴族には娘がいた。その娘は何番目かの側室としてこの国の王に嫁いだ。そして産まれたのがこの姫様だった。
「爺、どうぞ」
「ありがとうございます、姫様」
火の魔石で温められたお湯によって作られたお茶を、少しづつ爺は飲む。それを見守る姫様。
「美味しいお茶ですな、いつでもお嫁に出れますぞ、姫様」
「どこかに良い殿方が居れば良いのですが」
と、姫様もお茶を飲み始めた。
「なかなか、姫様の目にも、私の目にもかなう若者は居ませんですな。残念なことです。それでは、いつものように、状況を報告いたします」
「お願いしますわ、爺」
爺はソファーの前の背の低いテーブルの上に、王国の地図を広げ、いくつかの駒を置く。そして、お茶で喉を潤すと報告を始めた。
「まずは中央地域ですが、まったく動きがありません。兄王様は動かないようでございます」
「まったく、お兄様は猜疑心が強いんだから、西地域を遠征すれば良いものを」
「兄王様は、私が怖いのでしょう、いつ反旗を掲げるかと。再三、姫様と私に上洛せよとの命がありましたが、無視していますので」
「そんなに身内が怖いのかしら」
「無理もありません、その御身内のおひとりが反旗を掲げたのですから」
「でも、上の兄は生きているのかしら。生きていたとしても西地域の貴族たちの傀儡ではないですか」
国王夫妻が暗殺され、何人かの王族が王都周辺の貴族に戦いを挑み、挑まれ亡くなっていた。残った王族は3人、国王暗殺当時に皇太子だった兄とその上の兄と姫様。王族の娘たちは、姫様を除いてすでに内外に降嫁していたか、亡くなっていた。
皇太子だった姫様の兄が王に即位した後、近衛を動員して王都周辺の暗殺に関わった貴族たちを征伐した。その手際のよさに身の危険を感じた兄王の兄が、西地域の貴族たちに話しを持ちかけ、兄王を簒奪者と非難して西地域で反乱を開始した。そこに自領を拡げんとする東西南北の各地域の貴族たちが同調して戦乱が拡大した。
「歴史は繰り返すと言いますが、これが終わりの始まりなのでしょうか」
「そうですな、皆がそう思っているでしょう。もう交代の時期なのだと。だから、暗殺であり反乱だったのかもしれません。次の王朝は自分が始めるのだと」
この地を治めた歴代の王朝は、約200年から300年ほど続いた後、戦乱期を迎えて統一され次の王朝が開かれるといったことを繰り返していた。歴史を知る者たちは、それを交代と呼んでいた。
「そうですわね、この王朝が開かれて約250年ですものね。もう潮時なのかも」
「……」
「ごめんなさい、それでは西地域の事を」
「はい、西地域はいまだに大きく2つの派閥で争っています。姫様の上の兄様を担ぐ一派、そして、国王派です。しかし、国王派は必ずしも兄王様の味方ではありません。相変わらず兄王様とは敵対しているようです。国王派とは名ばかり、自領を拡げるための旗と言うことです」
「どちらが勝つということは?」
「ありませんな、今日は味方でも、明日は敵という具合に離合集散を繰り返しておりますよ」
「王朝を開く気はあるのかしら」
「みながみな、王朝を開く気は無いのかも知れませんな。西地域は当分、大きな勢力にはなりそうにもありません」
「南はどうでしょうか、何か動きがありましたか」
「いえ、こちらも相変わらず、蛮族との争いをしているようです。ただ東寄りの南貴族が東地域の貴族をいくつか従えたと。こちらの脅威になるようなものではありませんが」
「北の隠居は動きませんか?」
「はい、こちらも帝国と相対しているのみで動きません。二人の息子が焦っているようで兵員や食糧を集め出したようです」
「なぜ、北の隠居は動かないでしょう。帝国でも内戦が始まりそうだというのに」
王国の貴族たちの交代に向けた動きを見て、王国の北地域と接している帝国でも交代の動きが出てきていた。帝国周辺の小さな国々も同様だ。帝室が信頼する将軍に兵を預けて敵対勢力に向かっている時に反乱が起きるのを怖れて動けないでいる。王国への遠征も同じた。姫様は帝国が動けない今、北地域の半分を押さえる隠居と呼ばれる貴族が、王国中央に軍を進めないことに疑問を持っているのだ。
「なぜ、動かないのかは、わかりません。あやつは昔から変わり者でしたので」
「では、当面は二人の息子たちの動きに注意することにしましょう」
「はい、それがよろしいかと」
「最後に東地域はどうなのですか、大きな戦いが数度あったと噂で聞いています。我々の数少ない味方のヨーマイン太守が敗れて亡くなったと」
「はい、ヨーマイン太守が敗れたのは確かなようですが、彼は生きていて、その後の続きがあったようです」
「そうなのですか? 詳しく教えて下さい」
「ヨーマイン太守は、このジーベニまでの交通路を確保するため、ヨーマイン周辺の諸侯をまとめ敵対勢力を成敗せんとしましたが、味方の裏切りに合い敗走いたしました。ここまでは姫様もご存知の通りです」
「はい、知っております」
「太守は敗走時の戦いで、動けないほどの怪我を負ったと聞いております。太守の館まではかなりの時間をかけて戻ったほどに、ゲホッ、ゲホッ」
爺が、咳き込み一旦言葉を切ってお茶を飲む。姫様が、新たな器に新しいお茶を入れ、爺に差し出した。
「申し訳ありません。歳には勝てませんな」
「良いのですよ、今の私にはこのくらいしか、出来ませんから。話を続けてください」
「それでは話を続けますぞ、戦いが終わってからの話でしたな。太守を敗走させた敵軍は、太守の生死は掴めないものの、かなりの重症であることはわかっていました。そこで太守の館の攻略に向かったのです」
「太守の館は、簡単に落ちたのではないですか。守備する者も多くはなかったのでしょう」
「さようでございます、館を守る者は20名くらいだったとの事。ですが太守の館を守る者たちは、一度目の200の敵、二度目の600もの敵の侵攻を跳ね返したあげく、敵対する領主たちをことごとく亡き者にするか、捕虜にしたそうにございます」
「なんと、太守の館に居た者たちは知恵者なのですか? どのようにしたら、そのような事ができるのでしょうか」
「どうやら、国外の者たちが居たらしいとのことです。ヨーマインは外国勢力と結んだと噂になっています」
「沿海州でしょうか?」
「いえ、そこまではわかっておりません。調査中でございます」
「東地域はどうなるのでしょうか? ヨーマインの太守が押さえられそうですか」
「そうなって欲しいのですが、わかりません。ヨーマイン太守もすぐには動けないでしょう」
「そうすると、南地域の者たちに切り取られるか、北地域の者たちにか、ということでしょうか」
「そうですな、南地域の者たちかもしれません。その辺も調査いたしましょう」
「お願いしますわ、爺。今日これまでですね」
姫様は、呼び鈴を鳴らしメイドを呼んだ。
王国の状況です。歴史は動きます。そして……
次回、待たせて悪かった